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浄化微生物の土壌中での挙動

研究ノート

向井 哲

 遺伝子組換え操作技術あるいはバイオサイエンスの発展に伴って,組換え微生物を環境や農林業等の分野で利用しようとする気運が国際的にも国内的にも高まっている。欧米では各種の組換え微生物の野外試験が実施ないしは企画されている。野外利用に際しては,まず利用する組換え微生物の利益とリスクを適切に評価することが必要である。このことは,非土着微生物(ここでは広義に,通常の土壌には存在しない微生物をも含める。なお,土着微生物とは一般に土壌に住み着いている微生物を言う。)についても言える。さらに,組換え微生物等が放出される主要な野外が土壌であることを考えると,その土壌中での挙動を追跡し,知見を蓄積することが重要な課題である。

 土壌に添加した組換え微生物を特異的に高感度で検出・測定することは現在のところ極めて困難であるため,筆者は特異的に土壌1g当たり数匹の感度で測定できるBHC(過去,水田等に使用された有機塩素系殺虫剤の一種)分解菌(好気性細菌)を非土着のモデル浄化微生物として用い,土壌の毛管孔隙に着目して,この土壌中での挙動(増殖・生残,死滅,移動等)に関する研究を実施している。ここでは,その研究結果の一部を紹介したい。毛管孔隙に着目したのは,それが細菌の主要な生息の場を提供していると考えられたからである。リン酸・カリ肥料を11年間連用した水田土壌の細毛管孔隙(平均直径:0.19〜3μm),粗毛管孔隙(同:3〜48μm)に入るように添加したBHC分解菌(細胞のサイズ:0.7×1.3μm)の増殖・生残性を調べた結果を図に示した。なお,この実験は,菌を添加する毛管孔隙のサイズが相違する点を除けば,すべて同一の条件下で行った。この図から,BHC分解菌の生残性は細毛管孔隙の方が粗毛管孔隙よりも明らかに高いことが認められる。これと同様の結果が他の種類の土壌を用いた場合にも得られた。したがって,この事実は,細毛管孔隙の方が粗毛管孔隙よりもBHC分解菌の生息に適した土壌部位であることを示している。また,原生動物等の捕食者が細毛管孔隙には入ることができない大きさであることから,細毛管孔隙に添加されたBHC分解菌はその捕食を免れていることが推測される。

 微生物の土壌中での挙動は土壌の物理的(土壌の粒径組成,孔隙,水分,温度等),化学的(有機・無機成分,pH,酸化還元電位等),生物的諸要因(捕食者,競争生物等)の作用によって制御されているが,その詳細については未解明の点が多く残されている。今後は,BHC分解菌をモデル浄化微生物として用いた基礎的研究を進め,BHC分解菌の土壌中における挙動およびそれを制御している諸要因を明らかにしたいと考えている。

(むかい さとし,水土壌圏環境部土壌環境研究室)

図
図 土壌の2種類の毛管孔隙に添加したBHC分解菌の生残性

執筆者プロフィール:

専門は土壌化学ですが,土壌微生物の世界に魅せられています。