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植物プランクトン群集の除草剤に対する反応 −見えないところで変化している群集

笠井 文絵

 ”Genetic Changes in Phytoplankton Communities Exposed to the Herbicide Simetryn in Outdoor Experimental Ponds” F. Kasai and T. Hanazato: Archives of Environmental Contamination and Toxicology, 28:154-160 (1995)

 除草剤は,本来,耕作地の雑草を除くために開発された薬剤である。しかし,植物と同様の代謝系をもつ藻類に対しても有効に働き,まさに除藻剤としての効果も合わせ持っている。水田やゴルフ場で使われた除草剤は,やがて川や湖に流入する。除草剤にさらされたとき,水界の一次生産者である植物プランクトン群集にどのような変化が起こるのだろうか。

 藻類は種によって様々な程度の除草剤感受性を持っている。植物プランクトン群集が除草剤にさらされた時,感受性の高い種は減少し,より高い耐性をもった種の占める割合が増し,種組成が変化するだろう。また,同一種の集団の中に様々な耐性を持った系統が存在すれば,同じ種のより高い耐性をもった系統に変化するだろう。この場合は,種組成の変化なしに耐性の群集に変わることになる。もちろん,これらの変化が起こる前に,現存量の低下が起こることも予測される。これらの事実の内,種組成の変化や現存量の低下は,すでに多くの論文に示されているが,同種の,耐性系統への変化に関する報告はなかった。この事実を示したのが本論文である。

 国立環境研究所のアクアトロンの横に,12基のコンクリート製水槽が設置されている。この中に地下水を満たし,霞ヶ浦の底泥を投入し,その中に含まれる種(たね)からプランクトン群集を形成させた。ここに低濃度の除草剤シメトリンを繰り返し投与し,徐々に除草剤濃度が高くなる系を作製した。実験を開始した直後には,除草剤濃度が10〜20μg/Lと低いにもかかわらず,発生した植物プランクトンの現存量は抑制された。しかし,その後しばらくして,現存量は増加した。その時の除草剤濃度は,80〜95μg/Lと初期に現存量を抑制した時の濃度よりはるかに高い値だった。この時,無処理水槽と処理水槽の植物プランクトン群集に種組成の顕著な違いは見られなかった。

 これらの水槽から藻類株を分離,培養し,それらの除草剤感受性を調べた。無処理水槽から分離した株は,すべて除草剤感受性であった一方,処理水槽から分離した株は耐性であった。また,同じ種類のセネデスムスの一種(写真参照)が,無処理水槽と処理水槽の両方から分離され,それらの除草剤感受性が明らかに異なることから,種内で,感受性系統から耐性系統への変化が起こったことを確認した。これらの結果は,種内の感受性系統から耐性系統への遺伝的変化によっても,植物プランクトン群集が感受性から耐性の群集に変化することを示している。これは,今まで知られていなかった,植物プランクトンの除草剤に対する反応の一つである。

 このように,種内の遺伝的変化によって植物プランクトン群集が耐性に変化した時,植物プランクトンを餌とする動物プランクトンに対してはどのような影響が及ぼされるのか,ということが生態系全体への影響を考える上で重要となる。種内で耐性に変わるのなら,それを餌としている動物には影響がないのではないか。この疑問に対する答えを,今行っている実験で見つけだそうと試みている。

 ストレスのない環境でストレス耐性のないものがはびこるこるのは,「ストレス耐性の生き物は,耐性のための生理的メカニズムや細胞構造を作り上げるためにエネルギーを消費している結果,増殖や再生産に振り向けるエネルギーが少なくなり,増殖及び再生産速度が遅くなる」ためであると説明されている。高等植物では,重金属や除草剤耐性の系統が,ストレスのない環境では生活力で劣ることが知られている。一方,コケ植物ではそうではない。藻類ではどうなのだろうか? 実験の結果,耐性系統の増殖速度は,除草剤にさらされても抑制されないが,除草剤にさらされていない時の感受性系統の増殖速度より遅いことが分かった。このことは,植物プランクトン群集が除草剤にさらされて,除草剤耐性系統への変化がたとえ起こったとしても,それぞれの種が感受性系統で占められていた時より,植物プランクトン群集の生産力が低下することを意味する。これは,さらに,植物プランクトンを餌とする動物たちにも影響を及ぼすことになるのではないだろうか。

(かさい ふみえ,地域環境研究グループ化学物質生態影響評価研究チーム)

除草剤処理水槽と無処理水槽から分離されたセネデスムスの一種の写真

執筆者プロフィール:

日本女子大学大学院家政学研究科修士課程修了。
〈趣味〉ショッピング。