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副所長 石井 吉徳

いしい  よしのりの写真

 「森は生きている」という言葉がある。良い言葉である。私の本来の専門は地球物理学だが,私は昔からこの言葉が好きである。言うまでもなく,森は草木,動物などからなる,極めて複雑な生きたシステムである。意味こそ違うが,生態系も含めた,活動する地球もシステムとしては生きていると言えるかも知れない。その考えの典型が,ラブロックの唱えるガイア説,地球生態論である。

 また「木を見て森を見ない」という言葉がある。これも含蓄のある良い言葉である。これには,部分の単なる集合は全体ではない,部分ばかり見ていると全体像を見失う,などの意味があるが,近年重要視される,地球環境の総合研究にも,この「森を見る心」が大切であろう。

 ところで,この「森は生きている」という言葉の意味も,良く考えると決して単純ではなく,意外に複雑である。例えば,森を構成する生きた木ですら,専門家に言わせると,厳密な意味では,何割かは死んでいるのだという。木は外樹皮,内樹皮などの皮で覆われている。その内側には,形成層という薄い層があり,この部分のみが細胞分裂しているという。

 すなわち,木はこの形成層から成長しており,ここに窒素,リンなど,成長に欠かせない元素の分布の鋭いピークがある。さらに,内側には,辺材,心材など,いわゆる木質部があり,木の本体を構成する。しかし,この木質部の中心部分は,死んでいると言っても良いそうである。また同じ意味で,外側の外皮も生きていない。

 このように[生きる]ということの意味は,非常に複雑で深遠であるが,この生命現象を,物理学では,[エントロピーを低く保つこと]と定義できる。それは,原理的に,自然現象は全体としては,常にエントロピーが増加する方向に進むからで,生命現象はこの過程に逆らって,部分的にエントロピーを低く保っている。この過程でシステムはエネルギーを使う。例えば,地球の生態系は太陽エネルギーが維持しているし,また,物理的,化学的系を含めた,地球システムの活動には,地球内部のエネルギーも使われている。

 人類もまた,そのシステムの維持に大量のエネルギーを必要とする。例えば,古代文明の栄枯盛衰には,エネルギー源としての森が深く関係している。そして,現代文明は今,化石燃料に大きく依存している。そして,この現代文明が地球の自然環境を傷めつけている。しかし,人類は今後も生き続けなければならない。人類は新たな[生存の論理]を必要としているように思える。


(いしい よしのり)

執筆者プロフィール:

東京大学名誉教授,東京大学理学部物理学科卒,地球物理学専攻,工学博士
〈現在の研究テーマ〉人間の生存と地球環境を考える,地球環境科学とは何かを考える[地球学]を提唱している。