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国立環境研究所のこれから

論評

所長 市川 惇信

 やや古くなってしまったが、本年4月1日の所長就任の際の談話を文章とする。

1.研究所の任務

 次の2つを本研究所の任務とする。

(1)環境問題として必須な課題についての研究、以下「課題研究」という、を行うこと

 ここで、必須とは、その課題の解決がなければ、我が国における環境問題が解決しないか、または世界の環境問題の解決が遅れるような課題をいう。

(2)環境問題に関連する学術分野において、ブレークスルーをもたらすこと

 基礎研究とは、基礎的といわれる学問分野においてこれまでの知見の上に漫然と何かを積み上げる、すなわちインクリメンタルな研究をする、ことではない。テーマ、分野、領域を問わず、新しい仮説、新しい方法につながるブレークスルーを生み出す研究をいう(末尾注)。トランジスタ、IC、遺伝子操作などの例に見られるように、ブレークスルーは課題解決という強烈な場の力がかかったときに発生する。本研究所では強烈な場の力を生み出す研究課題を環境問題の中からとることとしよう。

 この2つの任務を研究者一人一人に課するものではない。しかし、研究所としては両方を持ちたい。(1)だけでもよいが、(2)がないと学界における研究所の評価が低下し、(1)の任務の達成に差し支えがでるからである

2.研究所に必要な機能

 上記の任務を達成するためには、研究所に次の4つの機能が必要である。

(1)研究課題を明らかにすること(研究企画)

 環境研究のプログラムを立て、それを常に更新することである。これは、研究経験を積み環境に深い洞察を持っている研究者でないとできない「研究」である。本研究所のためだけではなく、日本の、そして世界の環境研究を見据えてそれを土俵として考える。その中で本研究所のなすべき課題を明らかにする。現在巷間をにぎあわせている環境問題を追及するのみでは、本研究所に対する要請に真に応えているとはいえない。

(2)課題研究を行うこと

(3)ブレークスルーが発生したとき、それを追及して新たな学問領域を発展せしめること

 ブレークスルーは新しい仮説、方法を発生させる。それはしばらくの間育成しなければならない。これにより新しい学問領域の確立を見たとき、それを所内でさらに育成するか所外に移すかは領域の性格と状況により判断する。

(4)上記(1)及び(2)を実現する上で必要な基盤を整備維持すること(基盤研究・支援)

 これは、本研究所にとっての基盤だけを意味するものではない。(1)に関連して、我が国あるいは世界の環境研究にとっての基盤を考える。

3.研究所の将来計画

 上記の機能(1)〜(4)を実現する実質的な組織体制については、現行組織との連続性等を考慮に入れつつ、今後「将来計画策定委員会」で検討していただく。機能(1)〜(4)は個人のなかに共存し得るし、部分組織のなかにも共存し得る。また、分離した組織とすることもできる。本研究所として最も自然な姿を考えたい。重要なことは、これらの機能全体を整合的に実現する柔軟な運営である。また、一人一人が、自分が参画している機能だけではなく、他の機能も重要なものとしてその存在を認めることが大切である。

 上記の機能に見合うよう本研究所を充実するため、5年後に本研究所の予算規模を倍増すべく将来計画を立てる。これは、本研究所に言及した臨時行政改革推進審議会の答申、及び早期倍増を提言した科学技術会議第18号答申の趣旨に沿うものである。また、本研究所が今後の拡充を計画的組織的に進めるためにも必要である。将来計画は「研究計画」とそれを受けての「組織計画」とからなる。この将来計画についても前述の将来計画策定委員会で原案を作っていただく。所員各層から同委員会への積極的な提言を期待したい。

4.透明で明るい研究所の雰囲気

 研究所というところは、雰囲気が明るく透明であり、かつ研究者が「よい研究成果を挙げる」という簡単な原理にのみ基づいて行動するところである。研究者が率直に意見交換し、相互に支援しあい、必要に応じて協力しあう、のが活性の高い研究所の姿である。

 研究者の行動が複雑になる原因には、管理運営によるものと、研究者自身によるものとがある。管理運営は、それ自身が「よい研究成果を生み出すため」という簡単な原理で行われている必要がある。加えて、管理運営の透明度が低い、微細にわたる研究管理が行われている、ゼロサム的な資源配分方式であるなど、研究者の行動を複雑にするようなことが行われないよう常に点検し改善していく必要がある。研究者自身についていえば、自分の研究に自信を持つことが第1である。自信を持てば、他をいうことなく、周囲の評価を気にせず、率直になりえる。この意味で研究者というものは厳しい職業である。どうしても仕事に自信が持てなかったならば、研究以外の仕事に転換することとをおすすめする。

5.研究資源の重点集中

 環境研究はほとんどすべての学問領域に関連する。環境研究の全領域を全面的に推進することは、単一の研究所では不可能なことである。一方において、自然科学系の全学問分野を対象としているカリフォルニア工科大学が、教授・準教授・助教授総勢260名であれだけの業績を挙げている。テーマの重点化、戦略的な資源の集中、他の研究機関等との連携、優秀な人材の獲得、などを行い、高い業績を挙げることを考えなければならない。

 今後我が国多くの研究機関はそれぞれに特化した領域で環境研究に取り組んでいくであろう。本研究所が、一皮並べ・箱庭趣味で環境全分野に展開することは自殺行為である。もし、本研究所が環境研究のうちの数領域において第一級であるならば、本研究所は環境研究における「卓越した研究所」といえるであろう。注):基礎研究と応用研究

 前述したように、基礎研究とはブレークスルーを生み出す研究である。例えば、単に加速器の加速電圧を高めるとか、望遠鏡の口径を大きくしてみる、という研究は基礎研究ではない。開発研究である。このように考えるとき、基礎研究と応用研究は対立概念ではない。ブレークスルーの対立概念はインクリメンタルである。これを「非基礎」といおう。

 応用研究とは、人類の持つ知見を人類にとって有用な知見に変換する研究である。応用の対立概念はしたがって「非応用」である。当然のことながら、応用研究の中にも基礎研究は存在し、逆も真である。すなわち、基礎と応用との関係は、図に示す2次元であらわされるものとなる。第I〜IV象限の持つ意味は明らかであろう。そして、我々は第IV象限の研究を行わないこととしよう。

(いちかわ あつのぶ)

     基礎
   II     I
応用       非応用
   III    IV
    非基礎

図 基礎研究と応用研究