大気中の化学反応過程の解明
経常研究の紹介
三好 明
地球規模の環境問題(地球の温暖化、フロンによるオゾン層の破壊や酸性雨問題など)や光化学スモッグの発生などの問題を明らかにするうえで、大気中の化学反応過程を明らかにすることは重要な課題である。大気中の化学反応は、多くの反応ステップの複雑な連鎖によって成り立っているが、現実の環境問題を正確に理解し、その対策を立てるうえで、このような複雑な反応過程を解き明かすことは、必要不可欠である。
このような課題へのアプローチには、大きく分けて次の2つの段階が必要である。第1は、実際の大気中で重要な化合物の濃度を測定したり、その大気に近い状況を実験室内で再現することにより、そこで起こっている反応の全体像を捕らえることである。このような研究は、我々の研究所では主として光化学チャンバーと呼ばれる実験装置によって行われてきた。第2は、上のような研究から予想される、重要な反応ステップを取り出し、他の反応の影響のない実験条件下で独立にその反応の速度や生成物を測定することである。この段階まできて初めて、化学反応過程は明らかにされたといえる。このような個々の反応ステップの速度や生成物を明らかにする研究は、世界中の研究機関で精力的に行われてきたが、いまだ、十分な情報が得られているわけではない。
その理由の一つは、多くの反応ステップは原子種やフリーラジカルといった短寿命の活性分子が関与するものであり、このフリーラジカル類を、高感度に検出するための万能な手法がないことである。最近我々は、反応中間体HOCOを光イオン化質量分析法によって検出することにより、大気中で重要な反応(1)を研究し、また中間体HOCOの反応(2)の速度を初めて測定することに成功した。
OH + CO → H + CO2 (1)
HOCO + O2 → CO2 + HO2 (2)
この反応が長い間研究されなかった理由は、HOCOラジカルを検出する手法が発見されなかったためである。このように、個々の反応ステップの研究には、新たな検出手法の開発が重要であり、万能な手法はない。我々はまた、現在、フロン類の反応過程において重要なFCOラジカルを連続発振紫外レーザー吸収法により検出することを検討中である。
もう一つの理由は、研究しなければならない反応の数が膨大であることである。このような問題に関するアプローチの一つとして、他の分子パラメータから反応速度を推定する方法が考えられる。我々は、炭素数が1〜3までのヒドロキシアルキルラジカル(アルコールから生成するラジカル種)に関して、その酸素との反応速度が、ラジカルのイオン化ポテンシャルと良い相関を持つことを見いだした(図中の○、△は他のグループによる炭素数4のラジカルの測定結果)。同様な相関が、Bayesらによって、アルキルラジカルに関しても報告されている(図中の●)。図中の各点は異なるラジカルを表わしている。イオン化ポテンシャルは一般に、反応速度よりも推定が容易であり、この相関を炭素数のさらに大きなラジカルの反応速度の推定に用いることも可能であると思われる。ここで注意しなければならないことは、このような相関は他の種類のラジカルにも必ずしも適用できるわけではないことである。例えば、フロン、ハロンや代替フロンの大気中での反応によって生成するハロメチルラジカル類の反応速度は上で述べた相関からは大きくはずれることが分かっている。これらのラジカルについては別な整理の方向を検討する必要があるだろう。

目次
- 環境情報ネットワークを通じてみた環境庁・国立環境研究所・地方公害研究所のよりよき関係巻頭言
- 新任にあたって論評
- 退任にあたって論評
- 衛星観測プロジェクト−−− ILAS、RISプロジェクト −−−プロジェクト研究の紹介
- 粒子状物質を主体とした大気汚染物質の生体影響評価に関する実験的研究 −ディーゼル排気粒子(DEP)からの酸素ラジカル生成とアレルギー性疾患との関連について−プロジェクト研究の紹介
- 酸性霧研究ノート
- 脂肪の熱分解によって生成する脂肪族低級アルデヒド類経常研究の紹介
- 平成3年度における地方公害研究所との共同研究についてその他の報告
- 環境にやさしいライフスタイル --- あなたはどこまでできますか?研究ノート
- NASAラングレー研究センターにて海外からのたより
- 表彰・主要人事異動
- 編集後記