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2014年1月31日

高頻度広域大気観測データから見えてきたもの

Summary

なぜ定期旅客便なのか

写真1

 地球大気の変動を密に観測するためには、設備の整った地上において連続的に測定を行うことが一番です。しかし地上での観測は大気の一部を見ているに過ぎません。地球規模での温室効果ガスの循環を理解するには大気を3次元的に観測する必要がありますが、地上以外の観測データは極めて不足しています。上空のデータを得るには航空機観測が最も効率的ですが、航空機のチャーターは高額で、観測頻度も観測域も限定されてしまいます。定期旅客便は搭載する観測機器や機器を搭載しての運航の安全性を証明する手続きに時間と手間がかかりますが、航空会社の協力が得られれば極めて魅力的な観測手段になります。

2つの観測装置

 CONTRAILとはComprehensive Observation Network for Trace gases by Airliner の略で、「飛行機雲」というイメージと重ね合わせました。CONTRAILでは2つの観測装置を開発し、旅客機に搭載しています(図3)。1つはASEと呼ばれる自動大気サンプリング装置(Automatic Air Sampling Equipment)で、12本の金属製サンプリング容器に上空の大気を詰め込んで持ち帰ることができます。ASEは1993年から気象庁気象研究所が日本航空(JAL)と日航財団と共同で実施された旧JAL観測でも使われていましたが、CONTRAILでは機体の位置情報を取り込む機能を加えて、あらかじめ決められた位置でサンプリングができるようになりました(旧ASEはタイマーを使って一定時間ごとに空気を詰めていました)。

航空機に搭載している観測装置
図3 CONTRAIL プロジェクトで観測に使われている機体と開発された2つの観測装置
 2014年1月の時点で、JALが運航する8機のボーイング777-200ER型機に観測装置を搭載することが可能になっています。
 いずれの装置も客室の床下に位置する貨物室が搭載場所です。
 二酸化炭素濃度連続測定装置(CME)は前方貨物室に搭載可能で、離陸直後から着陸直前まで飛行中に連続して二酸化炭素濃度を測ります。
 自動大気サンプリング装置(ASE)は後方貨物室に取り付けられます。中には12本の金属製容器が入っており、上空の12カ所で空気を採取できます。飛行後は直ちに環境研に持ち帰って、二酸化炭素ばかりでなく、メタンなど他の温室効果ガスや関連ガスの濃度、さらには同位体比の分析も行います。

 ASEはフライトの翌日に環境研に届けられ、サンプル中の二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、六フッ化硫黄、一酸化炭素、水素の6種類の微量成分の濃度とそれらの同位体比を分析します。ASEは月に2回、オーストラリアから日本に飛ぶフライトで観測を行っています。2012年からは国立極地研究所のプロジェクトで欧州から日本へのフライト中に北極圏上空の大気サンプリングを始めました。現在ではJALが運航する8機の777-200ER型機にCMEが搭載可能で、そのうち5機にはASEも搭載することができます。CMEはいったん搭載されると1ヵ月から2ヵ月の間ずっと二酸化炭素濃度を観測します。CMEは二酸化炭素濃度しか測定できませんが、観測頻度、観測範囲が大きく向上します。

 このように定期旅客便を使って毎日のように二酸化炭素濃度を観測するプロジェクトは世界で初めてで、CONTRAILによって世界の上空における二酸化炭素のデータ数を飛躍的に増やすことができました。

ASEの長期データ

 ASE観測は旧JAL観測を継続する形で現在でも続けられています(図4)。ここで蓄積された二酸化炭素濃度は高度10km付近の高高度における緯度別のデータとしては世界で最も長期間にわたるものです。二酸化炭素は上部対流圏においても明瞭な季節変動があり、北半球の高緯度ほど季節振幅が大きくなっています。経年的にはこの20年間でどの緯度帯でも着実に濃度が上昇していますが、増加速度は一定ではなく、エルニーニョの直後に急激な増加が見られます。

二酸化炭素濃度の変動グラフ
図4 ASEで観測された上空における二酸化炭素濃度の長期変動
 図はオーストラリアから日本への飛行中の高度10km付近で観測された二酸化炭素濃度のうち、北緯20度付近と南緯20度付近の値をまとめて時間変化にしたものです。図の青丸は旧JAL観測で得られた濃度を、赤丸はCONTRAILで開発した改良型ASEによる観測値を、黒丸はCMEによる観測値を表しています。改良型ASEでの観測を立ち上げるにあたって、ASEの金属容器内での空気の保存性試験や気象研と環境研での分析装置の違いの比較など、多くの検討を行った結果、旧JAL観測とCONTRAILの観測値はどの緯度帯でも非常に良い連続性を示しました。

CMEで観測される鉛直分布

 CMEは航空機の上昇中と下降中に二酸化炭素濃度の鉛直分布を観測できます。CONTRAILでは日本のほかにヨーロッパ、南アジア、東アジア、東南アジア、オーストラリア、ハワイ、北アメリカの各空港上空で多数の鉛直分が観測されています。この中から観測頻度の高い空港上空で高さごとの季節変動の違いを調べました(図6)。

二酸化炭素濃度の変化グラフ
図6 二酸化炭素濃度の季節振幅の緯度分布
 地表付近における季節変動の振幅は環境研が実施している日本-オーストラリア間および日本-北米間における貨物船を使った定期観測で得られた値(データは向井博士らからの提供)から計算したものです。
 CONTRAILの結果は各空港の上空で得られた二酸化炭素濃度の鉛直分布から、高度別の時間変動を求めて計算したものです。
 上空における季節振幅の南北差は、地表面付近の南北差に比べて小さくなっていることがわかります。

 二酸化炭素濃度の季節変動は地上にある植物の光合成と呼吸のバランスによって作られますので、北半球では低高度ほど大きな振幅が観測されています。これに対して南半球では、上空の季節振幅が地表付近よりも大きくなる逆転現象が観測されました。この謎解きは次の図7のところで行います。

二酸化炭素で大気の動きがわかる

 日本付近の東経100度から160度までの範囲で観測されたCMEのデータを使って月ごとの二酸化炭素濃度の緯度─高度断面図を作成することができます(図7)。対流圏の二酸化炭素濃度は3月から4月の春先には北半球で高濃度、南半球で低濃度となり、赤道を挟んで明瞭なコントラストが見られます(図7a)。5月になると南半球低緯度の高高度でやや高い濃度が観測されており、北半球の二酸化炭素が赤道上空の上部対流圏を通して南半球に運ばれていることがわかります(図7b)。6月には南半球の高濃度域がさらに中緯度、低高度方向に拡散していることがわかります(図7c)。4月から9月にかけての赤道上空を通した南半球への二酸化炭素輸送量は炭素量に換算して7億tと計算することができ、この量は北半球の大陸規模の森林が大気と交換する量に匹敵します。地球上の炭素循環を理解するにあたってこれは無視できない量です。このような循環メカニズムは地上の観測だけでは分からなかったことであり、航空機を使って高頻度観測ができたからこそと言えます。南半球の季節振幅が上空ほど大きい理由はこのメカニズムによって北半球の大気が南半球の上空に流れ込んでいるためだと説明できます。

二酸化炭素濃度の南北断面図
図7 二酸化炭素濃度の南北断面図
 CMEによる大量の観測データから描いた、3月から9月にかけての二酸化炭素濃度の緯度-高度断面図です。赤に近いほど高濃度、青に近いほど低濃度を表しています。
 南北両半球の濃度のコントラストが明瞭に見えるほか、3月から5月にかけては北半球高緯度で対流圏と成層圏の濃度差がはっきりと見られます。この時期、圏界面が大気移動の障壁になっていることがわかります。夏になると対流圏の大気が成層圏に流入して濃度差が小さくなっています。(Sawa et al., 2012より)

二酸化炭素の放出量・吸収量

 アジアは二酸化炭素の観測にとって空白域の1つです。CONTRAILはアジア域に多くのフライトがあるので、3次元大気輸送モデルを使った二酸化炭素の放出量・吸収量(フラックス)推定を行うとこの地域の推定誤差を減らすことができます。地上の観測値だけを使ってフラックスを推定した場合とCONTRAILの観測値を加えて推定した場合とでは、インドネシアや南アジアにおいてそれぞれ64%、31%の割合で推定誤差を減らすことができました。また、中国華南地域では夏季の二酸化炭素吸収量はこれまで考えられていたより小さく、逆に南アジアでは夏季の吸収量が大きくなることがわかりました(図8)。

二酸化炭素濃度の推定値
図8 CONTRAIL観測値を使った二酸化炭素放出・吸収量(フラックス)の推定値
 図は大気輸送モデル(NICAM-TM)を使って推定した中国華南(A)、南アジア(B)、インドシナ半島(C)、インドネシア(D)の各地域における二酸化炭素フラックスの季節変動です。フラックスの値がプラスだと二酸化炭素の放出を、マイナスだと吸収を表します。青線は既存の地上観測値だけを用いた推定値で、赤線が地上観測値にCONTRAILの観測値を加えて推定したものです。CONTRAIL観測が加わることによって、各月のフラックスの値が大きく変化している地域があります。また、薄い青色のハッチと薄い赤色のハッチはそれぞれの推定誤差を表しています。どの地域においても、CONTRAIL観測値がフラックスの推定誤差を小さくしていることがわかります。(Niwa et al., 2012より)

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