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化学物質の内分泌かく乱作用に関わる試験法の開発と生物応答を用いた化学物質の総和的な管理手法の研究

研究をめぐって

 既存の水生試験方法では対応できない特殊な作用をもつ化学物質〜内分泌かく乱化学物質〜への対策は新しい試験法を考案する必要がありました。また、種類が増え続ける化学物質に対しては既存の試験法を用いた新たな方策〜生物応答を用いた総合指標〜を提案します。

化学物質の内分泌かく乱作用に関わる試験法の開発

 米国の動物学者シーア・コルボーンらにより1996年に刊行された「奪われし未来」では、化学物質が野生生物の内分泌をかく乱する可能性が示唆され、人の健康に対しても同様な作用があるのではないかという懸念から、国内外の関心を集めました。しかしこの問題に対しては、当時、科学的に未解明な部分が多く、日本だけでなく、国際的にも早急な対応が求められました。このような中、経済協力開発機構(OECD)では、1996年に、化学物質のテストガイドラインプログラムの一環として、内分泌かく乱化学物質の試験及び評価(Endocrine Disrupters Testing and Assessment:EDTA)に関する検討が始まり、その手法が開発されることとなりました。

世界では

 米国環境保護庁(USEPA)では、1999年にEDSP(内分泌かく乱物質スクリーニング計画)が策定され、人の健康に有害な影響を及ぼすようなエストロゲン作用をもつ農薬及び飲料水中の汚染化学物質を中心にスクリーニングすることが計画されています。Tier1(スクリーニング)とTier2(多世代試験)の2段階の試験体系を採用しており、現在、Tier2の試験法について、妥当性が検証されています。また、2010年にTier1の対象物質(ヒト曝露の可能性のある物質)が選定され、登録者、製造者及び輸入業者に対して試験の実施命令が出され、2012年までに試験が完了するものとされています。

 欧州委員会では、1996年から内分泌かく乱化学物質に対する取り組みを継続して進めています。また、2007年に発効したREACH規則(欧州連合における化学物質の登録・評価・認可及び制限に関する規則)においては、高懸念物質の許可対象物質となりうる要件の1つとして、「内分泌かく乱作用を有する」物質であって、人や環境に対する深刻な影響をもたらす恐れがあるとの科学的根拠がある場合、が挙げられています。

日本では

 1998年、環境庁(当時)は、国内の内分泌かく乱化学物質問題に対し、専門家の研究班による検討結果に基づき、それまでの科学的知見や今後の対応方針等をとりまとめた「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」を策定し、本格的に研究が推進されました。この取り組みによって得られた多方面かつ科学的知見を踏まえ、2005年以降、環境省では、今後の対応方針について取りまとめた、「ExTEND2005」を策定し、内分泌かく乱化学物質問題における新たな方向性が示されました。また、OECD等の国際協力の下で生物を用いた試験法開発を積極的に推進し、成果の一部については、OECDに提案され、テストガイドラインとして採択されています。

今後は

 OECDでは、2009年に内分泌かく乱化学物質の試験、評価及び管理に関するワークショップを開催し、今後OECDにおいて検討を進めるべき事項や研究ニーズについての提言がなされました。これを受け、2010年に内分泌かく乱化学物質の評価に関するガイダンス文書を作成するための検討が開始されました。

 環境省は、内分泌かく乱化学物質問題について、新たなプログラムである「EXTEND2010」を構築し、今後、国内の内分泌かく乱作用に関する検討を発展的に推進するとしています。この新たなプログラムは、化学物質の内分泌かく乱作用に伴う環境リスクを適切に評価し、必要に応じ管理していくことを目標としています。化学物質が環境を経由して人の健康や生態系に及ぼす影響を防止する観点から、引き続き、生態系への影響について優先的に取り組み、試験評価手法の確立と評価の実施を重点的に進めることとなります。

生物応答を用いた化学物質の総和的な管理手法の研究

 工場・事業場からの排水には、低濃度ではあっても多様な化学物質が含まれている場合があり、これら化学物質の毒性影響や複合影響については、解明されていません。よって従来の個別の物質、項目を対象とした水環境管理手法だけでは、新たな水質問題に確実かつ迅速に対応することが困難です。安全・安心な水環境を確保し、水質汚濁や有害な汚染による水生生物等への悪影響を未然に、効率的に防止するためには、河川等の公共用水域及び事業場排水中の多様な化学物質を総和的に管理する手法が必要です。

 国立環境研究所では、有識者による「WET手法等による水環境管理に関する懇談会」を設置して、環境中や事業場排水中の化学物質による影響を総和的に把握し、影響の低減を図る米国WET(Whole Effluent Toxicity)システムを参考にした、新たな水環境管理手法の国内への導入について調査、検討を行っています。

世界では

 バイオアッセイ(生物応答)を用いた化学物質の総体的な管理手法は、アメリカ、カナダなど複数の国で導入されています。アメリカでは、水質浄化法(Clean Water Act:CWA)の下で水環境管理が行われています。このうち、事業場等の点源からのすべての水域への排出には、全国汚染物質排水削減制度が適用され、a.技術基準に基づく排水規制(全米一律)、b.水質基準に基づく排水規制(州毎)が規定され、後者についてWETが導入されています。CWA101条に、最終的な目的として、「国内の水域の物理化学的及び生物学的に元の状態を維持、回復させること」が掲げられており、これに基づいて、WETによる水生生物保全基準といった水質環境基準が策定されています。

 WETは、水生生物を保護するためのモニタリングやNPDES(米国における汚染物質排出認可制度)認可を取得するための試験法として、1995年に制度化され、排水や周辺水域の総合的な影響を毒性試験によりとらえる手法である、と定義されています。試験法については、供試生物として、甲殻類、魚類(ファットヘッドミノー)、藻類(緑藻)などが用いられ、急性または短期的な慢性毒性試験により評価します。また、試験の有効性の判断基準は、供試生物別、毒性別に細かく規定されています。

国立環境研究所では

 水生生物を用いた水環境管理手法としては、①生物応答を利用した毒性試験により、事業場からの排水を管理する、②水生生物、生物群集の生息状況のモニタリングにより環境水の状況を評価する、2つが挙げられます。懇談会では、まず、①の生物応答手法を事業場からの排出水管理に用いるための手法の確立に向けた検討を優先させることにし、その後可能であれば、②の環境水のモニタリングについても検討することにしています。

 生物応答手法の導入にあたっては、水生生物の保全を目的とした手法として、人の生活と密接に関連している魚介類とその餌生物を対象とします。適用対象施設は水質汚濁防止法の排水規制対象施設を想定しているほか、標準的な試験法の確立や、試験実施機関の整備、排水サンプリング技術などの課題について検討しています。

 WETシステムは、事業場排水に対して運用され、2009年の化管法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)の公表データから、公共用水域に排出している事業場は4801事業場、排出されている物質は192物質、排出されている水域は2021か所(県別水域別)となっています。相対的に排水の割合が大きい水域では、水質汚濁物質排出量総合調査結果のうち、排水量が1日あたり1万m3を超える代表特定施設を取り上げましたが、下水道、化学工業、繊維工業などが公共用水域への排水量が多く、化学物質も多く排出されている可能性があります。こうした実態を踏まえ、WET対象の事業場、水域を検討する予定です。