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有害物質対策としての無害化処理面での分析研究の成果
—石綿含有物質とPCB化学処理を例に—

Summary

 有害物質対策は、リスク低減の観点から無害化処理技術の開発、検証、確立が非常に重要です。ここでは石綿含有物質の無害化処理技術評価方法とPCB化学分解処理法についての研究例を紹介します。

透過型電子顕微鏡(TEM)分析による石綿の無害化処理技術評価方法の確立

 石綿含有廃棄物の無害化処理は処理物に石綿が検出されないことです。固体の石綿分析としては、位相差顕微鏡とX線回折法(XRD法)が一般的ですが、両方法では不十分です。0.4μm以下の微細繊維の観察ができないこと、石綿識別が難しいこと、0.1重量%以下の低濃度が測定できないからです。細い繊維の観察や石綿と非石綿の区別が確実な方法は透過型電子顕微鏡(TEM)分析法です。私たちが提案した処理物(固体)の石綿試験方法を図1に示します。飛散しやすい繊維を水で分散したのち、石綿を含む微粒子をろ紙に載せて電子顕微鏡試料とします。TEMの長所は、繊維一本一本について、繊維の結晶構造が電子線回折(ED)で確認ができ、化学組成が測定できる(エネルギー分散分光分析、EDSによる)ことの2点です。石綿の一種で毒性の高い角閃石系のアモサイトの顕微鏡写真、電子線回折、化学組成図の例と、熱処理物(溶融スラグ)のTEM像を図2に示します。石綿では特徴的なED像がみられます。熱処理物には鉱物繊維は観察されますが、そのED像はガラス化していることを示し、ケイ酸アルミニウムの一種であることから、石綿ではないことが確認できます。鉱物繊維は毒性が低いとされていますが、計数することを推奨しています。

図1 (クリックで拡大画像表示)
図1 石綿処理物(固体)中の石綿確認方法のフロー

図2 (クリックで拡大画像表示)
図2 TEMによる石綿(アモサイト)の分析結果と廃石綿の溶融処理物中の鉱物繊維

 これまでは、石綿の重量%や繊維数濃度(本数/3000粒子)の表示でしたが、無害化処理物に「石綿繊維がないこと」を明確にするために、重量濃度(mg/g)と繊維数濃度(本数/g)とすること、定量限界を決めること、石綿の計数ルールを決めることなども検討し、既存の石綿分析の公定法では不十分であった点を改善しました。たとえば、最短繊維幅0.05μm、最小繊維長0.05μm、そしてEDやEDSの測定における同定手順、定量限界1Mf/g(1x106繊維/g)などです。

 無害化処理は、前段階としてスレートでは破砕処理が行われますので、飛散しないよう確認が必要となります。石綿が含まれる可能性のある、破砕処理から発生したガスや集じんしたダスト、また処理工程における排ガス・排水・固体に対する統一した測定法を提案しました。またこれまでに行われてこなかった精度管理を進めています。光学顕微鏡及び電子顕微鏡について、段階的な精度管理(観察者、観察用の標準試料の作成、実試料測定)を実施しています。

 次に石綿の熱処理でどのような変化が起こるか、X線回折(鉱物組成変化)に加えて、TEMによる繊維数の変化を調べました。これは世界でも初めての結果です。4種類の石綿の1500℃までの熱処理物の繊維数濃度を図3に示します。角閃石系のトレモライトとアモサイトは1400℃でも非石綿であることが確認できません。実際の無害化処理では、十分な実証実験による確認が必要であることを示しました。

図3 石綿の熱処理物の繊維数変化

3つの異なる分解方法でPCBの分解メカニズムを解明

 日本では、主に化学分解によるPCB処理が進められてきました。PCBの消失は確認されていましたが、より安全な分解処理方法を確立するためには、分解経路を明確にし、分解過程でどのような物質ができ、ダイオキシン類などの有害物質の生成があるかどうかを確認する必要がありました。以下にPCBの分解メカニズムを検証した研究を紹介します。

 研究では、3つの分解方法、パラジウムカーボン(Pd/C)触媒を使い水素ガスによってPCBの塩素を水素に置換するPd/C触媒分解法(Pd/C法)、アルカリ性2-プロピルアルコール中で紫外線を照射して脱塩素化する光分解法(UV法)、窒素ガス中で金属ナトリウムを絶縁油に分散させたものを用いて脱塩素化する金属ナトリウム分散体法(SD法)によってPCBの分解経路を推定し、分解反応性の違いや反応速度の比較などを行いました。その結果、3つの方法では置換塩素数や塩素置換位置によって反応性が違い、分解経路が異なっていました。

 たとえば、2,3’,4,4’,5’-五塩化ビフェニル(#118)の分解経路を図4に示します。この異性体はオルト位に塩素を1つ有するモノオルソ体でダイオキシン様の毒性があります。一脱塩素化体は、SD法では塩素数の多いフェニル基のパラ位塩素が脱離した2,3’,4’,5-四塩化ビフェニル(#70)、Pd/C法では塩素数の少ないフェニル基のパラ位塩素が脱離した2,3’,4,5-四塩化ビフェニル(#67)、UV法では塩素数の多いフェニル基のオルト位塩素が脱離した3,3’,4,4’-四塩化ビフェニル(#77)が多く生成していました。いずれの方法も一塩化ビフェニルを経て最終的には塩素のないビフェニルになりました。分解に伴って変化するダイオキシン様毒性については図5に示しました。Pd/C法とSD法は2,3’,4,4’,5’-五塩化ビフェニル(#118)の分解とともに速やかにダイオキシン様毒性が減少しました。UV法では分解初期に生成するダイオキシン様の毒性を持つノンオルソ体(オルト位に塩素を持たない)である3,3’,4,4’-四塩化ビフェニル(#77)の影響により毒性の減少は遅かったのですが、反応時間の経過とともに徐々に減少し、最終的にはなくなりました。

図4 2,3’,4,4’,5’-五塩化ビフェニル(#118)の分解経路

 さらに複数のPCB異性体を検証した結果、いずれの分解方法でもダイオキシンや他の有機塩素化合物などの生成がないことが確認されました。また、塩素置換位置による反応性については、SD法ではパラ位塩素が脱塩素しやすく、Pd/C法ではオルト位塩素の脱離が遅いためオルト位塩素数が多いほど反応が遅く、UV法ではオルト位塩素が1つの場合はオルト位が脱離しやすいが2つ以上の場合はオルト位以外の塩素から脱離しやすいなど、分解法によって異なっていました。

 こうした分解法の特徴を把握することで、より適切な分解方法を選ぶことができ、分解処理の安全性向上に役立つことがわかりました。

図5 2,3’,4,4’,5’-五塩化ビフェニル(#118)の分解に伴うダイオキシン様毒性の変化