外来生物問題、世界の視点と動向
研究をめぐって
侵略的外来種(侵入種)は世界中で数多くの種を絶滅に追いやっています。
国際自然保護連合(IUCN)は「レッドリスト2002」で、侵入種を世界の野生生物の三大絶滅要因の一つと位置づけているほどです。
日本を含む世界各国では、種の絶滅を防ぎ、生物多様性を保全するためのさまざまな取り組みが行われています。
世界では
国際自然保護連合(IUCN)の評議会は、2000年に「外来侵入種によって引き起こされる生物多様性減少防止のためのIUCNガイドライン」を採択しました。これは世界中の生物学関係の専門家130人からなる種の保存委員会内の侵入種専門家グループが草案を書き、各国政府による「生物多様性条約」第8条「生態系、生息地若しくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御し若しくは撲滅すること」の履行を支援する目的で作成されました。種の保存委員会では引き続き「世界の侵略的外来種ワースト100」も発表しています。世界中で深刻な問題を引き起こしている侵入種をリストアップし、生々しい問題提起をしています。
国別にみると、侵入種問題にとりわけ熱心なのがニュージーランドです。ヨーロッパからの移民が無秩序に持ち込んだ2万種類もの侵入種のため、モアなど88種類いた陸鳥のうち36種類が絶滅しただけに、侵入種問題の深刻さをどの国よりも身近に感じているのでしょう。同じような事情で、オーストラリアも侵入種排除のための徹底した輸入規制を行っています。
生物多様性に関する研究、情報提供、教育などを行う生物多様性センターを、大学等の教育機関とは別に設立する国も増えています。1989年に設立されたコスタリカ生物多様性研究所(INBio)はその先駆者として有名です。ただ一般的に、生物多様性に関する研究は大学や研究機関の研究室レベルで個別の種に関して進められているケースが多く、体系的、総合的な研究はまだまだ少ないのが実状です。
日本では
日本でも、深刻な侵入種問題は数多く発生しています。「世界の侵略的外来種ワースト100」にも取り上げられているのが、沖縄県や鹿児島県奄美大島に、ハブ退治のために意図的に導入されたジャワマングースです。ハブは夜行性なのに、マングースは昼行性のため、肝心のハブにはなかなか出会えません。かえって貴重な在来種のトゲネズミ、アマミノクロウサギ、ルリカケス、キノボリトカゲなどがマングースに捕食され、絶滅危惧状態に陥っています。とくに捕食による絶滅が心配されているのが国の天然記念物のヤンバルクイナです。
このように侵入種が定着に好適な場所を見つけて爆発的に増え、在来種を圧倒するようになると、これを完全に駆除して以前の生態環境を取り戻すことはほとんど不可能に近いといわれています。だからこそ、生物多様性の保全のためには、事前に外来生物のリスク評価を行い、侵入種が蔓延するのを防ぐ必要があります。こうした問題意識から2005年6月に「外来生物法」が施行されました。
「外来生物法」は、日本に輸入されている外来生物が、日本の在来生物や生態系にどういう影響を与えるかを科学的に評価して、悪影響を与える可能性の高い生物を、水際で防ごうという目的を持つ法律です。具体的には、生態影響ありとして指定された「特定外来生物」については、輸入、販売、飼育、さらに野外に逃すことも禁じられています。一方、行政は、野外にいる「特定外来生物」の駆除に責任を持たなければなりません。第一次の「特定外来生物」としては37種類が指定されました(表参照)。この「特定外来生物」は第二次、第三次と選定作業が続き、さらに増えていく予定です。
一方、1998年には、環境庁(当時)の生物多様性センターが山梨県富士吉田市に設置されました。同センターは、日本の生物多様性施策を推進し、世界の生物多様性保全への積極的な貢献を図るための中核機関として位置づけられています。
国立環境研究所では
国立環境研究所では、21世紀の人類が直面する6つの重要な環境問題の一つに生物多様性を位置づけた上で、「生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト」と名づけた重点特別研究プロジェクトを立ち上げ、さまざまな研究を推進しています。
本プロジェクトでは、遺伝子、種、生態系の3つのレベルで地域の生物多様性の特性を明らかにすることを目的に、生息地の破壊・分断化と侵入生物・遺伝子組換え生物による地域生態系の生物多様性への影響を解明し、保全手法を開発するための研究を進めており、これまでの生態学が扱ってきたよりもずっと大きなスケールで生物多様性を考え、地域や系統による差異の重要性を評価しようとしています。全体は次の5つのサブテーマで構成されています。
1. 地理的スケールにおける生物多様性の動態と保全
2. 流域ランドスケープにおける生物多様性の維持機構
3. 侵入生物による生物多様性影響機構
4. 遺伝子組換え生物の生態系影響評価手法
5. 生物群集の多様性を支配するメカニズムの解明
その中で3.の侵入種の問題をカバーするのが侵入生物研究チームです。侵入生物の生態的特性、侵入経路、現在の分布、在来生物へのインパクトなどの情報のデータベース化と地図情報化を行っています。また、侵入生物による在来生物への捕食・競合・遺伝的かく乱などの影響の実態調査も行っています。
外来生物は一度定着すると撲滅することはほとんど不可能となります。今後の侵入生物の研究では、初期の定着過程(なかなか定着に成功しないが、ある時突然分布拡大を開始するのはなぜか)の解明が重要です。そのような研究を通して、どのような外来生物が侵略に成功しやすいのかが理解できます。これまで、外来生物の輸入には、「有害であること」の証拠がない場合は輸入が許されてきました。「無害であること」の証明は困難ですから、このような論拠で今後も輸入は存続すると思われます。危険な生物の侵入を防ぐにはどのような外来生物が侵略的であるか、その法則性を明らかにすることが重要です。
今年6月に施行された「外来生物法」が有効に働くためには、まず多くの人たちが外来種や侵入種に対する知識を持ち、その防除の意味を理解することが必要です。すでに多くの外来種が生息し繁栄する日本において、何が日本固有の在来種であり、何が外来種であるのか、またそれらの間の関係はどうなっているのか、こうした外来種に関する生態学的情報を体系的に整理し、公開しているのがホームページ上の「侵入生物データベース」です。生物多様性の保全の一助として役立てていただくため、常に外来種に関する最新情報を取り入れ、更新し続ける予定です。
国立環境研究所では、侵入種問題をはじめ、今後も「生物多様性の保全」のために重要と考えられる基礎的・応用的研究課題を推進していきます。