研究者に聞く!!
Interview
五箇公一
生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト 侵入生物研究チーム総合研究官
生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト 侵入生物研究チーム総合研究官
2001年に開始した研究課題「侵入生物による生物多様性影響機構に関する研究」では、さまざまな侵入生物が生物多様性に影響を及ぼすことを明らかにしてきました。そこで、この研究課題の代表でもある五箇さんに、近年輸入が急増し、一説には5億匹も国内にいるといわれる外国産クワガタ、授粉用農業資材として輸入され、毎年700万匹が流通しているセイヨウオオマルハナバチの事例を中心にして、外来生物がどのように在来生物や生態系に影響を与えるかについてお聞きしました。
生物多様性への影響を遺伝子組成にまで踏み込んで解明
1: 生物多様性と外来生物の影響
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Q:今回のインタビューは昆虫の研究の話が中心になります。話に入る前に、五箇さんと昆虫研究との出会いについてお話しいただけますか。五箇: 私はもともと子供の頃から生き物を飼うのが好きで、将来は生物学者になりたいという夢がありました。高校生のときに現実を突きつけられて迷いましたが、結局農学部を選び、当初はバイオテクノロジー(生物工学)をやっていました。ところがある時、ダニの実習で目覚めてしまいまして(笑)。顕微鏡でダニを見ていたら、やっぱり生きて動いているものが面白くてたまらないのです。それで昆虫生態学を専攻しました。
大学時代から専門に研究したのはハダニという植物の葉に付く農業害虫です。ハダニの遺伝学を研究し、民間会社の農薬研究部に就職してハダニ用の殺虫剤の研究を始めました。その後、農薬の研究を通して、農業害虫の薬剤抵抗性という進化現象と、その進化を支える害虫集団の遺伝的多様性を目の当たりにして、生物多様性という概念に大きな興味を抱くようになり、論文博士を取得後、現在の国立環境研究所に入所しました。そして、セイヨウオオマルハナバチやクワガタという新しい材料を使った研究を通じて外来生物による生物多様性への影響という研究テーマに取り組むようになりました。 -
Q:日本に入ってくる外来生物には、一般的にどういう問題があるのでしょうか。五箇: 日本は島国なので、在来生物は、激しい生存競争を勝ち抜いてきた大陸のものに比べて基本的に脆弱です。島国では、限られた生物相が固有の生態系を維持しており、大きくて強い外来生物が入ってくると、圧倒されてしまう可能性があります。
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Q:ただ在来生物の方が最初は数が多いわけですし、環境にも慣れています。異なる環境からやってきた外来生物が生き残るのは難しいのではないでしょうか。五箇: 確かに、生物は生息地に適応して進化していますから、本来ならば新しい環境は非常にリスクが高いのです。『侵略の生態学』という本を書いた生物学者のC.S.エルトンによると、外来生物はその10%しか新しい環境への定着に成功せず、さらにそのうちの10%しか在来生物との競争には勝てないという法則があるとされています。つまり外来生物の99%は実は侵略に失敗してきたのです。
ところが、そこに人間が介在すると事情が変わってきます。都市化などで今、自然環境そのものがかく乱されて、変動しています。過度の開発で日本の生態系は大きく崩れてしまい、外来生物が簡単に侵入できる環境があちこちに生まれてしまったのです。 -
Q:人間の活動が生物多様性を脅かしているのですね。五箇: 一番に影響しているのは道路やダムの建設など開発による生息地の破壊です。商業目的での野生生物の乱獲も大きな影響要因です。そして近年、とくに外来生物による生態系影響が重要視されるようになりました。現在日本には、わかっているだけでも2000種にも上る外来生物が定着し、在来生物を圧迫していると考えられています。輸入物資にくっついて偶然入ってくる外来生物も多数ありますが、とくに日本で顕著なのは、商業目的や愛玩用に、意図的に外国産の生き物を導入するケースが非常に多いことです。その中に、今回紹介する外国産クワガタやセイヨウオオマルハナバチも含まれます。
2:クワガタムシの系統樹からわかったこと
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Q: それでは具体的な研究の話に入ります。クワガタの研究を始めたのは、どのようなきっかけだったのでしょう。五箇: 国立環境研究所に研修にきていた横浜植物防疫所の職員の方から、最近はクワガタの審査でたいへんだという話を聞いたのです。年間に万を超える単位で入ってきているというので驚きました。前年の1999年からクワガタの輸入が始まったのは聞いていましたが、知らない間にものすごい勢いで市場が拡大していたのです。調べてみると、横浜だけで年間に30万匹近くも輸入されていました。種類もその時点で300種以上、現在は520種ものクワガタが輸入許可されています(図1)。クワガタは世界中で約1500種類といわれていますから、その3分の1が日本に輸入されていることになります。
図1 ニジイロクワガタ
昆虫ペットショップ
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Q:愛玩用ですよね。地域は、どのあたりからですか。五箇: 世界中ほぼ網羅していますね。アジア、オセアニア、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカ。愛玩用とはいっても、これはもう文化的な現象だと思いますね。世界を見回しても、クワガタやカブトムシなどを見て楽しんだり、家の中で継代飼育して可愛がるのは日本だけです。おそらく日本古来の独特の文化なのでしょう。現在国内で生存している外国産のクワガタとその子孫は、一説には5億匹ぐらいいるのではないかといわれています。
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Q: そんなにすごいのですか。そうなると日本に輸出する国の側でも、乱獲の問題がありそうですね。五箇: 出てきています。東南アジアでは、クワガタなどの甲虫は価値がないと見なされていますから、大量に捕って輸出してきます。飼育はコストがかかりますから、輸入されているクワガタは、ほとんどすべて野生のものです。乱獲が進んでクワガタがいなくなった地域もあります。これも国際的な生物多様性への脅威です。
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Q: 輸入された外来のクワガタは、国内の生態系にどのような悪影響を及ぼすのですか。五箇: 逃げ出すなどして、野外に定着することが考えられます。そうすると在来のクワガタと競争になります。外来のクワガタの中には体も大きく、力の強いものもいます。日本のクワガタが、エサの取り合いで負けることも十分に考えられます。その結果、日本のクワガタが圧倒されて減少する危険性もあります。また、外来種と在来種が交尾して雑種ができる交雑(こうざつ)の問題もあります。
実際に交雑実験を行ってみたところ、日本国内で大量に販売されているスマトラオオヒラタクワガタと、日本産のヒラタクワガタは交雑可能で、子孫も残せることがわかりました(図2)。さらに、継続輸入の問題もあります。逃げ出した輸入クワガタがその年で絶滅したとしても、次の年になると、また大量に輸入されます。越年して定着はできなくても、毎年エサの奪い合いと交雑は繰り返されることになりますから、日本のクワガタを圧迫し続けることになります。これだけでも十分に脅威です。
図2 外来クワガタと在来クワガタの掛け合わせ
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Q:交雑が進むと、具体的にどのような問題が起こるのですか?五箇: たとえば同じ種のクワガタでも、地域によって遺伝子の組成は違っています。もともとは同じ遺伝子を持つ生物種でも、長い時間をかけて移動し別々の地域で進化を繰り返すと、遺伝子頻度に変化が生じたり、新しい塩基配列の遺伝子ができたりします。現代の生態学では、このように遺伝子組成の一部が異なった生物集団は、進化的重要単位として、種の分類以上に重視されています。ところが、外来のクワガタがやってきて在来のクワガタと交尾し、子孫を残したとしますね。その場合には、分化してから150〜500万年もほかの集団から隔離され、独立していた日本在来のクワガタ集団の遺伝子組成に外国産の遺伝子が浸透して、遺伝子組成をかく乱することになります。こうしたかく乱の進行は地域固有の遺伝的集団の絶滅を意味します。日本の島ごとに複数生息している固有の遺伝子組成を持った地域個体群が、このように交雑によっていなくなってしまうと、日本在来のクワガタの生物多様性を低下させてしまうことになります。
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Q: クワガタの研究ではそれを示すために遺伝子を解析して系統樹(図9参照)を作ったのですね。五箇: そもそも日本のクワガタは絶滅危惧状態です。さらに外来のクワガタに圧迫されたり交雑する危険性までありますから、保全のためには追跡調査が必要ですし、いまある地域個体群の遺伝的な固有性をデータベースとして記録しておかなければならないのです。
そこで、日本の在来クワガタの遺伝子のデータベースを作りました。さらに、外国産のクワガタについても、同様にデータベースを作りました。その際重視したのは、日本の在来ヒラタクワガタと交雑の可能性がある東南アジア産や中国産のヒラタクワガタです。遺伝子を解析すると、地域ごとの個体群の遺伝的距離と、その分化がいつから起きているのかもわかります。その結果として、日本と東南アジア全域をカバーしたヒラタクワガタの系統樹ができあがりました。 -
Q: その系統樹から、どのようなことがわかったのでしょうか。五箇: 簡単に解説しますと、東南アジアで生まれたヒラタクワガタはインドシナ半島を中心として、北方の集団と南方の集団に大きく分化し、それぞれの集団は北進および南進を別々に繰り返して、150〜500万年という長い時間をかけて地域ごとに異なる遺伝子組成を持つ個体群へと分化しました(図3)。日本のヒラタクワガタはその末裔であり、他の個体群にはない非常にユニークな遺伝子組成を持っています(詳細はサマリー参照)。
図3 ヒラタクワガタの分布拡大経路
ハチ逃亡防止用ネットを張ったトマトハウス
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Q: しかし交雑はできたのですね。五箇: 生殖隔離が働かず、交雑して、雑種を残せることがわりました。外来のクワガタと日本在来のクワガタが、こうして交雑していくと、日本固有のクワガタの遺伝子が失われてしまいます。同時に、非常に長い時間をかけた進化の歴史もかく乱され、消えてしまうことになります。
3:ハウスから逃げ出して野生化するのが問題
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Q:次にセイヨウオオマルハナバチの研究に移りましょう。研究のきっかけからお話ししていただけますか。五箇: 研究を始めたのは、クワガタよりも早くて1996年からです。私はこの研究所に入所したばかりでしたが、日本生態学会でセイヨウオオマルハナバチの問題を初めて耳にしまして、これは面白いと思いました。ちょうどその年に、このハチは日本に本格的に輸入され、大量販売されるようになりました。その時点から在来のマルハナバチの遺伝子組成を調べ、さらにセイヨウオオマルハナバチの遺伝子組成を調べておけば、生態系の中でハチの遺伝子の変化を追跡できると思い、研究を始めました(図4)。
図4 セイヨウオオマルハナバチと在来マルハナバチ
セイヨウオオマルハナバチ
(お尻が白いのが特徴です)
(お尻が白いのが特徴です)
<在来マルハナバチ>
オオマルハナバチ
オオマルハナバチ
<在来マルハナバチ>
トラマルハナバチ
トラマルハナバチ
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Q: クワガタは愛玩用でしたが、セイヨウオオマルハナバチは農業用の資材として入ってきたのですね。五箇: 主にハウストマトの授粉用です。トマトは風媒花といって、花粉を風で飛ばして授粉しますので、風のないハウス内では、授粉しにくいのです。しかも風媒花は花粉は作ってもミツは作りませんから、普通のハチは、花に寄ってきてくれません。その点、マルハナバチはミツだけではなく花粉もたくさん集めにくるハチなので、風媒花の花粉を媒介させるのに都合がよいのです(図5)。そういう授粉の目的でヨーロッパで商品化され、世界中に広まったのがセイヨウオオマルハナバチです。日本でも現在は年間に7万コロニー(コロニー:巣箱。1箱に約100匹の働きバチがいる)も流通しています。単純計算すると、700万匹ものセイヨウオオマルハナバチが、国内で利用されていることになります(図6)。
このハチは秋には死んでしまいます。巣も1年で崩壊するので、農家は毎年コロニーを買うことになります。ところが、巣箱の管理が悪いと、新しい女王バチが野外に逃げ出して生き延びてしまうことがあります。野外で、同じように逃げ出した雄バチと交尾して越冬すると、翌年の春には、巣を作ります。こうした例がすでに北海道では観察されています。このようにして野生化したセイヨウオオマルハナバチが在来のマルハナバチと競争して、圧迫する可能性は高いのです。
図5 トマトの花に授粉するセイヨウオオマルハナバチ
図6 セイヨウオオマルハナバチ商品コロニーの年別出荷数
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Q: 交雑の危険性はないのでしょうか。五箇: 当初はその可能性が危惧されました。しかし、室内の交雑実験により、交尾はするものの雑種はなかなか生まれないということがわかりました。ただ問題なのは、交尾後に授精が成立し、授精卵はふ化できないまま死んでしまうことです。これは十分に生態リスクになります。たとえばハウスから逃げ出した雄バチが、在来の女王バチと交尾すると、その女王バチは事実上不妊になってしまい、次世代を作れなくなります。
4:生物多様性の保全には当事者の理解が基本
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Q: 具体的なセイヨウオオマルハナバチ対策はどのようなことが考えられるのでしょう。輸入禁止も視野に入れるべきなのですか。五箇: 在来のマルハナバチを圧迫するからといって、セイヨウオオマルハナバチの使用を簡単に禁止することもできません。年間に7万コロニーも流通しているのは、農業経済的に有用な側面が大きいからです。セイヨウオオマルハナバチのおかげでトマトの品質もよくなっていますし価格も維持でき、ハウス内のハチを殺さないために低農薬のトマト作りの努力も広く浸透してきました。こうした利点と生態影響のリスクとのバランスをどう取るのかが大事です。
セイヨウオオマルハナバチの持続的な利用の可能性を探って、産官学が共同で問題解決に乗り出しました。ハウス農家の方々は、いつも植物、動物など生き物を相手に仕事をしています。自分たちの農業を守るためにも、生き物を大切にしていくことが求められ、生物多様性にもっとも敏感な方々です。研究の成果を携え、農家の方々、さらに自治体、国と協力して、生物多様性を保全しながら農業を守る道を探りました。その結果、ハウス全体にネットを張ってハチが逃げ出さないようにするなど、適正処理による生態リスク低減、生態系との共生をめざした対策が進められています。 -
Q: 研究の成果が具体的対策に結びつく。研究者冥利に尽きるお話しですね。五箇: 今回は当事者の理解が得られた、非常にうれしい例でした。しかし国内に存在する多くの外来生物問題は解決が非常に難しいものばかりです。2005年6月に施行された「外来生物法」は、こうした外来生物問題への対策を一歩進めたものですが、法律だけでは問題は解決しません。外来生物問題は、現在の日本が輸入大国・消費大国であることから、必然的に生まれてきた複雑で解決困難な問題です。ですから問題解決の大前提として、外来生物問題は日本人全体の問題だと理解する必要がありますし、日本の国の構造そのものを変えなければ解決しないともいえます。外来生物にあふれている日本の自然環境をどう捉え、どうしていくべきなのか。まさに現代のわれわれが問われているのです。私たち研究者も、生物多様性の価値や生物の地域固有性の意義を明確かつ定量的に説明することをめざした研究を続けていきたいと思います。
人間の活動が自然と過度に関わるようになってきたことが多くの生物の絶滅を招き、生物多様性の危機が世界中で提起されています。1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)で生物多様性の保全を目的に「生物多様性条約」が採択されたのも、野生生物の絶滅を防ぎ、生物多様性を何とか確保しようという考え方がその中心でした。
生物多様性を脅かす深刻な問題として、開発による自然破壊は常に大きく取り上げられていますが、深く静かに進む外来生物問題も、実はとてもやっかいな問題です。身近な生物が次々と外来生物に入れ代わっています。日本では現在、2000種類以上の外来生物が定着し、長い年月をかけてつくりあげられた日本固有の在来生物の種と生態系が脅かされています。
国立環境研究所では、2001年度から重点特別研究プロジェクト「生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト」を立ち上げ、生物多様性に関する研究を進めています。本号ではその中から、外来生物による生物多様性への影響を取り上げました。
メモ
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生物多様性・生物多様性条約・生物多様性国家戦略私たちの日々の営みは、多くの生き物の相互作用が作り出す生態系の機能によって維持されています。種々の外乱に抗して生態系が健全な機能を発揮するためには、外乱に柔軟に対応できる遺伝子や生物種が存在するなど、そこに生息する生き物たちが変化に富んでいる必要があります。この生き物が変化に富んでいる状態を生物多様性が高いといっています。地球上の生物多様性を高く維持するためには、多様な生態系、多様な生物種そして多様な遺伝的変異を維持することが大切です。また、各生態系は進化的歴史の現時点の一断面ともいえます。過去の進化痕跡をとどめるとともに、未来の進化のゆりかごでもあるのです。私たちホモ・サピエンスが進化の中で生じたことの重要性を考えれば、地球上に多様な生態系を維持しておくことの大切さはいうまでもないことです。ところが近年、人間活動の拡大は地球規模で生物多様性の急速な減少をもたらしています。長きにわたる進化の産物である生物種や遺伝子は、一度失われると取り戻すことはできません。
世界中の生物学者、環境保護活動家、市民らは、こうした生物多様性の危機に対する警鐘を鳴らし続けています。そうした活動が実を結び、1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で生物多様性条約が採択されました。この条約は、締約国に対して(1)地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること(2)生物資源を持続可能であるように利用すること(3)遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分することを求めています。締約国は2005年2月現在で188カ国。締約国が集まる締約国会議も現在まで7回開催されています。
生物多様性条約を締結した各国政府は、生物多様性の保全とその持続可能な利用を目的として、国家戦略を策定することになっています。1993年に条約に加盟した日本は、1995年に生物多様性国家戦略を策定しました。さらに、その見直しを経て、2003年3月に策定されたのが現在の新・生物多様性国家戦略です。この新しい国家戦略では、(1)外来生物の問題等の新たな脅威に対する保全の強化、(2)すでに失われた自然の再生、(3)社会的なアプローチの積極的推進による持続可能な利用の奨励の三点が大きな柱としてあげられています。2005年6月1日から施行された「外来生物法」は、この国家戦略の理念の一部が法制化されたものと考えられます。 -
外来種・移入種・侵入種外来生物に関する言葉には、その定義が紛らわしいものが少なくありません。まず外来種(Alien Species)とは、意図的、非意図的にかかわらず、人為的に移動させられた種(亜種、地域個体群なども含む)を指します。少し前までは、この外来種と同じ意味で移入種という言葉が使われていました。ところが生態学で移入種というと、自発的に移動した種まで含んだ概念になります。そのため、人為的に移動させられた外来種と同じ意味で使うのはおかしいという判断で、最近はあまり使われなくなっています。
外来種の中で、新しい地域に導入もしくは拡散した場合に生物多様性を脅かすと考えられる種は侵略的外来種(=侵入種、Invasive Alien Species)と呼ばれています。ちなみに、生態学的にいうと、たとえば沖縄から本州に生物が持ち込まれれば、それは外来種であり、さらに侵入種となる可能性が高くなります。しかし、「外来生物法」という法律上では、移動の境界は国境だけなので、国内を移動した生物は外来生物とは呼びません。 -
系統樹と遺伝子解析系統樹は、生物の進化の道筋を示した図です。生物の各群はちょうど木の枝のように枝分かれで示されると考え、系統樹を最初に描いたのはラマルク、ダーウィンらの進化論者でした。初期の系統樹は動植物のさまざまな形態上の違いから生物群の分類と進化の道筋を類推していましたが、遺伝子工学が大きく進歩した現在では、遺伝子解析によって理論的に厳密な形の系統樹を描くことができるようになりました。
遺伝子解析では、遺伝子の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)の遺伝情報を解析します。遺伝情報は、DNAの鎖上での4つの塩基(アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T))の配列で伝えられ、この4種類が延々と並ぶ塩基配列の差異を調べれば、さまざまな個体群が遺伝的に近いのか、遠いのかという遺伝的な距離を測ることが可能です。また、塩基配列が変化する速度はほぼ一定なので、遺伝的な距離と変異の速度を掛け合わせると、遺伝子組成の違う個体群が分化してから時間的にどれくらい経過しているのかが計算できます。 -
進化的重要単位(ESU)Evolutionarily Significant UnitO.A.ライダー(1986)らが提唱した種レベル以下の生物集団の保全単位。従来の種概念に基づく生物の分類に伴う問題(たとえば形態的には差がない同一種の集団間で生殖隔離が生じたり、逆に形態的にはまったく別種とされる生物集団間で交雑が成立するなど)を越えて、生物集団の系統進化という歴史性に価値判断基準をおいた画期的な生物集団の分類概念。
ライダーによれば、たとえ同一種でも形態的にあるいは遺伝的に区別がつく生物集団や、進化的歴史が異なる集団はESUとみなされるということになります。
たとえばここで示したヒラタクワガタの場合、それぞれの大陸や島に分散している集団は、それぞれ長きに渡る進化プロセスの果てに独自の遺伝子組成と形態的特徴を持つ集団へと分化しており、その歴史的重みからもそれぞれ個別に保全されるべき集団とみなされています。ただし、この概念は極めて観念的であり、どれだけ遺伝的に分化していればESUとみなされるのかについての明確な規準はなく、扱う種や研究者の判断によってESUは大きく変動します。
現在もその概念の意義づけや規準についての議論は続いていますが、重要なことは生物集団の保全規準に歴史的価値という概念を取り込んだ点です。 -
生殖隔離ひとつの生物集団が別々の生物集団に分化する際には、集団の間に遺伝的な障壁が生まれます。この障壁を生殖隔離と呼びます。分化の際にはそれぞれの集団の遺伝子組成がお互いに異なるものへと変化するために、集団間の個体同士で交尾ができなくなったり、交尾ができても子供が産まれなかったり、あるいは子供が産まれても生存率が低かったり、次の世代を残すことができなくなったりします。生殖隔離のメカニズムは、いったん分化した集団が再び出会ったとき、交雑を防ぐために生まれるという説もあります。