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2016年3月16日

実験水田を用いた農薬の生物多様性への影響評価
〜浸透移行性殺虫剤がもたらすトンボへの影響〜

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成28年3月16日(水)
国立研究開発法人国立環境研究所
 生物・生態系環境研究センター
 主席研究員 五箇 公一
 特別研究員 笠井 敦
 環境リスク研究センター
 主任研究員 林 岳彦

   国立環境研究所は実験水田を用いて、ネオニコチノイド農薬など浸透移行性殺虫剤が、トンボ類を含む水田の生物相に対してどのような影響を与えるのかを調べました。
   その結果、以下のことが明らかになりました。

①フィプロニルが使用された水田で一部のトンボ種の発生に強い負の影響が見られたこと

②試験薬剤であるクロチアニジン、フィプロニル、及びクロラントラニリプロールはそれぞれ使用された水田内において、その水中濃度は適用後3か月以内に検出限界程度に減少するが、土壌中では栽培シーズン終了時まで比較的高濃度で検出されること

   本研究成果は、現在、国内でも広く使用される浸透移行性殺虫剤が土壌に吸着しやすく、長く留まる傾向が強いことを示すとともに、一部の殺虫剤は水田中においてトンボ相に深刻な影響を及ぼすリスクがあることを示しています。このことは、現在の農薬登録の枠組みにおいて審査を通過した農薬であっても、一部の野生生物に予期せぬ影響をもたらす可能性があることを意味しています。そのような予期せぬ影響をいかに予測可能へと近づけるかが今後の課題であり、種の多様性や生態系の多様性を考慮した農薬のリスク評価システムを構築して行くことが重要であると考えられます。
   この研究成果をまとめた論文が、2016年3月16日(日本時間午後7時)に英国科学誌(オープンアクセスジャーナル)「Scientific Reports」に掲載されました。
 

1.背景

   我が国の水田は湿地に生息する水生生物の代替生息地という重要な機能も担っていることから、水田環境は里山の生物多様性における重要な構成要素となっています。また、水田はモンスーン気候に合わせて夏季の湛水と秋冬期の落水を繰り返す独特な環境であり、アキアカネをはじめとするトンボ類など、その季節的サイクルに適応して繁栄して来た水田生物も数多く見られます。近年、水稲栽培で用いられる浸透移行性注1の育苗箱施用剤、特にネオニコチノイド系殺虫剤の普及が原因で、トンボ類が減少傾向を示しているのではないかと指摘されてきました(参考論文1)が、浸透移行性殺虫剤が実際の環境中においてトンボ個体群にどのように影響を及ぼすかは明らかにされていませんでした。そこで国立環境研究所は、異なるタイプの浸透移行性殺虫剤3剤、クロチアニジン(ネオニコチノイド系)、フィプロニル(フェニルピラゾール系)、及びクロラントラニリプロール(ジアミド系)について、実際の水田に近い環境を再現した実験用水田を用いた、メソコズム注2影響評価試験を実施しました。

   注1 有効成分が植物体に取り込まれて移動する性質を指します。
   注2 模擬生態系の一種。人工的に構築・管理された自然生態系のうち、比較的規模が大きいものを指します。

写真1.
国立環境研究所構内の生態系研究フィールドⅠでおこなわれている水田メソコズム影響評価試験

2. 方法

 国立環境研究所内に設置した4.0 m×1.7 mの小規模実験水田8面について、無処理区(対照区)、クロチアニジン区、フィプロニル区、クロラントラニリプロール区それぞれ2面ずつ割り当てました。2013年4月22日に湛水し、5月13日に育苗箱施用剤としてクロチアニジン粒剤、フィプロニル粒剤、及びクロラントラニリプロール粒剤を育苗箱の苗に実際現場で用いられている方法・量で施用しました。翌日5月14日に田植えを行い、以降10月2日までの間、定期的に水温やpHなどの物理的環境、水中、及び土壌中の農薬濃度、及びプランクトンや水生昆虫などの生物相の調査を行いました。

   特に、発生量が多かったトンボ種のうち、ショウジョウトンボ、及びシオカラトンボについては最後まで成虫になれたかを確認するために羽化殻を回収し、それぞれの水田における両種の羽化個体数を比較しました。

   以上により得られたデータについて、PRC解析注3やダネットの検定等を用いて統計学的な検定を行いました。

注3 主要反応曲線(Principal response curve)解析:時系列データを取り扱う多変量解析の一種。処理区とコントロール区の反応にみられる違いや、どの種に影響が見られるかの概要を明示化します。横軸の0の線がコントロール区における群集動態を、折線グラフが処理区における群集動態を示します。

写真2.
ショウジョウトンボ(左)とシオカラトンボ(右)のオス成虫(上段)及びヤゴ(下段)

3.結果と考察

① 農薬濃度

 いずれの農薬も、水中濃度は田植え後、最初の2週間で急速に減少し、3か月程度で検出限界レベルまで減少しました(図1の折線)。一方、いずれの農薬も、土壌中濃度は田植え後から徐々に増加し、試験終了時まで検出されました(図1の棒線)。これらのことから、これら3つの殺虫成分は、水中においては減少傾向を示すものの、土壌中には長期間残り続けることが示されました。

図1.
水中・土壌中農薬濃度。折線が水中の農薬濃度、棒グラフが土壌中の農薬濃度を示しています。1µg/L 及び1µg/kg:約10億分の1。50mプールに角砂糖1個を入れて均一に溶かした濃度。

② 水田生物群集への影響

 PRC解析の結果、クロチアニジン、及びクロラントラニリプロール処理区では、プランクトン類やユスリカ幼虫に影響がでることが検出されたものの、その程度は比較的軽微で、時間の推移と共に対照区に近い状態へ推移しました(図2のaとc)。一方、フィプロニル区ではナメラカハシミジンコ、シオカラトンボ、及びショウジョウトンボのヤゴに負の影響(つまり個体数減少)があらわれ、逆にユスリカやチビゲンゴロウ、イボカイミジンコの一種に対しては正の影響(つまり個体数増加)が検出されました(図2のb)。このように、育苗箱施用剤として用いられている浸透移行性殺虫剤は、剤によって水田生物群集に与える影響のパタンが異なることがわかりました。

図2.
PRC解析結果。縦軸の「効果」=0の点線が対照区における群集動態を、折線が農薬処理区における群集動態を示しています。「効果」=0の点線からかけ離れるほど、農薬処理区における群集が対照区と比べて変化していることになります。グラフの右には影響が検出された種名が記されています。

③ ショウジョウトンボ、及びシオカラトンボの発生数の比較

 トンボ類に着目して生物調査結果を解析してみると、ショウジョウトンボにおいてはフィプロニル区のみ、有意にヤゴ捕獲個体数が少ないことがわかりました(図3左)。またシオカラトンボにおいては全ての農薬処理区でヤゴ捕獲個体数が少なくなりましたが、フィプロニル区でよりその減少が顕著でした(図3右)。それぞれの水田から羽化した後に残される羽化殻を比較すると、ショウジョウトンボの羽化殻はすべての農薬処理区において少ないことが示されました(図4左)。またシオカラトンボの羽化殻数は、クロチアニジン、及びフィプロニル区で有意に少なくなり、特にフィプロニル区では全く羽化が確認されませんでした(図4右)。これらの結果から、今回試験を実施した3種の殺虫剤(クロチアニジン、フィプロニル、及びクロラントラニリプロール)のうち、特にフィプロニルは2種のトンボ(ショウジョウトンボ、及びシオカラトンボ)の発生数を顕著に減少させていることがわかりました。

図3.
各処理水田(2面)におけるヤゴ捕獲総数の農薬処理区間比較。*の印がある処理区が、無農薬区よりも有意に少なかったことを示しています。また、*の印が多いほど、その違いが明確であることを示しています。フィプロニル処理区ではひときわヤゴの発生個体数が少ないことがわかります。
図4. 
各処理水田(2面)における羽化殻総数の農薬処理区間比較。*の印がある処理区が、無農薬区よりも有意に少なかったことを示しています。また、*の印が多いほど、その違いが明確であることを示しています。特に、フィプロニル区ではシオカラトンボが全く羽化していないことが示されています。

4. 今後の課題

   2004年以降、国立環境研究所では、実験用水田を用いたメソコズム試験を通じて、農薬など、化学物質が生態系に及ぼす影響の評価を行ってきました(例えば、参考論文2-4)。これまでの結果から、薬剤によっては環境中で速やかに分解するもの、あるいは逆に環境中に長く留まるものもあり、その特性によって、影響を受ける生物が異なることや、僅かな薬剤成分でも水田中の生物多様性に大きな変化が生じることを示してきました。

   今回の研究では、近年特にその環境影響が議論されている水稲用浸透移行性殺虫剤についてメソコズム水田における生物相への影響を調べましたが、これまでの研究成果と同様に、剤によって水田の生物相に及ぼす影響が異なることが明らかになりました。特に今回調査した薬剤の中では、ネオニコチノイド系殺虫剤であるクロチアニジンよりも、フェニルピラゾール系殺虫剤のフィプロニルの方がトンボ類に対して強い影響を示すことも判明しました。これまでにもフィプロニルがトンボ類に影響を及ぼすことは指摘されてきましたが(例えば、参考論文1, 5)、今回のメソコズム試験の結果は実際の水田により近い環境条件において、トンボに対する顕著な影響を実証したことにより、これまでの結果を大きく前進させるものです。また、今回調査したいずれの農薬も水田中の土壌に吸着して長時間土壌中に留まることが示されました。今後、この土壌中に残った成分が次年度以降にどのような動態を示すのか、またその結果生物群集にどのような影響を及ぼすのかという、長期間の生態影響についても追跡して調べる必要があります。

   メソコズム試験によって複雑な生態系における農薬の生物相に対する影響を検証することが可能となりました。ただし、メソコズムはあくまでも限られた空間に設計された実験生態系になります。そこで観察された生態影響が実際の野外の水田環境で起こっている生物多様性の変化にどのように反映されるのかを知るためには、さらなる詳細な実験と調査が必要とされます。特に、近年減少が懸念されているアキアカネは今回のメソコズム試験では調査対象とすることができなかったため、本研究で示されたトンボ類への影響がアキアカネでも同様に生じるかについては今後の研究課題となります。

   農作物の栽培において殺虫剤は害虫の発生をコントロールするために必要な資材であり、今後可能な限り、生態系や生物多様性に対する影響に配慮しながら活用していくことが望まれます。そのような生態系への影響に配慮した農薬の活用を実現するためには、今回の研究で示されたような科学的知見の集積が必要となります。今後、生物多様性に対する負荷を軽減できる農薬やその施用方法を選択する手法を開発するために、本研究で行なったメソコズム試験のさらなる活用が期待されます。

   なお、本研究は環境省 環境研究総合推進費2013年度開始課題4-1303「農薬による水田生物多様性の総合的評価手法の開発」(課題代表者:林 岳彦 国立環境研究所 主任研究員)により実施されました。

5.問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 E-mail: kouhou0 (末尾に@nies.go.jpをつけてください)

6.発表論文

A. Kasai, T. I. Hayashi, H. Ohnishi, K. Suzuki, D. Hayasaka and K. Goka. (2016) Fipronil application on rice paddy fields reduces densities of common skimmer and scarlet skimmer. Scientific Reports. DOI: 10.1038/srep23055 www.nature.com/articles/srep23055 (Open accessですので、無料で入手できます)

※下線で示す著者が国立環境研究所のメンバーです。

7.参考論文

1.上田哲行,神宮字寛 (2013) アキアカネに何が起こったのか:育苗箱施用浸透性殺虫剤のインパクト.TOMBO, Fukui, 55: 1–12.
2.Sánchez-Bayo, F. and Goka, K. (2006) Ecological effects of the insecticide imidacloprid and a pollutant from antidandruff shampoo in experimental rice fields. Environmental Toxicology and Chemistry 25: 1677–1687.
3.Hayasaka D., Korenaga T., Suzuki K., Saito F., Sánchez-Bayo, F. and Goka, K. (2012) Cumulative ecological impacts of two successive annual treatments of imidacloprid and fipronil on aquatic communities of paddy mesocosms. Ecotoxicology and Environmental Safety, 80:355-362.
4.早坂大亮,鈴木一隆,是永知子,諸岡(斎藤)歩希,野村拓志,深澤圭太,Francisco Sánchez-Bayo,五箇公一 (2013) イミダクロプリドおよびフィプロニルを有効成分とする育苗箱施用殺虫剤の連続施用がトンボ類幼虫の群集に及ぼす生態影響.日本農薬学会誌 38: 101–107.
5.神宮字寛,上田哲行,五箇公一,日鷹一雅,松良俊明 (2009) フィプロニルとイミダクロプリドを成分とする育苗箱施用殺虫剤がアキアカネの幼虫と羽化に及ぼす影響.農業農村工学会論文集 259: 35–41.

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