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2008年11月15日

研究最前線第3回「オゾン層回復が気候に与える影響」

 今年も8月中旬以降、南極上空でオゾン層の大規模破壊(オゾンホール)が起こっています。10月上旬に今年のオゾン量の最低値を記録しましたが(112ドブソンユニット)、例年どおりであれば、11月にはオゾンホールは徐々に縮小し、下旬から12月には消滅します。今回は最新の研究に基づき、オゾン層の変動が気温などの気候に与える影響について説明します。

オゾン層と気候の関係

 オゾン層は高度10~50kmの成層圏にあり、太陽からの紫外線を吸収します。成層圏で吸収された太陽紫外線のエネルギーは成層圏大気を温め、地球規模での循環を起こします。高度10km以下の対流圏にもオゾンが存在しますが、その量は大気全体のオゾン量の約10%に過ぎず、ほとんどは成層圏に存在しています。

 オゾン破壊によって地表に到達する紫外線が増加することはよく知られていますが、その紫外線のエネルギー増加が気温に与える影響は小さく、地球温暖化につながるとは考えられていません(詳しくは国立環境研究所WEB・ココが知りたい温暖化「オゾン層破壊が温暖化の原因?」参照)。また、CO2などの温室効果気体の増加により地表付近の気温は上昇しますが、成層圏では逆に寒冷化することが知られています。そして、その成層圏の寒冷化と、フロン・ハロン濃度の増減によるオゾン濃度の変化によって大気の流れと大気中の波の伝搬の仕方が変わり、地表の気候が変化する可能性があります。

 オゾンホールのような大規模なオゾン層破壊が、まず成層圏大気の気温と流れとに影響を与え、その影響が地表面近くまで到達し、南極の気候に影響を与えている可能性があるという論文が2002年と2003年に米国のサイエンス誌に発表されました。それによると1969~2000年の32年間、南極の地表付近では半島部を除き、温暖化ではなく寒冷化したというのです。この結果は、南極の環境を考える際、地球大気を構成する微量成分、大気の流れ、熱収支の間の結びつきを考えなければならないことを示唆しています。

オゾン層と気候の関係を調べる化学気候モデル

 地球大気の流れ、熱収支、微量成分濃度間の複雑な結びつきを表現するものとして化学気候モデルというものがあります。化学気候モデルは、オゾンなどの大気中の微量成分の濃度分布と、気象・気候要素(気温、風速、降水量等)の分布とを同時に計算する数値モデルです。従来の気候モデルは気候変動を計算するためにあらかじめオゾン濃度を与えていたのに対し、化学気候モデルでは、オゾン濃度分布をモデルの中の気温や風速、太陽高度などを使って計算します。そして計算されたオゾン濃度分布は、今度は気温や風速を計算するために使われます。

 また、オゾンの化学反応に関係するさまざまな大気微量成分(フロン、ハロン、HOx[水酸化物]、NOx[窒素酸化物]等)の分布もモデルの中で計算します。このようにして、フロンガスの増減によるオゾン濃度の増減と、それによる大気全体の変化や気候の変化を調べることができます。

 国立環境研究所では東京大学気候システム研究センターとともに10年以上前からこのモデルの開発に取り組んできました。そして、このモデルを使ってオゾン層の将来予測を、世界の他の10機関の化学気候モデルとともに行い、UNEP/WMOオゾンアセスメントレポート2006に報告しました。

オゾン層回復の影響のシミュレーション

 UNEP/WMOオゾンアセスメントレポート2006では、国立環境研究所を含む世界の11の機関が2050年あるいは2100年までのオゾン層の将来予測結果を公表しました。それによると、多くのモデルが2050年辺りか、それ以降のオゾンホールの消滅を予測しています。1980年代から2000年にかけてオゾンホールが発達し、それが成層圏大気に影響を与え、さらには南極の地表の気候にも影響を与えたとすれば、その逆、すなわち今後オゾンホールが消滅に向かう場合も何らかの気候への影響があるはずです。

 その影響を化学気候モデルを使ったオゾン層将来予測実験の結果を使って調べ、従来の気候モデルでの結果と比較した論文が今年、サイエンス誌に発表されました。それによると、将来のフロン・ハロンガス規制によるオゾン量の増加を与えずに、または簡略化したシナリオデータとして与えて計算を行ったIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の将来気候予測モデルの結果と、現実に近い成層圏と成層圏大気中での詳細な化学反応を入れた化学気候モデルとの結果との間には大きな違いがあったと報告されています。化学気候モデルの結果では、将来のオゾンホールの消滅による南半球の偏西風の変化の影響が地表にまで明確に達していたのです(図)。

図:オゾンホール消滅による偏西風の風速の将来変化の緯度-高度分布(12月~2月)

化学気候モデルの計算結果が示唆するもの

 化学気候モデルは従来のIPCCモデルに比べ、現実に近い成層圏を持ち、その中での詳細な化学反応を計算しているところに特徴があります。地球大気のコンピュータ実験の条件をよりリアルに与え、化学反応を詳しく取り込んだ計算と考えられます。

 化学気候モデルによる計算では、今後フロン等の排出規制によるオゾン層の回復により、夏期の南極上空の気温が上昇し、偏西風が弱まり、その影響が地表面まで達するという傾向がかなりはっきりと見られました。このことから南極オゾンホールの発達により、これまで南極の温暖化は抑制されていましたが、オゾンホールが回復すると地球上の他の場所と同様に温暖化の傾向を示すようになることが示唆されます。

今後の研究の方向性

 化学気候モデルは、詳細な化学反応を取り込んだ海水面温度を計算せずにデータとして外から与えている、地表面付近の計算があまり詳細ではない等、まだ改善の余地があり、今回の結果だけで確定的なことは言えません。オゾンホールという1年のうちでも数ヵ月という限られた期間のオゾン濃度の激しい減少が、どのように気温や風速に影響を与え、地表に伝わり、地表付近の気温に影響を与え気候を変化させるのか、そのメカニズムを明らかにするには、今後、大気の流れと大気中を伝わる波動の影響を詳しく調べる必要があります。

雑誌「グローバルネット」(地球・人間環境フォーラム発行)216号(2008年11月号)より引用
目次ページの写真は、国立環境研究所スーパーコンピュータシステム「NEC SX-8R/128M16」

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