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2008年10月15日

研究最前線第2回「日本のカエルが危ない?~カエルツボカビ症の現状」

写真:カエルツボカビ菌 Batrachochytrium dendrobatidis

 2006年12月に両生類特有の感染症であるカエルツボカビ症が麻布大学の研究グループによって、ペット用の外来輸入カエルから国内で初めて発見され、社会的にも大きく注目を集める事態となった。カエルツボカビ症はカエルツボカビ菌 Batrachochytrium dendrobatidis(写真)が原因となる両生類の新興感染症で、近年の世界的なカエル個体群の激減をもたらしている要因の一つとされる。

 本菌は真菌の一種で、カエルの皮膚に寄生してケラチンを摂取するが、本菌の増殖によりカエルは皮膚硬化などの症状を示して死に至る。すでにオーストラリアや中米パナマでは、本菌によりカエルの局所個体群が絶滅する被害が生じており、世界的な監視と防除が求められている。カエルツボカビ菌の本来の宿主はアフリカ原産のアフリカツメガエルと推測され、このツメガエルが実験用やペット用に大量に世界移送されたのに伴い、本菌も分布を急速に拡大したと考えられている。

日本におけるカエルツボカビの監視

図:カエルツボカビDNA検査

 国立環境研究所では2007年2月より、本菌の分布状況を把握するため、室内飼育および野外生息のカエルの皮膚から付着物のDNAを抽出して、カエルツボカビDNAの有無をPCR(DNA増幅反応)によって判定するDNA 検査(図)を全国レベルで開始した。

 これまでの検査結果はわれわれの予想をさまざまな形で覆すものとなっている。まず、海外から輸入されている中南米原産のペット用のカエルからは中南米などで猛威を振るっているものと同一のAタイプのDNAをもつカエルツボカビが多数発見された。一方、この菌の運び屋とされるアフリカツメガエルは国内で実験用あるいはペットの餌用として流通しており、これらからは、海外で報告されているAタイプも含めて数種類のタイプのDNAが検出された。次に、北海道から沖縄に至る日本各地から採集された約2,000個体分の皮膚サンプルからは、低率ではあるがカエルツボカビDNAが発見され、さらにDNAの塩基配列情報から、日本のカエルツボカビには海外で報告されているAタイプや、上記の室内飼育個体から発見されたその他のタイプも含めて多数のタイプが存在し、両生類の種によって異なる系統が存在することが示唆された。

 また、DNA検査と並行して、麻布大学では、感染実験により本菌の在来両生類に対する病原性の調査を進めているが、これまでのところ、多くの種類がこの菌に対して感染しにくいことが示唆されている。日本固有の両生類オオサンショウウオからもカエルツボカビが多数検出された上に、それらは他の系統とはDNAが異なる特有の系統であり、さらに菌を保有するオオサンショウウオにも異常が認められていない。

カエルツボカビの起源は?

 これらの状況から、カエルツボカビ菌にも多様性が存在し、一部の系統は日本にもともと生息していたという可能性が示される。この1年間の調査でも、野外でカエルが大量に死んでいた、また野外で回収された死体から本菌が発見されたという報告はない。このことは日本のカエルはカエルツボカビ菌に対する抵抗性をすでに獲得しているというシナリオを暗示している。

 これまでに海外から報告されているカエルツボカビのDNAタイプはAタイプのみで、これまでの調査結果からは日本国内の方がカエルツボカビの遺伝的多様性は高いことになる。さらに、中国では、カエルを食用として大量に増殖・流通している上に、近年では海外産の個体がペットとして大量に輸入・販売されているが、やはり、これまで本菌による被害が大きな問題になっているという情報はない。

 また、筆者は韓国ソウル大学の研究者グループと韓国国内におけるカエルツボカビ分布状況の調査を進めているが、日本同様に韓国でも在来種個体から、問題となっているAタイプも含めて多数のカエルツボカビ系統が検出されている。しかし、この国でも日本同様に野生カエル個体の被害はほとんど報告されていない。アジア全体でカエルツボカビに多様性があり、宿主であるカエルも抵抗性を持っていることが推察される。

 アジアのカエルこそが世界中に本菌をばらまいた媒介生物ではないかという説も浮上してくる。現在、中国から食用・ペット用に養殖されたカエルが欧米に輸出されたり、日本からもオオサンショウウオが展示用に海外に移送されている。今後、カエルツボカビの分布拡大プロセスについては、従来のアフリカツメガエル起源説を見直して、世界中のカエルツボカビ菌の遺伝学的・生態学的特性を調査し、詳細に解析する必要がある。

カエルツボカビ拡散の背景に人間活動

 日本における検査結果だけみてもこれだけ新事実が噴出することから、この菌に関する情報がいかに不足しているかがわかり、この菌が世界のカエルに及ぼす影響については未知数であると考えるべきである。中米やオーストラリアのように著しい被害が生じる地域もあれば、日本のように目立った影響が出ない地域もある。カエルにも、カエルツボカビにも変異があり、生息環境にも多様性が存在する。一元的に本菌のリスクを論じることはできない。

 しかし、カエルツボカビの発見はいくつかの示唆をわれわれに与えてくれる。それは、この菌が急速に世界中に拡散した背景には、明らかに人間活動が深く関与しているであろうということである。いかなる寄生生物にも、長きにわたる進化時間を経て、共生関係に至った自然宿主が存在し、宿主と寄生生物間の共生系が両者の多様性を育んできた。おそらくカエルツボカビにも付き合いの長い自然宿主となる両生類が存在し、その両生類の生息域でのみ生息していたに違いない。しかし、人間がその宿主両生類とともにこの菌をまったく異なる環境に移送したことから、カエルツボカビはそれまで出会ったことのない、免疫のない両生類に対して重大な被害を及ぼすに至ったと考えられる。

 このことは人間自身の脅威となっているAIDSやSARS、鳥インフルエンザなどの病原体にも当てはまる生物現象である。問題なのは病原体自身ではなく、病原体も含めた生態系の共生関係をかく乱している人間活動にある。そして、野生生物個体群の激減という現象はカエルに限ったことではなく、さまざまな生物種で、同時進行で起こっているという事実にも目を向ける必要がある。

雑誌「グローバルネット」(地球・人間環境フォーラム発行)215号(2008年10月号)より引用
目次ページの図は、著者提供「カエルの病原体・カエルツボカビの全国調査」の概要

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