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2016年4月30日

霞ヶ浦魚類モニタリングの紹介 ~継続がデータの価値を高める~

【調査研究日誌】

松崎 慎一郎

 私たちの研究所では、毎月、霞ヶ浦(西浦)の調査を行っています。霞ヶ浦全域に配置された10地点を半日でぐるりと回るので、私たちは「全域調査」と呼んでいます。この全域調査は、1976年にはじまり、なんと今年で40年です。基本的な調査項目はずっと変わっていませんが、途中から測定項目を増やしたり、新しい手法を導入・開発したりしてきました。さらに、2005年から、新たに調査地点1点を増やし、そこで魚類調査を開始しました。今回、私が担当しているこの魚類調査の方法や醍醐味についてレポートしたいと思います。

 魚類は、漁業資源や釣り等のレクリエーションの対象として人間と深い関わりをもっているだけではなく、捕食を通じてプランクトンや底生動物など様々な生物に影響を与えます。そのため、魚類の資源量(魚の量や数)の変化を把握することは、湖沼の生態系管理と漁業の資源管理の両面から重要です。しかし、公共用水域の水質常時観測等と異なり、全国的なモニタリング体制や標準的な調査手法がないことから、魚類の長期モニタリングが行われている湖沼は少ないのが現状です。また資源管理の観点から、ワカサギやウナギなど水産的に重要な種(水産有用魚種)に調査対象が限られる場合も少なくありません。

 さて、広い湖の中にいる魚の数や量の変化をどのように調べればよいでしょうか。直接、魚の絶対量を把握することは容易ではありませんので、量を表すなんらかの指標を使って増減を把握する方法が用いられます。統計資料から得られる漁獲量は、1年で◯トン獲れたかという水揚げ量ですから、魚の量の変化を示す一つの指標です。しかし、漁獲量は、漁を行った日数や時間、漁船の数、網をひいた回数など(努力量といいます)によって、あるいは漁法や漁具の性能によって大きく変動してしまいます。つまり、漁獲量だけからでは、魚の量が減ったのか、努力量が減ったのか分かりません。そこで、同じ場所、同じ時間に、同じ漁法で調査を行い、努力量を一定にすることで、調査年や月日が違っても魚の量(例えば、一日一網あたり◯キロ)を比較することができます。このような調査を、長く継続することで、魚の量の増減をより正確に把握することができます。漁獲量と異なり、モニタリング調査は、水産有用魚種以外の様々な魚種の出現や増減を把握することができます。その中には、希少な絶滅危惧種や外来種も含まれます。

 私たちは、研究所から40分ほどの稲敷市古渡という場所で、地元の熟練した漁師さんの協力を得て、大型の定置網(張網とも呼びます)を用いて魚類調査を実施しています。定置網(写真1)は、岸から沖に壁のように誘導網と呼ばれる網を水中に張っておき、網に沿って泳いできた魚が沖にある袋網(魚が戻れない返しがある網)に誘いこむ漁法です。私たちが使用している定置網は、誘導網(網の目の大きさは1辺11 mm)の長さは約80 m、それに、長さ約6 mの袋網(網の直径は70 cm、網の目の大きさは1辺3 mm)が3方向にそれぞれに3つ接続してあります。この定置網を、毎回、同じ場所、同じ時間に仕掛けます。ちなみに、漁師さんのお話では、汚れた網には魚は入らないそうですので、前日によく洗浄しておくことがポイントのようです。

写真1 大型定置網(左)と定置網のしくみ(右)
岸まで一直線に伸びているのが誘導網。左右に張り出しているのが翼網と呼ばれる網で、それぞれの先端に袋網(魚が入るところ)がついている。水中に潜っていて見えないが、左右の他に手前方向にも翼網がのびており、合計3つの袋網がある。
写真2 乗船している漁船
真ん中が、漁師さん、左が著者。漁師さんと同じカッパを着用しているところに注目。

 調査前日の早朝に、定置網を仕掛けます。この作業は漁師さんにお願いしています。翌朝、漁師さんと一緒に、定置網に入った漁獲物の回収に向かいます。冬場は特に、早朝からの調査はつらいですが、毎回とても楽しみです。一丁前に漁師さんと同じカッパを着て(写真2)、ライフジャケットを着て、カメラを持って乗船です。写真の漁船は小舟と思われるかもしれませんが、これくらいのサイズが湖では一般的です。凪いでいる日の出港は、とても清々しく、表現するのが難しいのですが、湖面を滑り台で滑っているような感覚です。10~15分でモニタリング地点に到着します。到着すると、漁師さんが口癖のように、「どれどれ、今日は何が入ってっかな~」と言いながら、袋網を一つずつ船に上げはじめます(写真3a)。漁師さんも私も、この袋網を上げるときが、一番ドキドキ、ワクワクする瞬間です。網をあげるとたくさんの魚やエビが入っています(写真3b, c)。時にモクズガニも入っています。最近は、外国産や国内の他の地域からの外来魚が漁獲物の多くを占め、がっかりしてしまうこともしばしばです。特定外来生物のチャネルキャットフィッシュ(北米原産、通称アメリカナマズと呼ぶことが多い)(写真3d)は、網から魚を出すとき、注意が必要です。胸びれと背びれに発達した棘があり、網や漁獲物を損傷するばかりか(写真3e)、うっかりすると手を怪我していまいます。私も何度か手に刺さり、ひどく流血したことがあります。

写真3a
写真3b

写真3 調査と漁獲物の様子
(a) 袋網に入った魚を回収する;(b) 網に入ったワカサギやモツゴなどの小魚;(c) 稀に入るモクズガニ;(d) 特定外来生物のチャネルキャットフィッシュ。霞ヶ浦で優占する魚種となっている。;(e) チャネルキャットフィッシュの棘が袋網にひっかかるため、漁師さんがプライヤーで棘を折って外している。1日に何十匹も入る時があるので、この作業だけで一苦労。

 全ての袋網を上げると、帰港します。帰港後、漁獲物を水揚げし、種ごとに仕分け後、個体数の計数、湿重量の測定を行います(写真4a)。水産有用魚以外の在来魚や外来魚まで全ての種について行います。また漁獲物の一部は、標本試料保存、遺伝子分析や化学分析等のため研究所に持ち帰ります(写真4b, c, d)。全て作業が終わると、漁師さんがお茶を用意して下さいます。この時間は、私は記者に変身します。最近の漁況、昔の話、魚の生態・行動の話を伺います。何気ない会話から、研究のアイデアに発展することもあります。このような調査を年6回実施して、データを蓄積しています。

写真4
写真4 帰港後の作業
(a) 種類ごとに分けて、数と重さを測る;(b) 遺伝子分析用に、鰭の一部を採取;(c) 持ち帰る試料は袋に小分けにする;(d) 氷を詰めた大型クーラーボックスに試料を入れ、持ち帰る。

 蓄積された調査結果は、上述した全域調査の結果とともに、研究所のホームページにある「霞ヶ浦データベース」から公表しています。規約を遵守していただく必要はありますが、どなたでも閲覧、データの利用が可能です。また、観測データは、国内外の観測ネットワークへの貢献とデータの利活用推進を目的に、日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)をはじめ様々な国内外のデータベースに登録しています。中でも、世界中から生物の分布情報を収集している地球規模生物多様性情報機構(GBIF)に登録したデータは、796件(2016年3月30日確認)もダウンロードされており、霞ヶ浦のデータが世界中で広く活用されていることがわかります。

 モニタリングは、とても地味で、地道ですが、「点」のデータを積み重ねることで、「線」、つまり、生物や生態系の変化を示す重要な証拠となり、対策・管理や将来予測を行う上で礎となります。大気中のCO2濃度の観測による地球温暖化の検出、福島第一原子力発電所の事故後の農水産物等の放射性物質濃度の検査を思い浮かべると、モニタリングの重要性をより実感していただけるかもしれません。私は、入所して7年目になりました。数々の方が関わり、紆余曲折がありながらも続けてきた霞ヶ浦モニタリングのデータは、まさに私たちの研究所の「レガシー(遺産、財産)」だと改めて思うようになりました。このレガシーを最大限に活用し、新しい環境研究に果敢に挑戦したいと思っています。

(まつざき しんいちろう、生物・生態系環境研究センター 生物多様性保全計画室 主任研究員)

執筆者プロフィール

松崎慎一郎の写真

父は、デパートに勤めていました。デパートは定番から流行のものまであらゆる商品を揃えています。父に似たのか、あれこれ興味をもち、様々な方法で湖沼の研究を続けてきました。これぞ!という専門がないと言われればそれまでですが、デパートのような役割を果たす研究者がいてもいいのではと前向きにとらえています。

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