ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

TDR(開発権譲渡)制度

経常研究の紹介

日引 聡

1.はじめに

 自然や歴史的建造物を保全したり、都市環境を維持するための政策手段として、土地利用の形態を制限する土地利用規制がある。これらの規制が導入される上での問題点は、土地利用が規制される地域の地価は、開発が許可されないことによる不利益を反映して低下するので、その土地の地主は所得分配の不利益を被ることである。このとき、分配の不利益を是正する手段として、1970年代からアメリカで注目されている制度にTDR(開発権譲渡)制度がある。

 本研究では、この制度の仕組みとその問題点を明らかにするとともに、政策の効果を他の政策手段(課徴金制度、補助金制度など)と比較分析している。以下では、TDRの仕組みを簡単に説明し、問題点について述べることにする。

2.TDR制度の仕組みと問題点

 いま、ある地域(たとえば、北海道)の、ある自然環境(たとえば、知床)を保全する場合を考える。このとき、政府は、まず、保全区域(知床)と開発区域(知床以外の地域)を指定する。それぞれの地域の地主に対して、土地1単位当たり1単位のTDRを与えることにし、開発業者に対して、土地1単位当たりの開発のためにある一定(たとえば2単位)のTDRの所有を義務付けることにする。すると、開発区域の地主だけでなく、保全地域の地主も自分の保有するTDRを、開発区域の開発業者に売却することによって利益を得ることができる。このように制度を設計すると、TDRの市場取引を通じて、開発区域の開発利益が保全地域の地主にも分配され、保全地域の地主の損失を補償することができる。

 土地利用規制と比較して、TDR制度は、土地利用を規制する場合に損失補償制度などに基づく行政による介入を必要とせず、市場取引を通じて自動的に不公平を是正することができる点で優れている。

 ただし、いくつかの問題点もある。

 第一に、TDR制度の設計いかんでは不公平を是正できないことである。ここでは、当初、TDRを保全地域と開発地域の両方に与えるように制度を設計したので、分配の不平等を是正することができた。しかし、アメリカで導入されているTDR制度の中に見られるように、当初、TDRを保全地域だけに与え、開発地域の開発業者は開発するときに保全地域のTDR所有者からTDRを購入するように制度を設計すると、開発利益のすべてが保全地域の地主に移転してしまう。このため、今度は逆に、開発地域の地主が所得分配の不平等を被るようになる。

 第二に、土地の生産性が異なる場合には、分配の不公平の是正が不十分になることである。すなわち、土地の生産性が高い土地の地主には、TDRの収入によっても不十分にしか分配は是正されず、また、生産性の低い土地の地主には、過剰に分配されてしまう。

3.むすび

 ここであげた例は、自然環境保全のために開発の抑制を目的として設計した場合のTDR制度であった。このほかに、この制度は、都市環境の保全のためにビルの容積を一定の水準に抑制したり、歴史的な建造物や遺跡などを保全したり、また、汚染物質(炭酸ガスや硫黄酸化物など)の排出量を一定の水準に抑制する手段として適用するなど、広範囲の問題に適用することができる。このため、近年では、規制的手段や課徴金制度などに代わる手段として、徐々に注目されつつある。今後、この制度の緩和や引き締めによって、開発者の行動がどのような影響を受け、それによって、周辺の地価がどのような影響を受けるかについて分析を進めていく予定である。

(ひびき あきら、社会環境システム部環境経済研究室)