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2015年3月31日

化学物質:リスク評価からリスク管理へ

研究をめぐって

 リスクとは何でしょうか? 様々な考え方がありますが、「好ましくないことが起こること、その確率、程度」とするのが一般的でしょう。したがって私たちは、健康リスク評価とは、「化学物質など環境因子の曝露により、人の健康にとって、起こってほしくないこと、好ましくないこと(事象)が起こることとその確率、程度(重大さ)を知ること」であると捉えて研究を進めています。

 現実に起こる可能性のある好ましくないことの程度を知るのがリスク評価です。環境中に存在する化学物質の健康へのリスクを評価する際には、化学物質の有害性の程度から耐容できると推定される環境中の濃度を指標として設定します。この指標の濃度より低い値を維持することを目指して、様々なリスク管理の方策が立案されます。

世界では

 科学技術の発達に伴い、世界中で流通する化学物質の数が増大し、1970年代には人々の間では有害物質の健康影響に対する関心が高まりつつありました。世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)は、1972年より人に対する発がんのリスク評価書「IARCモノグラフ」を108巻発行(2014年現在)し、化学物質や職業・環境などの要因について、人で発がん性を示すことの確からしさを基準として5段階に分類しています。また、WHOは大気や飲料水に関するガイドラインを公表し、環境汚染の現状と有害物質管理の指針となる値を示しています。

 一方、1983年には、米国の国立研究評議会(National Research Council)が科学と政策の間をつなぐためのリスク評価の手順書を発表し、リスク評価の4つのプロセス—有害性の同定、用量反応評価、曝露評価、リスクの判定—を勧告したことにより、リスク評価の概念が広く知られるところとなりました。その後1986年に、米国環境保護庁(EPA)は発がん物質のリスク評価のガイドラインを公表し、何回かの改訂を経て2005年に公表された改訂版のガイドラインは、米国だけでなく世界中のリスク評価に関わる人たちの参考書となっています。

 現在では、米国だけでなく、欧州連合(EU)、カナダ、オーストラリアなど先進国をはじめとする多くの国々や機関で、リスク評価書が作成されています。

 ところで、リスク評価に必須の化学物質の有害性データは、人を対象とした疫学研究ばかりでなく、動物実験からも得られます。化学物質のリスク評価のために有害性のデータを得るときは、実験の信頼性を確保するために、共通の指針に基づいて実験を行うことが理想です。その中で最も標準となるのが、経済協力開発機構(OECD)が策定しているテストガイドラインです。このガイドラインには、健康影響を評価するためのマウスやラットを用いた毒性試験法のほか、遺伝子導入動物を用いた変異原性試験法、魚やミジンコを用いた生態毒性試験法なども収載されています。

日本では

 リスクの初期評価とは、リスク評価を迅速に行い、リスクが比較的高いと考えられる化学物質を選び出すプロセスです。環境省では初期評価として、「化学物質の環境リスク評価」を実施しており、リスク評価を環境施策に役立てようとしています。国立環境研究所の環境リスク研究センターがその事務局を担っています。また、製品評価技術基盤機構が実施した初期評価の結果を「化学物質の初期リスク評価書」として公表しています。

 現実の対策に反映することを意図して化学物質の有害性評価を丁寧に行うプロセスは、詳細評価と呼ばれています。大気環境基準、大気環境指針値などの環境目標値の設定の際には、有害性評価に重点を置いた詳細評価が行われます。また、化学物質審査規制法の下のリスク評価では化学物質の有害性と曝露量が詳細に評価されます。産業技術総合研究所での詳細評価をまとめた「詳細リスク評価書」では、環境中濃度の推定など曝露評価が丁寧に行われています。

 有害大気汚染物質の健康リスク評価・指針値設定の基本的な方針は、2003年と2006年に中央環境審議会の答申として、「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について」および「指針値算出の具体的手順」に示されました。これが指針値設定のガイドラインとして用いられていましたが、動物から人への外挿や不確実係数の設定などに関する具体的な算出手順は明確に規定されておらず、また今後は疫学知見のない物質を評価する必要も予想されたため、動物実験に基づく評価手法を中心に、より詳細なガイドラインとなるべき考え方を取りまとめることになりました。このため、環境リスク研究センターでは、2008年度から環境省のガイドライン策定に向けた検討を行ってきました。評価手法の検討、ガイドライン改定案の作成などの検討はおよそ6年間にわたりましたが、その成果を踏まえ、2014年4月、ガイドラインは「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について」および別紙「指針値設定のための評価値算出の具体的手順」として全面的に改定されました*。大気中の有害な化学物質の濃度を知ることは、私たちの環境が健全であることを知る重要な尺度です。優先取組物質については、大気汚染防止法に基づいて、地方公共団体などにより、全国の300から400ヵ所の地点で大気中の化学物質濃度が測定されています。全国を網羅した大気環境モニタリングはわが国独特の仕組みです。

国立環境研究所では

 1974年に国立公害研究所(現・国立環境研究所)が設立された時期には、大気汚染や重金属による健康被害への対応が社会の大きな問題になっていました。研究所の健康影響研究の大きな柱のひとつが、窒素酸化物やオゾンなどを低濃度で長期間マウスやラットなどの実験動物に曝露し、その影響の程度とメカニズムを明らかにすることでした。その後、1990年代には、ディーゼル排気を実験動物に曝露して影響を解明する研究が大きく進みました。さらに、2001年に、PM2.5の環境への排出、動態、健康影響を総合的に解明するプロジェクト研究を開始しました。

 一方、環境中の化学物質の健康影響の研究は、研究所の設立当初から実施していましたが、リスク研究の一環として本格的に取り組むため、2001年に現在の環境リスク研究センターの前身である化学物質環境リスク研究センターを設立しました。同時に、環境ホルモン・ダイオキシン研究プロジェクトを開始し、国立環境研究所として大きな規模で環境化学物質の影響とリスクを明らかにする研究を進めることになりました。

 さらに、2006年から重点研究プログラムの中でディーゼル排気に含まれるナノ粒子の健康影響に関する研究プロジェクトを開始し、実験動物への曝露装置を用いた健康影響の研究などに大きな成果を上げています。現在は、ナノマテリアルや自動車排気などから排出される化学物質から光化学反応により生成される二次生成粒子など、粒子状物質の影響に着目した研究が「環境リスク研究プログラム」で進んでいます。二次生成粒子に含まれる化学物質は生体成分と反応性が高く、大気成分の影響として大きな課題です。

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