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2013年10月31日

大気汚染物質を細胞に直接曝露する気液界面細胞曝露装置

特集 大気汚染の現状と健康影響評価
【研究ノート】

古山 昭子

はじめに

 今年の春は“PM2.5”、“黄砂”、“スギ花粉”と大気中の粒子状物質が次々話題に上りました。健康な成人は1分間に15~20回呼吸しています。1回の呼吸量を約0.5リットルとすると1日に約1万から1万5千リットルの空気を吸い込むことになりますから、私たちが生活している環境の空気に含まれる大気汚染物質が健康に及ぼす影響について明らかにすることは重要な課題ですが、多種多様な空気中のガス状・粒子状の物質についての評価をするにはたくさん実験動物を用いなければいけません。一方で近年、世界的に動物愛護の精神から実験動物を使った研究を最小限にしようという方向にあります。そこで動物実験代替法として登場するのが培養細胞を用いた影響評価です。生体は神経・呼吸・循環・免疫・代謝などが相互に連携しあっている上に、感情などの影響も受ける複雑系です。いろいろな培養細胞で得られた知識をまとめれば健康影響や生命現象が解明できるかというと、まだまだほど遠いのが現状ですから、実験動物やヒトでなければ判らないこともたくさんあります。一方で、細胞レベルに単純化することで、細胞機能への影響が検出し易くなることもありますし、多くの試料を評価することが可能になります。ここでは気液界面曝露法を用いた、ディーゼル排気粒子の細胞への直接曝露による毒性評価について紹介したいと思います。

気液界面曝露法

 生物の体を構成している基本となる単位は細胞です。様々な機能を持った細胞が集まって構造を持った器官を構築することで、それぞれの器官が独自の機能をバランス良く発揮して体の恒常性が維持されています。従来の溶液曝露法は、試験薬物の投与経路や体内動態を加味してターゲットとなる器官を想定し、その器官から細胞を取り出して培養液で満たしたシャーレ上に播種して培養します。その培養液に試験薬物を溶かして細胞に曝露して影響を測定します(図1)。溶液曝露法の利点は、曝露濃度や曝露時間の制御が容易であることです。しかしながら、空気中の物質を細胞に曝露する手法としては不都合があります。これまで大気中の粒子状の物質を溶液曝露法で細胞に曝露するためには、粒子を捕集フィルターに捕集してそこから粒子や付着している成分などを抽出して溶液に懸濁する作業が必要でした。この作業中に反応性の高い化学物質は化学反応が進行し、物質自体が変化するあるいは含有量が変わる可能性があり、また凝集しやすいナノ粒子などの場合には分散状態の制御が難しいところが悩みの種でした。もちろんガス状や揮発性の物質の曝露も困難です。そこで空気中のガスや粒子状の物質の物性を保ったまま直接曝露するために開発されたのが気液界面曝露法です。大気汚染物質の最初のターゲットになる肺上皮細胞や角膜細胞を底面が多孔性プラスチック膜のカルチャーインサートで培養し、その細胞の上に空気と一緒に直接曝露物質を吹き付けます。細胞表面の培養液をできるだけ少なくして本来の肺に近い状態で細胞にガスや粒子を曝露するとともに、培養液が孔を介して細胞に供給されて細胞表面の乾燥を防ぐことができます。気液界面曝露法の欠点は、粒子が細胞の上に落ちる割合が低いことや気液界面での細胞の乾燥を防ぐため曝露流量を低く抑える(0.008L/min)必要があり短時間しか(2時間)曝露できないことです。粒子の形や大きさと流量などにより粒子が細胞の上に落ちる割合が異なるために、気液界面曝露における細胞への曝露用量はコンピュータを用いたシミュレーションなどで求める必要があります(リスク村Meiのひろば:http://www.nies.go.jp/risk/mei/mei002_12.html)。

図1
図1 溶液曝露と気液界面曝露

ディーゼル排気曝露の影響評価

 私たちはナノ粒子を多く含むディーゼル排気粒子曝露の影響評価にこの気液界面曝露法を用いました。有機化合物と元素状炭素などから成るディーゼル排気粒子はPM2.5の構成成分の一つです。ディーゼル排気自体はディーゼル排気粒子以外にもガス成分と半揮発性有機化合物を含んでいますが、これまでディーゼル排気の粒子とガス成分の曝露影響の比較は行われていませんでした。そこで、ディーゼル排気の粒子とガス成分を細胞に直接曝露して影響を評価するために、気液界面細胞曝露装置(図2A)を用いて清浄空気、長期規制(平成11年規制)適合車のディーゼルエンジンをアイドリング運転した排気(全排気)、HEPAフィルターを経由して粒子を除去したガス成分のみ(ガス)、ガス成分と清浄空気を置換するガス交換器を経由して除ガスした粒子のみ(粒子)をそれぞれラット肺胞上皮細胞に曝露しました。

 細胞毒性の指標としては、細胞生存率(図2B)と酸化ストレス応答遺伝子(ヘムオキシゲナーゼ:HO-1)の発現(図2C)を測定して影響を評価しました。酸化ストレスは炎症、アレルギー、糖尿病、動脈硬化、脳梗塞、老化など多くの疾患の原因の一つと考えられ、生体内で酸化と抗酸化のバランスが酸化に傾いている状態です。平均粒径約20nmの粒子を含む排気を細胞培養面積あたり推定沈着量約4×108個/cm2の粒子濃度で曝露した場合、細胞生存率には顕著な変化が認められませんが、定量的にわずかな遺伝子発現変化を測定するリアルタイムRTPCR法でHO-1遺伝子発現をみるとガス、粒子曝露でそれぞれ増加傾向が、全排気曝露で有意に増加することが確認されました。ガス成分と粒子曝露では同程度の酸化ストレスが誘導され、全排気を曝露した場合にはガス成分と粒子の影響が相加的に作用することがわかりました。

図2
図2 細胞曝露実験系と影響比較

おわりに

気液界面細胞曝露装置を用いたガス状・粒子状の物質の細胞への直接曝露は大気汚染物質や室内環境汚染物質の毒性スクリーニングに有用であると考えられますが、粒子の曝露手法には凝集しやすい粒子を分散する手法や粒子が細胞の上に落ちる割合を上げる手法などまだまだ課題が多く、粒子の発生や測定・分析などの分野の研究者との協力が不可欠です。私たちのグループではPM2.5を構成するディーゼルエンジン排気や人為・自然起源の二次生成有機エアロゾルなどを気液界面曝露法により細胞に曝露するだけでなく、実験動物に吸入曝露して毒性影響評価と毒性発現機構の解明をおこなうことにより、健康リスクの低減に貢献したいと考えています。

(ふるやま あきこ、環境リスク研究センター健康リスク研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

クラシック鑑賞と演奏が趣味でしたが、最近感銘を受けたのは、井上ひさしさん作詞の「いきいき生きる」釜石小学校校歌です。小学生だけでなく大人も「ともだちの手」と「まことの知恵」をつかんで、環境問題やいろいろな課題を解決していけるといいですね。

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