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農薬による水田生物多様性影響の総合的評価手法の開発(平成 27年度)
Development of an integrated assessment for investigating pesticide effects on biodiversity in paddy fields

予算区分
BA 環境-推進費(委託費) 4-1313
研究課題コード
1315BA001
開始/終了年度
2013~2015年
キーワード(日本語)
生物多様性,生態リスク,農薬,水田
キーワード(英語)
biodiversity, ecological risk, pesticide, paddy field

研究概要

日本には2.6万km2を超える水田が存在し、湿地の代替生息地として生物多様性を維持する重要な役割を果たしている。日本人自身も水田を中心とする里山生態系の中で、その生物多様性が生み出す生産物やサービスを利用して持続型社会を構築してきた。その一方で、農業の集約化により水田生態系は大きく改変されてきた。近年では、化学合成農薬の使用による生物多様性の劣化が議論されており、中でも、水稲の箱苗に全国的に広く使用される浸透移行性の高い水田用殺虫剤については、その残効性と高い殺虫活性により水田生態系に対して深刻な影響を与えることが懸念されている。しかし、その影響に関連する生態学的データの蓄積は緒に就いたばかりである。CBD-COP10で決議された愛知ターゲットおよび新生物多様性国家戦略においても化学物質の汚染から生物多様性を守る必要性が示され、我が国でも農薬による生物多様性影響の実態解明および対策を急ぐ必要がある。

これまで農薬の生態影響評価は、OECDの試験ガイドラインに基づき、標準試験生物の個体レベルでの毒性(致死性等)をビーカー内で評価する手法が採られてきた。この評価法は、農薬の生態リスクの簡易評価法としての有効性はあるものの、種ごとの薬剤感受性の変異や複雑な生態系システムを介した生物多様性に対する影響の評価法としては明白な限界がある。また、農薬も薬剤ごとに物理化学性状が異なるため水田環境中での分解・挙動・残留の動態は一様ではなく、同じ薬剤使用量であっても微小生息地(水中・土表面・土中等)の違いにより各生物種への実質的な曝露量は大幅に異なりうる。そのため、農薬による生物多様性への影響を評価する際には、本来、地域ごとの生態系を構成する種の感受性変異や群集内での種間関係を介した影響を考慮するとともに、薬剤の水田環境中での動態に依存した各生物種への実質的な曝露量の時空間的な変異も考慮する必要がある。

本研究課題は、生物多様性の地域変異および農薬の物理化学性状の違いに起因する各生物種への実質的な曝露量の変異を考慮した、農薬の地域レベルでの生物多様性影響を予測・評価するシステムを構築し、リスク低減のための施策の方向性を提言することを全体目的とする。農薬の生態リスク管理を高度化し生物多様性保全に繋げるために、従来の毒性学的視点のみに留まらず個体群/群集生態学的視点に基づく評価手法の確立を行う。本研究課題では、全国的に広く使用され、特にその水田生態系への影響が懸念されている浸透移行型水田用殺虫剤を対象として、以下の4つのサブテーマ研究を基に評価システムを開発する。

1.水田メソコズム試験による農薬の生態系影響評価
水田メソコズムを用いて、殺虫剤が各種生物の個体群および群集動態に及ぼす影響を評価し、薬剤の環境中(微小生息地内外での)動態データと統合し影響プロセスを解明する。特に大きな影響を受けた種について感受性調査(毒性試験)を行い、種間での薬剤感受性の変異幅を明らかにする。

2.農薬の環境中移行動態の予測モデルの構築と検証
農薬の物理化学的特性(水への可溶性/土壌吸着性等)と土壌・水質等環境パラメータに基づく、水田中における農薬の分解・挙動・残留および各微小生息地内での曝露濃度の動態を予測するモデルを構築し、メソコズム試験およびフィールド調査データにより検証する。

3.フィールド調査による地域レベルの水田生物多様性影響評価
国内の数地域において農薬無使用および農薬使用履歴の異なる水田群を対象に生物群集構造のフィールド調査を行う。また、過去から現在に至る各水田の農薬使用実態および環境中動態の調査を行い、農薬による生物多様性影響の地域別パターンを解析する。

4.水田生物多様性の影響評価システムの開発
水田生物種の薬剤感受性・地理的分布・生態的形質データのデータベースを構築する。さらにサブテーマ1から3で得られた薬剤感受性の変異幅、群集応答メカニズム、薬剤の環境中移行動態等の性質の異なるデータを統合し、水田生物多様性影響の総合的評価手法としての「農薬影響の指標種リストに基づくスコアリング法」を開発する。地域レベルでの曝露量推定を行い、開発したデータベース・評価手法に基づき地域別の水田生物多様性影響評価システムを構築し、リスク評価を行う。

以上の各サブテーマの成果に基づき、生物多様性のリスクを低減させる農薬やその使用法の転換等施策の方向性について提言する。

研究の性格

  • 主たるもの:応用科学研究
  • 従たるもの:技術開発・評価

全体計画

本研究課題の最終目標は以下の2つである:
(1)生態毒性学・個体群生態学・群集生態学・農薬科学(環境中移行動態)の知見を統合した農薬による水田生物多様性影響の評価手法を開発する
(2)開発した評価法を用いて、浸透移行型水田用殺虫剤の現状における生物多様性へのリスクを評価し、生物多様性を考慮した農業活動・農薬使用のあり方を提言するとともに対策ツールを提案する

各サブテーマの目標およびサブテーマ間の関係は以下の通りである。サブテーマ1は、メソコズム試験に基づき、農薬による生物群集構造および薬剤の曝露動態の時空間的変動を実験的に明らかにすることを主な目標とする。サブテーマ2は、薬剤の水田環境中移行動態モデルを開発し、サブテーマ1からの結果を用いて予測モデルを繰り返し検証し、実用化・高度化することを主な目標とする。また、サブテーマ1と2の共同目標として、農薬の施用がどのような曝露と影響のプロセスを経て生物多様性に影響を与えるかについての基本的なメカニズムを明らかにする。サブテーマ3は、フィールド調査に基づき、日本国内の実際の水田環境での農薬使用状況および生物多様性の実態のパターンを地域レベルで把握することを主な目標とする。サブテーマ4は、サブテーマ1から3で得られたデータを基に、水田生物多様性影響を総合的に評価するための手法を開発することを主な目標とする。また、開発した影響評価手法に基づき、浸透移行型水田用殺虫剤のリスク評価を実施する。また、中核研究機関である国立環境研究所が本研究課題全体のアウトプットを取りまとめ、農薬の生物多様性リスクの具体的な管理施策を提言する。

サブテーマ1:水田メソコズム試験による農薬の生態系影響評価(五箇公一・国立環境研究所)

H25年度:10平方メートル程度の人工水田を無処理区および農薬処理区ともに2反復設計し、水田中に発生する生物種の動態・各農薬の水中濃度・土壌中濃度についてモニタリングを行う。対象薬剤として、国的に広く使用されている浸透移行型水田用殺虫剤 (イミダクロプリド、クロチアニジンおよびクロラントラニリプロール) を用いる。得られたデータに基づき、試験区ごとに種多様度を評価し、試験区間で比較するとともに、主要反応曲線 (PRC) 等の多変量解析手法を用いて、試験区ごとの群集構造の経時変化パターンの解析を行う。
 H26年度:各水田にH25度と同一の農薬を施用し、生物群集・薬剤濃度のモニタリングおよび毒性試験を行う。薬剤の残留性・蓄積性が群集動態や回復性に及ぼす影響に着目してH25年度の群集動態と今年度の群集動態の比較を行う。
 H27年度:引き続き実験用水田における生物群集・薬剤濃度モニタリングおよび毒性試験を行う。3年間の結果を解析し、群集構造の変化に特に寄与した指標生物の抽出を行う。農薬の長期利用による群集への影響メカニズムを薬剤特性の違いの観点から解析する。

サブテーマ2:農薬の環境中移行動態の予測モデルの構築と検証(渡邊裕純・東京農工大)
H25年度:水稲用除草剤に適応される動態予測モデルをベースとし、箱苗施用殺虫剤とその代謝産物の水田環境中動態プロセスを数理モデル化し構築する。土壌吸着、光分解、生化学分解等に関するパラメータ設定のための室内試験を行う。
 H26年度:薬剤の残留性・蓄積性を予測するモデルを開発し、前年度に開発したモデルと統合し水田の農薬移行動態の通年シミュレーションモデルを構築する。パラメータ設定のための室内試験を行う。得られた実測データと文献値に基づき、プログラム実装およびパラメータ調整作業(モデルキャリブレーション)を行う。
 H27年度:サブテーマ1・3の調査から得られた実測濃度データを用いて通年シミュレーションモデルの検証および改良を行う。農薬の施用シナリオごとの水田中薬剤濃度動態について環境中動態モデルによる予測を行う。

サブテーマ3:フィールド調査による地域レベルの水田生物多様性影響評価(日鷹一雅・愛媛大学)
H25年度:農薬使用状況および水田生物多様性の地域レベルの実態把握のための広範囲のフィールド調査を行う。詳細評価を行う拠点調査フィールドを純農村地帯に設定し、生物群集組成および薬剤濃度を調査する。 拠点フィールドでは水稲栽培シーズン中毎月(計6-8回)の調査、地域フィールドでは3−4回を予定している。
 H26年度:初年度に設定した拠点調査フィールドにおける群集動態および薬剤濃度の調査を継続する。全国の地域フィールドの調査を本格的に行い、拠点フィールドと同様の生物群集組成および薬剤濃度の調査を行う。
 H27年度:野外水田の調査を継続して行う。3年間の群集動態を解析し地域別に最も農薬の影響を受けている種の選定を行う。調査を行ってきた各フィールドにおいて長期モニタリングを可能とする拠点形成の初期基盤をつくる。

サブテーマ4:水田生物多様性の影響評価システムの開発(林岳彦・国立環境研)
H25年度:水田生物種の感受性・地理的分布・生態的形質データを収集しデータベース化する。 指標種候補をリストアップし、影響評価へ繋げるためのスコアリング法のパイロット版の作成を行う。
H26年度:サブテーマ1・3の結果を用いて指標種リストおよび影響評価のためのスコアリング法のパイロット版の検証を行う。他サブテーマから得られた新たなデータを取り入れ、スコアリング法の改良を行う。
H27年度:地域ごとの指標種リストと影響評価のためのスコアリング法を改良し完成させる。調査した水田用殺虫剤について地域ごとのリスク評価をまとめる。施用シナリオごとのリスク予測を行い、リスク削減のための施策等の方向性を提言する。

今年度の研究概要

(1) 各水田に昨年度と同一の農薬を施用し、生物群集・薬剤濃度のモニタリングおよび毒性試験を行う。薬剤の残留性・蓄積性が群集動態や回復性に及ぼす影響に着目してH25, 26年度の群集動態と今年度の群集動態の比較を行う。

(2) 薬剤の残留性・蓄積性を予測するモデルを開発し、前年度に開発したモデルと統合し水田の農薬移行動態の通年シミュレーションモデルを構築する。パラメータ設定のための室内試験を行う。なお、本業務は国立大学法人東京農工大学との共同研究として行う。

(3) 初年度に設定した拠点調査フィールドにおける群集動態および薬剤濃度の調査を継続する。同時に全国の地域フィールドの調査を本格的に展開し、拠点フィールドと同様の生物群集組成および薬剤濃度の調査を行う。なお、本業務は国立大学法人愛媛大学と共同研究として行う。

(4) サブテーマ1・3の結果を用いて指標種リストおよび影響評価のためのスコアリング法の検証を行う。他サブテーマから得られた新たなデータを取り入れ、スコアリング法の構築を行う。

外部との連携

共同研究者:渡邊裕純(東京農工大学農学研究科教授)、日鷹一雅(愛媛大学大学院農学研究科准教授) 

関連する研究課題

課題代表者

林 岳彦

  • 社会システム領域
    経済・政策研究室
  • 主幹研究員
  • 理学博士
  • 生物学
portrait

担当者