衛星リモートセンシングによる全球エアロゾル光学特性の推定
研究ノート
日暮 明子
大気中に浮遊する微小粒子であるエアロゾルが,温室効果気体による温暖化に匹敵する規模の冷却効果を持つことが指摘され,その気候影響の重要性が認識されるようになってきている。エアロゾルは,地球のエネルギーバランスに対し,エアロゾル粒子そのものが太陽光を散乱・吸収することにより直接作用するだけでなく,雲粒の核となるために雲の粒径を変化させ,雲の反射率や寿命を変調させることで,間接的にも影響を及ぼしている。エアロゾルの気候影響の評価が,気候研究における1つの大きな課題となっているが,比較的研究の進んでいる直接効果の見積もりでもその不確定性は2倍程度,間接効果に至ってはほとんど分かっていないのが現状である。
こうしたエアロゾルの気候影響評価における大きな不確定性は,全球規模でのエアロゾル特性に関する知見が十分でないことに起因している。エアロゾルは,生成過程が多岐にわたっており,組成・粒径も様々である上,大気中での滞留時間も数日から1週間程度と非常に短い。そのため,エアロゾルの特性は,時間的にも空間的にも非常に変動が大きく,地上観測から全球規模の把握を行うことは容易ではないのである。そこで期待が高まっているのが,衛星データの活用である。地球観測衛星の多くは,地球を周回し,ほぼ1日で全球を網羅するため,継続的な全球規模の観測が可能であり,エアロゾル観測にも有効である。こうした背景のもと,筆者は衛星データを用いた全球エアロゾル特性の把握に取り組んでいる。
図はNOAA衛星に搭載されているAVHRR(改良型高分解能放射計)から得られた 1990年7月のエアロゾルの光学的厚さとオングストローム指数の全球分布である。エアロゾルの光学的厚さはエアロゾル量を,そしてオングストローム指数は,値が大きいほど小粒子が,反対に値が小さいほど大粒子が卓越していることを示す。AVHRRは,1981年から現在に至る約20年間のデータ蓄積があり,その解析は気候研究にとって大変有益であるが,各チャンネルの波長幅が非常に広く,オゾンや水蒸気等の吸収線を含んでしまっているため,エアロゾル情報を取り出すためには,それらの影響を上手く除去しなければならいという難点がある。筆者は厳密な放射伝達計算と効率的な輝度合成法,TOMS(オゾン全量分光計)や客観解析データを用いたオゾン・水蒸気吸収の補正,風速依存性を持った海面反射の導入等を行い,可視・近赤外の2波長データからエアロゾルの光学的厚さとオングストローム指数の推定を可能とした。
量的な分布で最も強いインパクトをもつのは砂塵性エアロゾルで,北アフリカ西岸から大西洋にかけてはサハラ砂漠起源のオングストローム指数の小さい,すなわち粒径の大きい,非常に厚いエアロゾル層が見られ,カリブ海にまで達している。また,アラビア海にも同様の強い砂塵性エアロゾルの影響がみられる。南アフリカ域には,この時期この地域で発生する焼き畑起源と考えられる光学的に厚いエアロゾル層が分布している。
一方,北アメリカ東岸・ヨーロッパ・東アジアなど大都市域においては,光学的にはあまり厚くないが,小さい粒径が卓越していることを示す非常に高いオングストローム指数が見られ,人間活動から生じる硫酸塩・炭素系の人為起源エアロゾルの存在が示されている。この傾向は特に夏季に顕著であり,北アメリカ-ヨーロッパ間の北大西洋には両大陸を結ぶように小粒子が広く分布している。インドネシア域・南アメリカ西岸で見られる高いオングストローム指数は,この季節に発生するバイオマス燃焼によりエアロゾルの生成が活発に行われていることを示している。興味深いのは,これらの地域から太平洋赤道上にベルト状に延びる小粒子の分布で,バイオマス燃焼起源エアロゾルが長距離輸送されていることを示唆するものと考えられる。
一般にエアロゾルは光学的に非常に薄いため,量的分布だけからはとらえにくい現象も多く,特に人為起源エアロゾルについては,光学的厚さに加えオングストローム指数が推定されるようになり,多くの新しい知見が得られるようになった。現在はこのアルゴリズムによるAVHRRの長期解析に取り組んでおり,時間スケールでのエアロゾル(特に人為起源エアロゾル)の影響についても研究を進めている。また,同時にこのアルゴリズムを2波長から4波長に拡張し,エアロゾルの光学的厚さ・オングストローム指数に加え,光吸収性の有無の推定も行い,さらにそれらの結果から主要な4つのエアロゾルタイプ(砂塵性・硫酸性・炭素性・海塩エアロゾル)に大別する試みを行っている。来年11月には宇宙開発事業団によりエアロゾル観測を目的として設計されたチャンネルを含むGLI(Global Imager)センサーの打ち上げが予定されており,今後数年以内にエアロゾル観測用のデータが大量に供給されるであろう。高精度の多波長データから何が引き出せるのか,楽しみである。まずは,膨大なデータ処理のために,計算機はもとより,自分自身の体力強化が必要かもしれない。
執筆者プロフィール
1998年4月1日入所。千葉県出身。つくばに来てから乗馬を始めるも,センスは皆無で,馬にからかわれる域を一向に脱しない。それでも「次こそは!」と楽しみでならない。