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大学における植物の環境研究と国立環境研究所への期待

東京大学大学院教授 近藤 矩朗

 わたしが所属する東京大学の生物科学専攻では8月に大学院の入試が行われたが,それに先立って5月に入試説明会が開かれた。今年は盛況で全国から150名ほどの学生が集まった。その後,植物の環境応答や環境問題に興味ある学生が数人わたしのところに訪ねてきた。わたしが国立公害研究所(現:国立環境研究所)で環境研究を始めた昭和50年頃には,環境に興味をもった学生はあまりいなかったと思うが,その後,筑波大学の環境科学修士課程ができ,さらに多くの大学で環境という二文字をもつ学部,学科が誕生したことも手伝って,学生の環境への関心がかなり高くなってきた。しかし,大学の理学部生物学科(教室)でこの分野の研究を行っているところは依然として少ない。そこで,大学の理学部生物学科における環境研究の現状と,環境研究があまり行われていない理由について考えてみたい。多くの大学を見ているわけではないので,見当はずれのところもあるかもしれないがお許しいただきたい。

 最近は,大学でも工学部や農学部を中心に環境研究が活発に行われている。植物科学の分野でも環境研究が行われるようになったが,その多くは,植物の一部の組織・器官を用いたり,培養細胞を用いたいわばモデル実験であり,環境条件もかなり極端な場合が多い。最近では,遺伝子レベルの研究においてシロイヌナズナなどのモデル植物がよく用いられている。生理学,分子生物学などの生物科学の研究者の多くは生命現象を極限まで細かく観察し,その仕組みを解明することを目指してきた。上記のような研究方法は生命現象のメカニズムの解明のために工夫・開発されたものであり,それがそのまま環境研究に転用されている。環境影響のメカニズムを解明するためにはこれも有効な研究方法の一つであろう。しかし,そのような方法で現実の環境問題を解明できるかどうか疑問もある。また,環境研究には広い視野と知識が要求される。大学の生物科学研究者にとってはなかなか取り組みにくい分野のようである。したがって,研究方法の見直しと人材の養成が必要と思うが,現状では,学生が環境研究をやりたい場合は,国環研のような環境研究に実績のある機関に派遣されることが多いように思う。国環研を始めとする多くの研究機関では研究員の絶対数が不足しているため,研究協力者として学生の受け入れを歓迎していると思う。

 わたしは,大気汚染や地球規模の環境変化が植物に与える影響のメカニズムを研究してきた。たしかに上記のモデル実験も役に立つが,自然環境に近い人為的環境条件で実験を行い,その結果を自然環境で検証するという道筋がやはり必要ではないかと考えている。しかし,このような研究を進めるにはかなり大がかりな設備と人手が必要である。現在,この目的に適う施設や体制を備えている機関は国環研を含めて数えるほどしかない。東京大学では,柏に新キャンパスを作る構想があり,生物科学や環境科学を含んだ新しい研究科設置の計画がある。この計画の中には動物・植物実験用の施設の要求も含まれている。将来,植物の環境研究が可能な施設・体制ができることを期待しているが,実現するとしても,いつどのようなものができるのか今のところ定かでない。いずれにせよ植物の環境研究の実施場所として国環研は貴重な存在である。

 国環研はこれまで我が国の環境研究のリーダーとして,従来の公害問題から近年の地球環境問題や環境保全の問題などあらゆる環境問題について先駆的な研究を行ってきた。また,大学との共同研究や講演・講義などを通して大学の環境研究や環境教育にも大きな貢献をしてきた。最近,生物多様性の研究を取り込んだり,国際共同研究を活発に行っており,国環研の研究はますます多様化してきている。国環研のスタッフの数はもともと不十分なうえに最近はほとんど増えていないので,これらの要求に十分に対処できないのではないだろうか。これまでのように,単に大学に協力したり,学生の参加を期待するのではなく,国環研が先頭に立って,民間企業,地方公共団体,大学などを含めた新たな効率的な研究体制を構築し,我が国の環境研究を全般的に発展させるよう努力することが必要な時期にきていると思う。

(こんどう のりあき,東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授)