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2022年12月27日

ミニチュア大洋「日本海」が発する警告 海洋環境への地球温暖化の影響

環境儀 No.86

最新号vol.86

ミニチュア大洋
「日本海」が発する警告

海洋環境への地球温暖化の影響


わが国に豊富な海洋資源と水資源の恩恵をもたらしてくれる日本海。
その奥深くでは、地球温暖化の影響がひたひたと忍び寄っていることがわかってきました。

日本海は、日本列島に接する小さな海ですが、大洋で見られる海洋大循環によく似た日本海独自の深層循環を持ち、表層には暖流と寒流が存在することなどから「ミニチュア大洋」とも呼ばれています。ミニチュアであるがゆえに外的要因に対する感受性が高く、近年の地球温暖化による変化もいち早く現れると考えられています。したがって、日本海をくまなく調査して監視を続ければ、温暖化の海洋環境への影響を早期に検出できる可能性があります。しかしながら、日本海は4か国に囲まれた“国境の海”であるために、全域にわたる調査研究には困難がつきまとい、全容解明には至らない状況でした。

冷戦が終結してソ連が崩壊した1990年代以降、日本の研究者を中心とした国際共同観測が実現し、日本海の海水循環や物質循環など海洋構造に関する様々な知見が得られました。そして、温暖化の影響により深海の海洋構造に変化が現れていることが明らかになってきました。モデルシミュレーションにより様々な温暖化の影響が予測されていますが、日本海ではそれがすでに現実のものとなっています。日本海で新たに得られる知見はモデルシミュレーションに反映され、影響予測の精緻化に利用されることが期待されています。

本号では、国立環境研究所が中心となって実施してきた観測研究により、新たに明らかになった日本海における温暖化の影響の実態を紹介します。

interview
研究者に聞く

筆者の荒巻能史の写真

地球システム領域
炭素循環研究室/主幹研究員
荒巻 能史
(あらまき たかふみ)


日本海で海洋の未来を予測する

日本海は、全海洋面積のわずか0.3%にすぎない小さな海ですが、暖流と寒流が行き交い、深さも3000m以上あることから、太平洋などと同じく大洋の要素を兼ね備えています。そのため、「ミニチュア大洋(小さな大洋)」と呼ばれています。近年、日本海で地球温暖化の影響と考えられるような現象がみつかっており、日本海を詳細に調べれば、海洋環境に対する温暖化の影響をいち早く把握できるのではないかと期待されています。そこで、地球システム領域の荒巻能史主幹研究員は、日本海の環境変化の実態を化学分析の手法を用いて明らかにしようとしています。

海洋環境を化学の視点から明らかにする

Q:海洋の研究を始めたきっかけは何ですか。
荒巻: 大学受験のときに海洋学の本を読んだことです。海洋環境に興味を持ち水産学部に進学しました。そのころは海流など海洋の物理現象を解明する海洋物理学が盛んでしたが、海洋に存在する物質の量や変化などを化学的手法によって解析することで海洋動態を研究する「化学海洋学」を志し、当時この分野の世界的権威だった先生の研究室に入りました。それ以来ずっと化学海洋学の研究一筋です。

Q:最初から日本海を研究していたのですか。
荒巻: いいえ、はじめは太平洋の炭素循環を研究していました。その後、日本原子力研究所(当時)に就職して、海洋調査船に乗って、日本海の調査をすることになりました。当時、ソ連が崩壊したときに、放射性物質を日本海に不法投棄したことが大々的に報じられ、大問題になりました。そこで、放射能はどれくらいあるのか、放射性物質はどのように流れるかといったことを調べました。しかし、日本海の調査は地理的な状況から難しいのです。

Q:それはなぜですか。
荒巻: 日本海は、日本、韓国、北朝鮮、ロシアの四か国に囲まれており国境を接しているので、日本の船で行ける海域が限られるためです。ロシアの沖合に沈められている放射性物質の放射能測定などのより詳しい調査をするには、ロシアと共同研究をしなければなりません。そこで当時の関係省庁に相談し、外務省経由でロシアと国際共同研究をする契約を結ぶことができました。ロシアの船でロシアの海域を、日本の船で日本の海域を観測することで、日本海全域を網羅するという計画になりました。この調査がなければ、日本海を詳しく調べることはできなかったでしょうね。

Q:その調査で日本海が「ミニチュア大洋であること」をみつけたのですか。
荒巻: いいえ、すでに海洋物理学者の間では「日本海はミニチュア大洋だ」と言われていました。しかし、それを実証する研究はまだ行われていませんでした。私は1996年から日本海の観測を始め、1999年からさらに詳しく調べることになりました。

日本海の海水循環

Q:日本海はどんな地形なのですか。
荒巻: 日本海の周縁には、対馬海峡や津軽海峡など大洋と繋がる4つの海峡があります。それらの水深は200m以下と浅いのですが、日本海の一番深いところは4000m近くあります。底の深いバケツのようなつくりで、その表面を対馬海峡からの暖流が流れていますし、北には冷たい海流も流れているので、この表層の海水がフタをした形になり深いところの海水は外部へ出ていくことができません。

Q:日本海はどんな特徴があるのでしょうか。
荒巻: 日本海は深さ約300mを境に表層と深層に分けることができ、表層は外洋や大気の影響を大きく受けます。ロシアの沿岸は、冬になると大陸からの冷たい季節風で表層水が冷えます。海水の密度は水温と塩分で決まるのですが、日本海の塩分の変化は非常に小さいので密度は水温によって変化するため、海水が冷たくなると密度が大きくなります。つまり、海水は冬季に冷やされて重くなり、重くなった海水が沈み込みます。かなりの深さがあるにもかかわらず、表層の海水が深海の深いところまで数日程度の時間スケールで一気に沈み込むことが私たちの観測で明らかになりました。
また、日本海の溶存酸素量が他の近海に比べて多いことが知られています。これも酸素の豊富な表層の海水が沈み込むためだと考えられています。同じ緯度、同じ深さの海水でも太平洋にはこんなにたくさんの酸素はありません。大洋では、このような表層の海水の沈み込みが、海水の大循環を引き起こすことが知られています。そのため日本海でも独自の海水の循環があるのではないかと古くから考えられていました。こうした特徴から、日本海は小さいけれども大洋と同じ仕組みを持つ海としてミニチュア大洋と呼ばれているのです。

Q:「海洋の大循環」とはどんな現象ですか。
荒巻: 大洋の表層には黒潮や親潮のように様々な海流があることはご存知だと思いますが、深層でも海水がゆっくりと循環しています。その出発点になるのが表層水の深い層への沈み込みです。北部北大西洋では、表層が冷却されると表層水は密度を増して海底まで沈み込み、それが赤道を通り過ぎて南極まで流れていきます。さらに南極付近で沈み込んだ海水と合流した流れはインド洋や太平洋まで流れていき、表層付近で浮上します。この大規模な海水の流れを「海洋大循環」と呼んでいます。これはベルトコンベアに例えて、「ベルトコンベアモデル」とも呼ばれています。
私たちが日本海の研究を始めた1999年ごろには、日本海の溶存酸素量が過去20年以上にわたって減少しているという報告がありました。溶存酸素の減少は、日本海で独自に起こる表層水の沈み込みが減っているからではないか、日本海はすでに地球温暖化の影響を受けているのではないかという仮説が研究論文として発表されました。海洋大循環は2000年で一回りすると考えられていますが、日本海の循環はおよそ100年であることが私たちのデータ解析から明らかになっていました。そこで、ミニチュア大洋である日本海の循環を追跡すれば、温暖化の影響が先行して見られるかもしれないと考えました。

海水の動きを調べる

Q:海水の沈み込みをみつけたのですか。
荒巻: 理論的には沈み込みが明らかでも、日本海で本当に沈み込みが起こっているのかどうかは観測した例がないので不明でした。たとえば、表層から海底まで、つまり上から下まで水温や塩分を測定して、同じ値を示せば海水が沈み込んでいることを証明できるのですが、それまではロシアの沖合で観測することができずわからなかったのです。そこで私たちは、ロシアとの国際共同研究をきっかけに、ロシア・ウラジオストク沖で、海水の流れる方向と速度を測定する装置を海中に沈めて、同じ地点の同じ深度で測定できるように長期間係留する観測を開始しました。 2001年の2月に、わずか1週間だけですが前年までとは明らかに異なる流向と流速で大きく動いている記録が残っていました。夏にその海域に行って水温や塩分などを測定したところ、この流速計の真下の海域で前年に比べて大幅に水温が下がり、溶存酸素が増え、さらに塩分が薄くなっていました。2000年から2001年にかけてウラジオストクの冬季の気温を調べてみると、20年間の平均よりも16度も低く、非常に気温が低い冬だったのです。つまり、すごく冷えれば、海底付近まで海水が沈み込んで酸素が増えること、表層の影響が海底直上にまで及ぶことを化学的な分析によってみつけることができたのです。つまり、厳冬の年には海水の深い沈み込みが起こること、その結果として深海に酸素が供給されることを観測事実から証明したのです。私たちの発見は、1999年に論文発表された仮説を間接的に裏付けることになりました。そこで次の疑問、「温暖化によって深海の海水の流れがどのくらい弱まっているか」を突き止めるために、海水の動きを詳しく調べることにしました。

Q:どうやって調べたのですか。
荒巻: これまで炭素の放射性同位体“炭素14”やフロンを測定して、海水中の水や物質の循環を調べていました。そして、深層循環に必要な時間の短い日本海ならば、海水の年齢も推定できるのではないかと考えました。海水の年齢がわかれば、この海水がいつ沈み込んでどこをどのように流れているのかという海水の動きを知ることができるはずです。炭素14は、放射性崩壊によって約5700年でその量が半分になります。大気中の二酸化炭素にはほぼ一定量の炭素14が含まれているので、大気と接している表層水に含まれる炭素14の量は大気と同じになります。ところが海洋に取り込まれると、炭素14は放射性崩壊で量を減らしていくだけなので、海水中の炭素14の量がわかると、その海水が海面を離れてからの経過時間(海水の年齢)が推定できます。いろいろな要因もあるので、あくまでもそれは見かけ上のものですが、それでも十分に海水の流れは推定できます。ただし、核実験が頻繁に実施された1950年代以降は大気中に炭素14が大量に放出されたため、それ以降に海洋に取り込まれた海水の年齢は見積もることができません。私が学生の頃は、炭素14の測定には200ℓの海水が必要でしたが、現在は分析方法の改良により100mℓで測定できるようになりました。
さらに海水中のフロンも測定します。フロンはとても安定していてほかの物質と反応しません。フロンは1930年代に開発が進み、種類が増えた上に、大気中のそれぞれの濃度が明らかになっているので、海水中の各フロンの濃度比を正確に測定できれば、この海水がいつごろ海面にあったのかがわかります。フロンはすでに使用禁止になりましたが、炭素14とフロンを組み合わせて調べると、核実験開始以降の海水の動きをみるのにたいへん役立ちます。

海水の沈み込みが止まっている?

Q:どれくらいの頻度で観測調査に行くのですか。
荒巻: 研究所には船がないので、共同研究先の船のスケジュールに合わせていますが、少なくとも年に2回は必ず調査に行きます。調査時は日本海上に設けた観測定点に必ず立ち寄って、12~24本の蓋つきの採水器のついた装置を海底直上まで下ろして狙った深度の海水を採取します。さらに、大学の練習船に協力して頂き、船に様々な測定機器を常時搭載して、表層の水温、塩分、二酸化炭素分圧、さらにはpHなどを、船の航行中に1分おきに連続測定しています。
写真 船上での観測の様子


Q:調査はどんなところが大変ですか。
荒巻: 測定項目によっては海水を空気に触れさせてはいけないものもあるので、とても気をつかいます。多くの分析は実験室に持ち帰って行いますが、保存できないサンプルは船上で分析します。とくに大変なのは溶存酸素濃度の測定で、海水の採取後12時間以内に測定しなければなりません。採水器での海水サンプルの採取には、装置の上げ下ろしだけで最低でも2時間、海水サンプルを各種分析用に取り分けるのに1~2時間を要します。その後に分析を始めるのですが、採水器を船上に上げると船は次の観測点に向かって走り出すので、分析の途中で次の観測点に到着するようなこともよくあります。そのため、観測を開始すると寝る時間はほとんどなくなります。
私が学生の頃、太平洋の観測では最初の観測点に着くまでに1~2日、広い海域を網羅するので1~2か月かけて5~10観測点の調査を行っていました。それに比べると日本海は小さいので、出港した日のうちに最初の観測点に到着して、だいたい1週間もあれば調査に必要なサンプルを集めることができます。苦労はありますが、時間的には研究しやすいですね。

Q:どんなことがわかったのでしょうか。
荒巻: 海水の沈み込みの勢いが弱まっていることです。すでに述べたように2000年から2001年にかけての冬は、深い沈み込みの現象がみられたので完全に止まったわけではないのですが、少なくとも最近40年くらいは沈み込みがほとんど止まっている状態といえます。沈み込みが弱くなれば、流れも遅くなりますし、表層の水が海底付近には届きませんから、溶存酸素の供給も減ることになります。観測データからも1960年代から現在に至るまで溶存酸素の量が減っているのがわかります。プランクトンなどの死骸をバクテリアが分解するには酸素が必要ですが、酸素の供給量より消費量が上回るために溶存酸素が減っていくのです。ミニチュア大洋である日本海には、すでに地球温暖化の影響が出てきていると考えられます。

懸念される生態系への影響

Q:生態系に変化が出ているのではないですか。
荒巻: まだ表層の生物には温暖化の大きな影響は出ていませんが、海域によってはすでに影響があるようです。それが報道されると、研究所に問い合わせがくることがあります。以前、千葉の居酒屋さんから「氷見(富山県)のブリの値段が上がっているのも温暖化と関係があるのか」と電話がありました。ブリは冬になると産卵のために北海道から日本海を南下するのですが、海水の温度が上がったために回遊の状況が変わって氷見では不漁になる年があるようです。一方、北海道でこれまで見られなかったブリが水揚げされるようになりました。北海道では、馴染みのない魚なので当時は流通されずに捨てられていたとのことですが、近年ようやくブランド化されて人気があるそうです。今後は、こうした生態系への影響のシミュレーションなどにも私たちのデータが使われるといいなと思っています。

Q:今後はどのように研究を進めたいですか。
荒巻: ここで述べたように、生態系への影響を詳しく調べていきたいです。これまで、化学海洋学の研究を志し、日本海の海水の沈み込みという現象をとらえることができたのはとてもうれしいことでした。ただ、自分たちで船を動かして調査できる期間は限られているので、気にかかるのは後継者です。私たちが先人の観測データを使わせてもらったように、私たちのデータも誰かに引き継いで、観測が続いていかなければ将来の成果につながりませんからね。私たちの研究が、地球温暖化の影響など海洋の未来予測につながることを期待しています。

コラム1 | 日本海の海洋構造

日本海は最大水深3700m超の太平洋の縁辺海ですが、海水の出入口にあたる4つの海峡が水深200mにも満たないため、底の深いバケツに水を張ったような構造をしています。深度200~300mには対馬海流が日本列島沿いを北上し、津軽海峡、宗谷海峡から流れ出ています。この対馬海流や北部から南下してくるリマン海流からなる表層水によってフタをされた形で深度およそ300mから海底直上の間には「日本海固有水」と呼ばれる水温0.1℃、実用塩分34.07(試料と塩分既知海水の電気伝導度の比から計算される塩分のこと。無次元のため単位はなく、 34.07は約3.407%に相当する)のほぼ均質な水塊が存在します。それは名前のとおり、周辺海域には見られない日本海固有の水塊で、日本海全体の80%以上を占めています。日本海固有水は単一の水塊ではなく、上部固有水、深層水、底層水に区分できます(図1)。最も深いところに存在する底層水は、冬季に大陸から吹きつける冷たい季節風が日本海の北西部表層を冷却することで表層水の密度が増加し、これが下層の海水よりも重くなって海底付近まで沈み込むことで形成されると考えられています。
図1 日本海の海洋構造の模式図


これは北部北大西洋で見られる深層水の形成過程と同じです(図2)。この深層水は、大西洋を南下して南極へ、その後、インド洋や太平洋の底層を巡り北部北太平洋表層に到達する「海洋大循環」と呼ばれる大きな流れを駆動させ、一周するのに約2000年を要するとされています。これに対して、日本海の底層水が完全に入れ替わるには約100年かかると推測されています。表層に目を転じると、北緯40度付近に南から流入する暖流(対馬海流)と北部日本海を循環する寒流(リマン海流)が接する亜寒帯前線が存在し、太平洋でいうところの黒潮と親潮の関係にあたります(図3)。このように、日本海は小さいながらも大洋に特徴的な様々な海洋構造が凝縮されていることから「ミニチュア大洋」とも呼ばれ、海洋研究の格好の“実験の場”を提供しています。
図2 海洋大循環と日本海深層循環の模式図
(上)出典:日本海洋学会教育問題研究部会「海の教室」(下)Senjyu et al.(2005)を一部改編
図3 日本周辺における表層海流の模式図

コラム2 | 深海における水温上昇と溶存酸素

日本海は、深度ごとの溶存酸素濃度が太平洋と比べて最大で数倍も高いことが知られています。これはすでに述べた表層水の深い沈み込みが関係しています。一般に、海面近くの海水は、酸素を豊富に含む大気と接している上に植物プランクトンの光合成によって作られた酸素が加わるので、溶存酸素は表層水で最も高い濃度を示し、深海ではバクテリア等の活動によって有機物が分解されるときに酸素が消費されるので深度とともにその濃度は低くなります。一方、日本海では冬季に絶えず表層水が深海の奥深くまで運び込まれるので、海面近くから海底に至るまで高い酸素濃度を保っています。

図4は、舞鶴海洋気象台(2013年に業務停止)が能登半島の沖合に設けた観測定点において1950年代から2013年まで継続的に観測した水温と溶存酸素濃度のうち、日本海固有水にあたる深度500m以深の8つの深度での時系列変化(1970〜2013年)をまとめたものです。多少の増減を繰り返しながら深度にかかわらず水温は上昇、溶存酸素濃度は減少を続けています。これは、近年の地球温暖化で冬季の日本海北西部表層の冷却が弱まり、低温で酸素を多く含んだ表層水が深海へ供給されにくくなっていることを示唆しています。このまま温暖化が続くと日本海の深層は貧酸素化し、日本海の生態系全体に影響が及ぶだろうと懸念されています。

私たちは、北海道大学の「おしょろ丸」と長崎大学の「長崎丸」に協力していただき、2018年より先人たちが維持してきた観測定点を含む海洋観測網を構築して長期モニタリングを開始しました。この観測では、従来の水温・塩分あるいは溶存酸素濃度や栄養塩類の長期変動の監視のほか、pHや全炭酸濃度等の分析も行い、近年指摘されている海洋酸性化の進行度も把握しています。
図4 深海における水温と溶存酸素濃度の時系列変化
深度500m以深の8つの深度における1970~2013年の間の水温(左)と溶存酸素濃度(右)の時系列変化を示しています。水温は水圧の効果を取り除いたポテンシャル水温、溶存酸素濃度は海水1kg当たりの酸素量(µmol単位)で示しています。Senjyu(2020)からの引用。

コラム3 | 深層循環の弱化

日本海には、大洋の海洋大循環に似た日本海底層水の循環があることを説明しました。そして、地球温暖化の影響で冬季の日本海北西部表層の冷却が十分ではなくなり、循環の出発点である表層水の沈み込みが弱まっていることが明らかになってきました。表層水の沈み込みが弱まれば、底層水の循環速度がしだいに遅くなることが容易に想像できます。

私たちの共同研究者で九州大学応用力学研究所の千手智晴准教授は、深海における海水の流れの速度を直接測定することで、その証明を試みました。海水の流れる方向とその速度を測定する装置(流向流速計)を海中に沈めて、同じ地点の同じ深度で測定できるように長期間係留します。日本海では1980年代から調査が始められ、その測定結果をもとに図5のような深層における流れの模式図が作成されています。千手准教授は、北向きに強い流れのある青森県西方沖(図5の赤い部分)に着目し、この海域で1994~1995年に測定された値と比較するために、同一地点のほぼ同一深度に2016~2017年の1年間にわたって流向流速計を設置し、結果をまとめました(図6)。流向は両期間ともに季節を問わず北向きが卓越していることがわかります。一方、測定期間中の平均流速を求めると1994~1995年が5.17cm/秒、2016~2017年が3.29cm/秒となり、1990年代に比べて現在は流速が30%以上も遅くなっていることが明らかになりました。これは温暖化にともなう深層循環の弱化を世界ではじめて直接的に観測した事実で、現在、測定した測器の違いや結果の再現性など様々な検証を行っているところです。
図5 日本海における深層循環像の模式図
黒色矢印は観測によって得られた実測の流向流速を矢印の方向と長さで表現しています。淡青色矢印は実測値から推測した深層循環の流れの向きを、矢印の太さは流れの速さを表現しています。Senjyu(2020)からの引用。
図6 青森西方沖の深度2000m付近における海水の流れの向きと速度
青森西方沖の深度2000m付近における海水の流れの向きと速度を、1994~1995年(上)と2016〜2017年(下)で比較したものです。スティックの向きが流れの方向を示し、長さが速度を表しています。Senjyu(2020)からの引用。


この事実は、温暖化によってすでに日本海の海洋構造そのものが変化し始めている可能性を示唆するものです。私たちが進めている日本海モニタリングでは、他の海域でも同様の調査を繰り返して、深層循環の弱化の定量的な把握を目指しています。

summary
日本海の奥深くでは何が起きている?
高精度な化学分析で探る

日本海で顕在化する地球温暖化の影響

日本海は小さいながらも大洋の特徴が凝縮された世界でも珍しい海域です。系が小さいがゆえに、近年の地球温暖化に対しても素早く応答するものと考えられています。ここでは、私たちの観測研究によって明らかになってきた「日本海に見られる温暖化の海洋環境への影響」の実態を紹介します。


日本海はミニチュア大洋

日本海は、ユーラシア大陸と日本列島に挟まれた小さな海ですが、表層には太平洋の黒潮と親潮に対応するような独自の表層循環、深海には大洋の海洋大循環と同じ様式の独自の深層循環を持っています(コラム1)。そして、小さいがゆえに外的要因に対する感受性も高いと推測されており、たとえば、日本列島周辺の海面水温は過去100年でおよそ1℃上昇していますが、その中で日本海北部海域では1.7℃上昇しているとする気象庁の報告があります。深層循環の時間スケールは大洋のおよそ20分の1と極めて短く、日本海を監視することは地球規模の海洋変動をDVDの倍速再生で眺めていることになるかもしれないのです。私たちはミニチュア大洋の日本海を「天然の実験場」と捉えて、近年の温暖化が海洋環境に及ぼす影響をいち早く検出するために、日本海全域を対象に観測研究を実施しています。

深海における循環速度の弱化

1960年代から深海の溶存酸素濃度が減少していることが明らかになりました(コラム2)。日本海では、冬季の表層水の沈み込みにより深海に酸素が供給されますが、同時にバクテリア等による有機物の分解によって酸素は絶えず消費されているので、酸素の消費量が供給量を上回る状況が続いていることを意味します。この原因を消費量の増加に求めるならば、海水中の有機物量も増加したことになるのですが、 1960年代以降とそれ以前で表層生物量に変化は見られないので、消費量はほぼ一定と考えられます。一方、日本海の北西部沿岸に位置するロシアのウラジオストク市の冬季の日別最低気温を調べたところ、最低気温が-20℃を下回った日数を年ごとに積算すると年間25日以上の厳冬年が1950年以前は数年に1度だったのが1960年代以降は現在に至るまでわずか3回しかないことがわかりました。つまり、1960年代以降は冬季の日本海北西部の海面冷却が緩和したために表層水の沈み込みが弱くなり、その結果として深海で酸素が減り続けていると考えられます。

冬季表層水の沈み込みの弱化は、日本海が「ミニチュア大洋」だと考える根拠のひとつである日本海独自の深層循環の速度が減速していることを意味します。私たちは、深海における流向流速の測定結果からその事実の一端を捉えました(コラム3)が、これが日本海全域で観測されるかどうかの確認、あるいはその定量的な把握はこれからの課題です。

私たちは、海水中に微量に溶存するクロロフルオロカーボン類(CFCs、通称フロン類)の濃度分析をもとに、深層循環弱化の定量化を試みています。CFCsの生産は1930年代に開始され1960年代以降に急激に大気中濃度が増加しました。大気中のCFCsは、大気と海洋間のガス交換によって各化合物に固有の溶解度で海水に溶け込んで海水中では加水分解されません。したがって、海水中に溶け込んだとき、つまり表層水のCFCs濃度比は大気中の濃度比を反映しています。冬季に表層水が深層へ輸送されると、高いCFCs濃度を持つ表層水との混合によって深層海水中のCFCs濃度が絶えず書き換えられます。したがって、現在の深層海水中のCFCs濃度は1930年代以降の日本海の深層循環の情報を記録していることになります。

そこで、日本海の最も深い海域である日本海盆と大和海盆において、海水中のCFC-11、CFC-12およびCFC-113の濃度を高精度分析しました。そして、毎年冬に深層循環によって表層水が深層海水に一定量ずつ取り込まれるものと仮定した「ボックスモデル」を構築して、大気中のCFC-113の急激な増加が始まった1975年以前とそれ以降の深層海水に表層水が取り込まれた割合、表層水の深層海水への寄与率をそれぞれ算出しました(表1)。なお、この解析では深度1000~2200mを日本海深層水、深度2200m以深を日本海底層水と定義しています。深層水および底層水における1975年以降の寄与率は、それ以前の21〜30%および15〜42%に減少していることがわかりました。図7は、表1の結果に対馬海盆での解析結果を加えて現在の深層循環像を模式的に示したものです。コラム3で示した従来推測されてきた循環像(図5)に対して相対的に速度が弱化しており、その影響は海域によって大きく異なることが明らかになりました。

表1 冬季の深い沈み込みによる深層海水への表層水の寄与率

深海のクロロフルオロカーボン類(CFCs)濃度をもとに「ボックスモデル」の計算から得られた、1975年以前とそれ以降現在までの、深層海水に表層水が取り込まれた割合、表層水の深層海水への寄与率を示しています。数字は、毎年冬季の深い沈み込みによって表層水が深層海水に一定量ずつ取り込まれるものと仮定して算出しており、1年ごとに表層水の取り込まれた量が深層海水の何パーセントに相当するかを表しています。かっこで示した値(%)は、1975年以前の寄与率を100とした場合の1975年以降の割合になります。温暖化の影響により最近40年間では深層循環がそれ以前の15~42%にまで弱化していることがわかりました。なお、ここでは深度1000~2200mの水塊を日本海深層水、深度2200m以深の水塊を日本海底層水と定義しています。
図7 CFCsを用いたモデル解析から推測された現在の深層循環像
表1で示した冬季の深い沈み込みによる深層海水への表層水の寄与率に、対馬海盆で同様の解析手法によって得られた結果を加えて、現在(1975年以降)の深層循環像を模式的に表しました。流向流速計の測定結果から想定されていた循環像(図5)と重ね合わせると、全体的に循環速度が弱化していることがわかります。その影響度は南部海域で顕著であり、能登半島沖に広がる大和海盆や朝鮮半島沖の対馬海盆では循環そのものが停止するような状況に陥っています。


生態系への影響

日本海の独自の深層循環は、大気へ排出された人為起源の二酸化炭素が冬季の表層水の深い沈み込みによって直接海底直上に輸送されることも意味しており、日本海は他の縁辺海に比べて二酸化炭素蓄積量が多いことが推測されます。海水中の二酸化炭素の増加は、海洋酸性化を促進します。炭酸カルシウム(アラゴナイト)飽和度Ωarg < 1、すなわち炭酸カルシウムが未飽和(溶解する)の海域では、生物の殻や骨格を形作る炭酸カルシウムが溶解したり貝などの底生生物が悪影響を受けたりする可能性があります。そこで、いくつかの仮定をもとに産業革命以前と現在のΩarg鉛直分布を算出して比較しました(図8)。産業革命以前は深度500m以深で未飽和となっていたものが、現在では200〜400m以深まで未飽和海域が上昇していることが明らかになりました。これは、未飽和海域の顕著な拡大が懸念されているアラビア海(100m程度上昇)やベンガル湾(200m程度上昇)よりも速い速度で拡大していることになり、今後の継続的な監視が必要です。
図8 日本海における炭酸カルシウム飽和度の鉛直分布
海水中の全アルカリ度と全炭酸濃度がわかると、その海水の炭酸カルシウム飽和度(Ω)を算出することができます。ここではアラゴナイト(アラレ石)の飽和度(Ωarg)に注目しました。Ωarg < 1、すなわちΩargが未飽和の海水では、アラゴナイトが溶け出すことを意味し、これを殻や骨格とする生物に大きな影響を及ぼすことになります。日本海は独自の深層循環を持つことから、他の海域に比べて表層の二酸化炭素を深海までより多く送り込む可能性があります。したがって「海洋酸性化」の影響が顕著に現れる海域でもあります。この図では、現在のΩarg(赤丸)に加えて、いくつかの仮定をもとに産業革命以前のΩarg(白丸)を推測して両者を比較しました。温暖化の影響で深層循環の弱化が明らかになってきたので、本文中で指摘した未飽和の海域の拡大(深度上昇)に歯止めがかかるかどうか、今後の観測継続が極めて重要です。


私たちは、温暖化による日本海の海洋構造への影響に焦点を当てて2010年に研究を開始しました。その後、ここで紹介した炭素循環や表層プランクトンの変化など生態系への影響も研究対象に加えて現在に至っています。近年は、表層水温の上昇の影響で魚種や漁獲量の変化など直接人間の食に関わる情報も伝わっています。こうした情報を私たちのこれまでの知見と組み合わせることで、例えば日本周辺における水産物の種や量の変動予測など、気候変動に対する適応研究に発展させ、寄与できないかと準備を進めているところです。

研究をめぐって
世界の国々が協力
国境の海「日本海」の観測研究の歴史

日本海における観測研究の動向

日本海は日本・韓国・北朝鮮・ロシアに囲まれた「国境の海」であるため、実際に日本海に船を出して調査研究を行うには様々な困難がつきまといます。ここでは、第二次世界大戦前から現在に至るまでの日本海における観測研究の歴史をまとめます。

●日本では
図9は、昭和7年(1932年)に行われた日本海一斉海洋調査のときの観測点の位置を示したものです。日本海全域に及ぶ海洋調査では世界最古の観測例だと思われます。当時の日本領土の水産試験場に所属する船を総動員して、海面から海底直上に至る水温・塩分、さらには溶存酸素濃度の断面観測のほか、表層流の調査などが行われています。この調査の報告書をまとめた宇田道隆博士は、深度300m以深に水温0~1℃、塩分3.41%前後の日本海固有の海水(日本海固有水)が広がっており、その溶存酸素量が他の海域の同一深度に比べて極めて高いことから、日本海固有水の更新速度も相当に大きいと述べています(宇田、1934)。コラム1で解説した日本海の海洋構造の大まかなイメージは、すでに戦前に日本の科学者によって明らかにされていたのです。
図9 昭和7年の日本海一斉海洋調査の測点図
当時の日本領土の水産試験場により昭和7年(1932年)および昭和8年(1933年)に行われた日本海一斉海洋調査のうち、昭和7年5月下旬から6月上旬に実施された第一次日本海一斉海洋調査の測点図です。調査には48の水産試験場、50隻以上の観測船が参加しました。現在ではとても考えられない国を挙げての大規模なものだったようです。宇田道隆、水産試験場報告、5、57−190 (1934)からの引用。


第二次世界大戦を経て現在のように排他的経済水域(Exclusive Economic Zone:EEZ)が設定されてからは、日本の船を用いて他国のEEZ内を調査することは事実上不可能になりました。日本のEEZは日本海の東側およそ半分を占めます。日本海には水深2500mを超える深い海盆が3つ(日本海盆、大和海盆、対馬海盆)ありますが、そのすべてあるいは一部が日本のEEZ内に位置しています。この海洋学的な優位性を利用して、少なくとも1960年代後半には水産庁や海洋保安庁の調査機関を中心に対馬海流の流路解析や日本海固有水の動態解析が行われるようになりました。1980年代に入ると、高感度高精度の観測機器を搭載した大学の観測船によるプロジェクト研究や気象庁の定期観測が実施されるようになり、日本海固有水が単一の水塊ではなく3層に分かれていること(コラム1)、その最も深い層に位置する底層水の水温が年々上昇していること(コラム2)、日本海固有水の更新速度が100年程度と短いこと(コラム1)などが明らかになってきます。これらの知見が国際的な学術誌に公表されたことを受けて、ソ連や韓国も自国のEEZ内で調査を開始しました。

●世界では
1991年にソ連が崩壊し、ロシア連邦が成立しました。この混乱期に九州大学応用力学研究所の竹松正樹教授(当時)は、ロシアの海洋物理学者に呼びかけて、1993年に日本・ロシア・韓国による日本海全域に及ぶ観測プロジェクトCREAMS(Circulation Research of the East Asian Marginal Sea)を立ち上げることに成功しました。1994~1996年に実施された全域調査は宇田博士らの調査以来60年ぶりのことでした。後に米国の研究者も加わった大規模なものとなり、これまでの断片的な観測事実をつなぎ合わせて深層循環のメカニズムなどの海洋構造の詳細に迫る様々な成果を挙げました。そして「日本海はミニチュア大洋である」というキャッチフレーズは、この頃からささやかれるようになりました。

ちょうどその頃、ソ連による長年にわたる日本海やオホーツク海への核廃棄物の海洋投棄が記述された『ヤブロコフ報告書』が公開されました。そして日本政府は、日本・ロシア・韓国による共同調査チームを結成し、1994~1995年に日本海全域における放射能調査を実施しました(この調査には国立環境研究所からも放射能分析班として複数の研究者が参加したと聞いています)。1996年以降、この放射能調査は当時の日本原子力研究所(現在は日本原子力研究開発機構)に引き継がれ、2002年まで日本・ロシアの国際共同研究として継続的に調査が進められました。

本号のテーマである「日本海の温暖化の影響に関する研究」は、1999年に東京大学海洋研究所の蒲生俊敬教授(当時)が発表した論文「Global warming may have slowed down the deep conveyor belt of a marginal sea of the northwestern Pacific: Japan Sea」が契機になり始まりました。蒲生教授は1980年代から深海における水温上昇と酸素量の減少を指摘しており、1990年代になってもその傾向に変化がないことから、温暖化が日本海独自の深層循環を弱化させている可能性があると指摘したのです。

当時、日本原子力研究所の職員として日本・ロシアの国際共同研究の観測リーダーを務めていた筆者は、これを証明するために冬季の表層水の沈み込み海域であるロシア・ウラジオストク沖300km地点の深海に流向流速計を係留し、周辺海域では様々な化学成分の断面観測を毎年実施することにしました。すると、例年に比べて厳冬だった2000~2001年に、冬季のわずかな期間だけ前年までとは明らかに異なった流向流速データが得られていることを発見しました。断面観測では、海底直上の海水だけが低温・低塩分・高酸素、そして他の化学成分も表層水の値に近いことが判明しました。そして、冬季に日本海の北西部表層がある温度以下まで冷却されるとはじめて表層水の深い沈み込みが発生することを観測から実証することに成功したのです。この結果は 2002年に論文として発表しましたが、同じ年に韓国・ロシアのグループが検証論文を発表しています。

●国立環境研究所では
冬季の表層水の沈み込みを観測によって明らかにした私たちの論文は、2007年に公表された『IPCC第4次評価報告書』に引用され、日本海は気候変動に対して脆弱であり海洋の温暖化が顕著に現れる海域であると報告されました。
国立環境研究所では、2010年から環境省・環境研究総合推進費などの支援を受けて、日本海を研究する国内の海洋物理学者や化学海洋学者による共同観測チームを立ち上げて温暖化の海洋環境への影響に関する調査研究を開始し、現在に至っています。2010~2018年には、韓国海洋科学技術院(Korea Institute of Ocean Science & Technology:KIOST)との共同研究により韓国EEZ内での海洋観測も行いました。
写真 観測船から望む日本海上の夕日

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PDFファイル 環境儀 NO.86[1.9MB]