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大型船舶による海洋生物の越境移動

Summary

 海洋生物は、海流などの自然現象による移動に加えて、船舶や水産物などを介して人為的に移動することがあります。こうした人が関わる移動は、長距離を短期間に、そして途中の海域を飛び越えて分断的に起きます。その結果、それまで存在しなかった種が、ある海域で突然に繁殖して養殖魚を斃死させたり、移動先の生態系を変化させたりといった問題が起きています。船舶の場合、船体表面の水に接する部分に生物が付着することで起きる船体付着、そして積荷の代わりの重しとして港湾から取水されたバラスト水が、生物の越境移動に深く関わっています。

バラストタンクや船体表面からいろいろな藻類を発見

 日本とオーストラリアを行き来するバラ積み船を対象として、バラストタンクの中や船体表面にどのような藻類が含まれているのかを調べてみました。化学的に固定した試料や培養した試料を顕微鏡で観察することで、バラストタンクからは有害種4種を含む24種が確認され、船体付着物からは28種の存在が確認されました。両移動媒体の共通種はごく一部で、基本的にバラストタンクからはプランクトン性の種、船体付着物からは付着性の種が検出されました。興味深いことに、船体付着物からは、熱帯・亜熱帯性の種も確認されました。赤道域を通過する際に付着した可能性があります。こうした船体付着生物は、船舶の停泊中や航行中に、付着と剥離を繰り返して、世界各地に分布が拡大している可能性があります。

越境移動のリスクの高い種を高感度かつ定量的に検出

 大量繁殖して養殖魚を斃死させる藻類や有毒性の藻類は、越境移動リスクの高い藻類と言えます。バラスト水中の生物密度は希薄で、堆積物も非生物粒子の占める割合が高く、顕微鏡観察でこうした特定の種を見つけるのは困難です。そこでリアルタイムPCR法という、特定の種のDNA配列を増幅させて、その増幅速度から細胞数を推定できる方法をバラスト水や堆積物に適用してみました。

 有害植物プランクトンとして知られ、越境移動リスクの高いシャットネラ、ヘテロシグマ、アレキサンドリウム、シュードニッチアという種を対象にして調査した結果、いずれの種も航海後のバラストタンク内堆積物から検出されました。またリバラストというバラスト水を外洋の海水で置換する作業が行われることで、細胞数が大幅に減少する一方で、種によって排出のされ方に違いのあること、そしてアレキサンドリウムとシュードニッチアは、オーストラリアの港で実際に排出されていることを確認できました。

 シャットネラは、日本で養殖魚に最も大きな被害を与える有害な種で、近年世界的な分布拡散が問題視されています。今回のわれわれの調査ではじめて、バラストタンクの中から検出されたことから、船舶を介して世界各地に移動している可能性が示唆されました。

 リアルタイムPCR法を使うことで、バラストタンク内の試料から特定の生物を高感度かつ高精度に検出できることがわかりました。試料の収集、処理の標準的なプロトコールを整備することで、専門知識がなくても越境移動のリスクの高い種を検出できるようになるはずです。バラスト水のモニタリングやバラスト水処理の効果を調べたり、越境移動した生物の定着状況を解析したりするなどの利用が期待できます。

オーストラリア寄港地でバラスト水を排出している輸送船舶の写真
オーストラリア寄港地でバラスト水を排出している輸送船舶
船体付着物から確認されたいろいろな微細藻の写真
船体付着物から確認されたいろいろな微細藻 上段:熱帯性の種、下段:シアノバクテリア