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30年にわたる環境知覚と風景評価に関する研究の概要

Summary

 外界と人間の心の関係(環境)を解き、環境問題を解決する鍵は、環境知覚の研究にあります。さらに現在は、文献の記述から風景評価を分析する研究や、俳句の植物季語から季節変化を読み取る研究など、それまでなかったアプローチから外界と人間の心の関係を解き明かす試みが行われています。サマリーでは、これら3つの研究の取り組みや成果を紹介します。

物的環境の知覚評価における研究

 人間は外界からの刺激を認知し、知覚処理過程を経てその刺激を評価した後、その評価に基づいて応答します。このプロセスの中で複雑だと思われるのが刺激の評価で、これは物的環境の特徴把握、活動の快適性、総合的な評価の3段階に分けて考えることができます(図3)。このような複雑な側面を持っていることから、物的環境と人間の情感を結び付けることは不当だと論じられることさえあります。

 物的環境の知覚を研究する方法として、刺激を与える方法や、時間の変化から反応を観察するもの、集計や回帰、図示などによる解析手法に関するものがあります。

 刺激を与える景観評価実験は室内で行われることが多く、その場合、コンピュータグラフィックスと画像を合成した映像を写し出したり、模型をモデルスコープによって見せる手法もあります。こうした手法は屋外での評価とは異なるので、現場での調査を実施せざるを得ないときもあります。

 時間の変化から反応を観察する場合は、外界と人間の関係を直接に明らかにします。反応が成り立つ時間が数分と短いこともあれば、数十年に及ぶこともあります。環境知覚においては、刺激を受け続けることの適否を判断しなければならないため、今後も長時間にわたる観察研究が必要な場合もあります。

 解析手法については、統計的な解析手法の発達により定量的な分析が進んでいます。また、物理的変数をカテゴリー化して被験者の属性との関係を調べることもあります。さらに、物理的変数の測定が多種類に及ぶ場合は重回帰分析で変数を選択し,重要な要因を見つけ出すこともあります。

図3 3段階に分かれる刺激の評価
物的環境の特徴の把握、活動の快適性、総合的な評価に分かれ、各段階に人間が生まれ持った身体的条件や社会から与えられた役割が関与します。

日本の風景の特徴を明確にした西洋人の風景評価

 日本人の風景観が外国より影響を受けたのは、多くの文献から明らかになっていますが、今後100年に及ぶ日本の風景計画を立案するに当たり、西洋人が観察して残した旅行記や滞在記は、重要な風景評価の資料となり得ます。とくに、日本が近代化の影響を大きく受ける以前の風景記述は、過去のものになりつつある日本ならではの風景に光を当てており、価値が大変高いです。そこで、1900年までに来日した西洋人が記した文献で日本語訳が存在するものから風景に関する記述を抜き出して、日本の風景に対する西洋人の評価を分析し、西洋人の視点から日本の優れた風景を探りました。

 1900年までに来日した西洋人の記述が有効な理由は (1) この時代の彼らは日本をより詳しく知りたいと思っていた、 (2) 彼らの社会に風景画の普及があった、 (3) 日本が西洋の影響をまだ多く受けていなかった、の3つです。分析に使用した文献は100冊ほどですが、探した文献は200冊を越えました。

 記述された地域は、開国を境に拡大しました。1549年にポルトガル人が種子島に漂着してから開国前までは長崎と長崎から江戸までが多く、記述内容も海岸や主要街道に限られていました。しかし、1853年の開国後、記述された地域は下田、函館、横浜、神戸といった開港地のほか、日本アルプスや蝦夷、東北や能登など交通の不便な内陸や辺境にまで拡大しました。西洋人は全国規模で日本の風景を観察しています。

 来日した西洋人は、日本の風景は植物に特徴があることを見出し、恵まれた気候条件による多様な植物の繁茂、たくさんの花々、美しい高木、多様な紅葉美、豊かな植生、南北の植物の併置などに感動しています。また、美しい入江や山々の見晴らし、細かな地形がつくり出す風景の変化にも感動しました。南北の気候条件の違いや太平洋側と日本海側の自然の違いによる風景の変化にも気づいていました。

 しかし明治時代以降、近代化が進むにしたがって、彼らは美しい日本の風景が失われていくことに危機感を覚え、記述にもそうした傾向が見られるようになりました。

俳句の植物季語に表れた季節変化

 16世紀の室町時代に始まった俳句は日本人の風景体験を多く含んだ記述であり、風景記述のデータとして使用できます。俳句で使用される季語は、日本人が獲得した季節感の具体例です。中でも植物季語を分析することは、四季の変化に富んだ日本の自然がどのように日本人の情感をつくり上げ、心にどのような影響を与えたかを科学的に解明する手がかりとなります。

 分析に当たっては、近年出版された俳句歳時記の中で最も多くの季語を収録し、なおかつ外来種の植物季語が少ない『角川図説俳句大歳時記』を使用しました。

 歳時記に収録されている俳句の中で風景を詠んだものは全体の2.8%に当たる379句あります。この379句を分析したところ、214の植物季語が含まれていました。214の季語は、収録されている1421項の植物季語の15.1%に相当します(表2)。なお、植物季語の数は季語全体の24.0%に相当します(表3)。

 季節別に見ると、季語が最も多く見出されるのは草木が繁茂する夏、最も少ないのは枯れ木と室内の植物が記述される冬です。植物季語に限れば、春と秋には他の季語より多く使われる傾向があります。

 植物季語は1年を通して俳句で使用され、日本における風景記述の1つの特徴となっています。記述された内容は、森や林といった大きなものから、花弁や花粉といった小さなものまで記述されているほか、植物の種類も日本の気候条件を反映して、冷温帯の植物から亜熱帯の植物までと多様です。

 現在、俳句の愛好者は世界のおよそ50の国と地域に住んでおり、俳句も25の言語でつくられるようになりました。化学記号や物理単位、生物分類学名のように世界共通言語がない風景研究にあって、季語は今後の研究により、風景体験を記述する1つの共通言語として発展する可能性を秘めています。

表2 選ばれた季語と俳句の数
表3 季節による季語の出現数の変化