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2013年1月23日

研究成果「雌になるためには遺伝的に雌の脳であることが必要」〜脳を雄に替えた雌では性周期を維持できない〜‐脳の性差解明に新しい手がかり‐

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、大学プレスセンター、同時配布)

平成25年1月23日(水)
北里大学 一般教育部生物学
 教授:浜崎浩子 (042-778-9454)
独立行政法人 国立環境研究所
環境健康研究センター
 主任研究員:前川文彦(029-850-2500)
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
 教授:田中光一
広島大学 大学院生物圏科学研究科
 教授:都築政起
早稲田大学 教育・総合科学学術院
 教授:筒井和義

 雄と雌で異なる性質の多くは、精巣から分泌される男性ホルモンと卵巣から分泌される女性ホルモンの作用の違いに起因すると考えられてきました。ところが今回、脳とそれ以外の身体の性が異なるキメラ鶏(注1)を作って解析したところ、遺伝的に雄の脳をもった雌鶏では性成熟が遅れて性周期が乱れることがわかりました。この結果は、遺伝的な性に従って神経回路が発達するしくみが雄と雌の脳にあることを示しています。このように、雌の機能の異常が起こる原因として脳の神経回路が関わる新しいメカニズムがあることがわかり、脳の性差解明に新しい道筋を開きました。

 (独)国立環境研究所環境健康研究センターの前川文彦主任研究員と北里大学一般教育部および大学院医療系研究科の浜崎浩子教授は、東京医科歯科大学難治疾患研究所の田中光一教授、広島大学大学院生物圏科学研究科の都築政起教授、早稲田大学教育・総合科学学術院の筒井和義教授等との共同研究によって、生殖腺(注2)ができる前の鶏胚を用いて雄と雌の脳を入れ替えた鶏を世界で初めて作製しました。脳が雄で体が雌の鶏の成鳥では、行動や性ホルモンの血中濃度は雌型であるにも関わらず、性成熟の遅れや産卵周期に乱れが生じることから、生殖機能に障害が現れることがわかりました。この結果は、脳の性差、性特異的な機能障害の原因、さらに脳疾患の男女差の解明に近づくことができると期待されます。本成果は、英国の科学雑誌「Nature Communications」に、2013年1月22日付(英国時間)オンライン版で発表されました。なお本研究は、文部科学省科学研究費補助金などの助成をうけ、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として行われました。

研究の背景と経緯

 ヒトを含む脊椎動物では、雄と雌では体のつくりや生理機能において多くの違いがあります。雌では卵巣、雄では精巣の分化・発達が起こり、それぞれの器官から分泌される性ホルモンの働きによって、これらの性差のほとんどが生じることが通説となっています。一方、性分化に別のメカニズムが関与することも近年示唆されるようになってきましたが、不明な点が多く残されていました。また、ヒトでも様々な脳の疾病で、男性と女性で罹患率や病態が異なることが報告されていますが、その原因は必ずしも明らかではありません。

研究の内容

 今回、脳の性によって決まる雄と雌の性質を調べるために、脳とそれ以外の身体の性が異なるキメラ鶏を作って解析しました。鳥類は卵の中で胚が育つので、外科的操作(注3)によって発育初期の胚で脳を交換することができます。脳の交換は精巣や卵巣ができる前に行われました。脳が雌で体が雄である鶏の行動は、性行動も含めて、雄鶏と区別がつきませんでした。脳が雄で体が雌である鶏の行動は雌鶏と同じでしたが、産卵開始の遅延や産卵周期の乱れによる産卵数の減少がみられました。血中の性ホルモンの濃度が脳の性によって変化することはありませんでしたが、体が雄型か雌型かに関わらず、脳に含まれる女性ホルモンの一種であるエストラジオール(注4)の量は雄の脳では雌の脳よりも高いという結果も得られました。

発見の意義

 今回の研究成果は、雌を特徴づける性質のうち、性成熟のタイミングと性周期は遺伝的に雌である脳による制御が必要であり、遺伝的に雄である脳ではその機能を完全には担うことができないことを示しています。雄と雌の脳には、精巣や卵巣からの性ホルモンに依存せずに、発達様式がもともと異なる神経回路があり、その回路の異常が雌または雄のもつ特異的な機能に障害をもたらす可能性が考えられます。今後このような神経回路を詳細に調べることができれば、脳の性差、性特異的な機能障害の原因、さらに脳疾患の男女差の解明に近づくことができると期待されます。

注釈

注1) キメラとは、生物学的には同一個体に異なった遺伝情報を持つ細胞が混在した生命体を指す。このキメラ鶏の場合には、雄型の遺伝情報と雌型の遺伝情報がそれぞれ、脳と身体で異なった状態になっている。
注2) 生殖細胞を作り出す器官。雄では精巣、雌では卵巣を指す。
注3)  2つの卵を用いて、それぞれの胚から神経管とよばれる脳の基となる構造を微小なナイフで切り出し、相互に入れ替える操作を指す。
注4) 性ステロイドホルモンの一種である。血中のエストラジオールは主に生殖腺で作られるが脳でも局所的に産生されることが報告されている。

参考図