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2002年9月30日

環境ホルモンの新たな計測手法の開発と環境動態に関する研究(内分泌撹乱化学物質総合対策研究)
平成11〜13年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-46-2002

1.はじめに

表紙
SR-46-2002 [7.3MB]

 内分泌撹乱作用に基づくとされる現象と原因物質との因果関係が明確になっている事例は少なく、科学的に解明されなければならない点が数多く残されている。我が国において内分泌撹乱化学物質の疑いのある化学物質として関心がもたれる物質には、「環境ホルモン戦略計画SPEED'98(2000年11月版)」にリストアップされた物質がある。これらの物質は、全国規模の環境調査が実施されており、環境省では平成12年度から3年間で40物質以上についてリスク評価を実施している。しかしながら、わが国では、生態系への環境ホルモン作用の影響に関する報告は限定的であり、その原因物質の特定もされていないのが現状である。このため、環境ホルモンの実態を解明するには、(1)何万もある化学物質のスクリーニングという発生源側からの有害性の評価とともに、(2)影響を受ける環境側でどのような活性が認められるのかを試験することができるシステムと、(3)原因物質と思われる物質の同定と定量技術の向上が必要である。本研究では、環境媒体中でのホルモン作用の有無の確認とその原因物質の究明に向け、環境媒体に適用可能なホルモン活性のスクリーニング手法と化学物質の高感度分析法を開発し、これを応用して環境媒体のホルモン作用の実態を把握することを目的とした。

2.研究の概要

1) 内分泌撹乱化学物質の分析法に関する研究

 環境ホルモンと疑われる物質の環境モニタリングでは、通常のホルモンは極微量でその作用を示すことから、環境ホルモンと疑われる物質も通常のホルモンと同様に超微量分析が求められている。そこで、イオントラップ質量分析法、負イオン化学イオン化法(NCI)、液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)や、処理が早く多くの試料の測定が必要な環境モニタリングには非常に有用な手法である免疫化学的測定法(ELISA)を導入し、超微量成分を精度よくしかも簡単に測定できる手法の開発を行った。また、分子プリンティングによるビスフェノールAの選択的吸着剤の開発をあわせて行った。

(1)イオントラップ質量分析法による選択性の高い分析法の開発により、環境省で環境ホルモン物質とされたノニルフェノールやオクチルフェノール及び低用量問題で関心の高いビスフェノールAの検出下限を暫定マニュアル法の10分の1まで低減することができた(図1)

(2)エストラジオール類の負イオン化学イオン化法による機器分析の開発により、検出下限が従来法の1/100に低減され、感度ではELISA法と同等になり信頼性は著しく向上した(図2)。この分析法は、その後の環境省のモニタリング事業に活用されている。

(3)エストラジオール(E2)とその代謝産物であるエストロン(E1)、エストリオール(E3)およびそれらの抱合体あわせて15化合物の固相カラムによる水からの濃縮法と高速液体クロマトグラフ質量部分析計(HPLC/MS/MS)による分析条件を検討し、従来困難であった水中のエストラジオール抱合体の微量分析が可能となった(図3)。女性ホルモンの硫酸抱合体の分解が遅いことを示した

(4)ELISA法では、エストラジオール類、ビスフェノールAを中心に、ELISA法の有用性を検証した。エストラジオール類やビスフェノールAのELISA法と機器分析値との相関性が低濃度域で確認され、よく設計されたELISAならば環境モニタリングに利用可能なことを示した(図4)

(5)ビスフェノールAを水中から濃縮するため、分子インプリンティング技術を用いた架橋ポリマー粒子(擬似鋳型分子としてp-t-butylpheno、機能性モノマーとして4-Vinylpyridineを調製し、これがビスフェノールAを選択的に濃縮していることを確認した(図5)

図1 霞ヶ浦湖水の抽出物のノニルフェノール(上段)とビスフェノールA(下段)の
GC/MS/MSによるクロマトグラム
図2 ペンタフルオロベンジルとトリメチルシリル誘導体化による測定法のスキーム
図3 霞ヶ浦湖水(ST8,1999/11/26)中のエストラジオールとエストロンの
GC/NCI-MSクロマトグラム
図4 GC/NCI-MS法とELISA(E1+E2系)法の相関
図5 ビスフェノールAの吸脱着の概念

2)内分泌撹乱化学物質の評価法に関する研究

 環境媒体のホルモン作用をいかに捕らえることができるかを中心に、環境ホルモンの評価法の検討を行い、受容体結合試験の高感度化や簡便な酵母two hybridアッセイ法によるアゴニスト活性とアンタゴニスト活性を評価するシステムを構築した。
 エストロゲン受容体結合アッセイには幾つかの試験系があるが、通常の実験室で実施可能な放射能を使わない試験法として、(1)受容体競合結合アッセイ(ER-ELISA)法と蛍光偏光法を実施し、高感度ER-ELISA法を新たに開発した。(2)いくつもの検体のホルモン作用の評価が1日できる迅速で高感度な酵母two hybridアッセイ法試験法を構築した。また、エストロゲン受容体やそのサブタイプに加え、甲状腺ホルモン受容体、アンドロゲン受容体、さらにヒト以外の動物の受容体遺伝子を組み込んだ酵母を作成し野生生物への影響も評価できるようにアッセイ系を拡張した(表1)。SPEED’98に掲載された化学物質も含めて約300物質のエストロゲン作用のスクリーニングを実施し、約30%(88物質/291物質、この内+S9試験(体内での薬物代謝を考慮する試験法)でのみ陽性のものが24物質)にエストロゲン・アゴニスト活性が認められた。本研究で開発された酵母two hybridアッセイ法は、化学物質のみならず環境試料にも適用できる評価システムとして広く利用され始めている。(3)メダカを用いたin vivoの評価系として、ビテロゲニン遺伝子やタンパク質などのバイオマーカーを計測する手法を検討した。バイオマーカーとして利用される卵黄タンパク前駆体であるビテロゲニンの遺伝子配列(メダカ)の決定やELISAによる自動測定系の構築(メダカ、ワカサギ)がなされた。メダカビテロゲニンのELISA法による測定では、新たに作成したモノクローナル抗体を用いたメダカビテロゲニンの自動測定法を確立し、陽性の疑いがある測定結果がしばしば認められたポリクローナル抗体を用いた系の欠点を解決した。

表1 酵母ツーハイブリッドアッセイのための遺伝子組換酵母のリスト

3)環境への応用

(1)環境試料への酵母エストロゲンアッセイ系を適用するための前処理条件を検討し、検出下限は、1リットルの水試料でE2濃度に換算して0.05ng/l程度の感度が得られるようになった。霞ヶ浦の土浦入りから湖心にいたる4地点での湖水の測定を1999年7月から2001年1月まで行った(表2)。湖心(ST-9)のエストラジオール濃度は、最大値が0.58 ng/l、平均で 0.30 ± 0.16 ng/lであった。また、ノニルフェノール、オクチルフェノール及びビスフェノールA濃度の平均値は、それぞれ16.4 ± 9.1 ng/l、 2.5 ± 0.6 ng/l および11.1 ± 9 ng/lであった。酵母によるエストロゲンアッセイでも、活性は著しく低かった。測定された女性ホルモンやアルキルフェノール等の濃度も低く、バイオアッセイと分析値は良い一致を示した。

(2)東京湾の海水(湾内の表層でE2:0.3± 0.1 ng/l n=5)(表3)でも同様であり、東京湾や霞ヶ浦湖水のエストロゲン活性は、魚類を雌化するレベル(E2として10 ng/l程度)にはなかった

(3)多摩川などの下水放流水による流量の多い都市河川(多摩川、荒川、中川及び坂川などの都市河川中の2000年10月採水)では、エストラジオール濃度は1-2 ng/lと測定され、エストロン(E1)濃度は20ng/lを超える場合があった。負イオン化学イオン化質量分析法(NCI-MS)による分析値を換算し酵母のE2活性としたものと、酵母アッセイによるエストロゲン活性(E2換算値)は、酵母アッセイが低めの数値を与えているが、良好な相関が認められた(図6)。これを環境試料に適用する際には、酵母への毒性や試料に含まれるアンタゴニスト活性のある物質などにより反応が抑制されることがあることを考慮しておく必要があるが、分析に供した水試料では環境水のエストロゲン活性の多くの部分はエストラジオールとエストロンなどの環境中に排出された人畜由来のホルモンが原因と考えられた。排水などではエストラジオールとエストロンでは、すべての活性を説明できない検体もあった。(注:排水で,原因物質が特定できたのは、ノニルフェノールとビスフェノールAであった。)

表2 霞ヶ浦の湖水中のエストラジオール(E2)とエストロン(E1)濃度(ng/L)
表3 東京湾海水のエストロゲン活性とエストラジオール類の濃度(ng/L)
図6 酵母アッセイとGC/NCIによるエストロゲン活性(E2換算値)の相関
(多摩川、荒川、中川、坂川、2000年10月)

4)まとめと今後の課題

 エストロゲン作用を有する物質の高感度分析法を開発すると共に、酵母を使った迅速なエストロゲンのスクリーニングシステムを構築した。本成果を環境に応用し、都市河川ではエストロゲン作用が認められるものの、東京湾や霞ヶ浦等ではほとんどエストロゲン活性が認められないことを示した。また、環境中のエストロゲン活性の大部分は本物のホルモンであるエストラジオール類に起因する場合が多いため、下水からの流入水の多い河川では認められるが、これら天然ホルモンは分解しやすく、硫酸抱合体を除き移動拡散の過程で分解除去されることが示唆された。
 本研究では、エストロゲン作用以外に甲状腺ホルモンやアンドロゲン作用などを評価できるシステムを構築したが、研究期間内ではこれらを環境に応用できなかった。今後は、エストロゲン以外の系を含めた環境モニタリングを通じて、環境媒体のホルモン活性を把握するとともに、活性物質の同定を着実に進めて、生態系への影響を明らかにしていく必要があると思われた。さらに、脳神経系への影響など生殖以外の影響について検出できる簡便なアッセイ法の開発が望まれる。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
環境ホルモン・ダイオキシン研究プロジェクト
計測・生物検定・動態研究チーム 白石 寛明
Tel.0298-50-2455, Fax.0298-50-2870

用語解説

  • イオントラップ質量分析法
     イオンを長時間、一定の空間に閉じこめるイオントラップ手法を利用した質量分析計である。この方法の特徴として、スペクトルの高感度な測定ができることと、親イオンが分解して生じる娘イオンを測定する(MS/MS法)ことによる選択性の向上する(夾雑物の影響を受けないため検出下限が低くなる)ことがあげられる。
  • 負イオン化学イオン化質量分析法(NCI-MS)
     化学イオン化法は、通常の質量分析計より低い真空度の容器内にあるイオン化された気体(反応ガス:メタン、イソブタン、アンモニアなど)と化学物質の反応を利用したイオン法である。一般に、化学物質が分解せず分子量付近のイオンが生成するため、ソフトなイオン化法といわれる。負イオン化学イオン化法(NCI)は、負イオンを測定するもので、電子吸引性の物質に特に良い感度を示す。
  • 液体クロマトグラフ質量分析法
     液体クロマトグラフと質量分析計を直結した方法で様々な装置が市販されている。大気圧で液体をイオン化し、真空装置に引き込むための技術開発が盛んで、感度が年々向上している。エレクトロスプレーイオン化法(ESI,本年度ノーベル化学賞)は、試料に高電圧を印加すると試料溶液が自ら噴霧、イオン化を行なう現象を利用したイオン化法で、タンパク質などのイオン化も可能である。四重極型質量分析計を直列につないだ装置などを使用すると対象物質の選択性が向上する。
  • 酵母two hybridアッセイ法
     酵母にエストロゲン受容体遺伝子などの遺伝子を組み込み、ホルモン様物質の受容体への結合に応じて発現するβ-ガラクトシダーゼを測定する試験系であり、約4時間程度の短時間の培養でホルモン活性を測定できる。
  • アゴニスト試験
     酵素の誘導や細胞増殖といったホルモン作用としての遺伝子応答を測定することで化学物質のアゴニスト作用(ホルモンと同様の正の作用)を評価する試験
  • アンタゴニスト試験
     例えば女性ホルモン(17β-estradiol)と対象とする化学物質がエストロゲン受容体へ競合することで女性ホルモン活性をどの程度抑制するかを測定する。化学物質のアンタゴニスト作用(ホルモン作用を抑制する負の作用)を評価する試験

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