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2001年1月31日

環境中の「ホルモン様化学物質」の生殖・発生影響に関する研究(特別研究)
平成9〜11年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-37-2001

1.はじめに

表紙
SR-37-2001 [3.7MB]

 脂溶性が高く難分解性の環境汚染化学物質は食物連鎖を通して生体内に蓄積するが、これらの中には、正常な性ホルモンの機能を乱すことにより様々な生殖影響を引き起こすものがあり、ホルモン様化学物質と呼ばれている。実際、鳥類、は虫類、海棲ほ乳類などの野生生物において生殖異常が認められ、これらの異常は野生生物の体内に蓄積された環境中のホルモン様化学物質により引き起こされているとの指摘がある。先進国においても、近年、女性の乳ガン、男性の精巣腫瘍の発生増加及び精子数の減少が報告され、これらの現象と環境中のホルモン様化学物質との関連が疑われている。特に周産期における曝露は、器官や機能の形成される時期だけに影響は不可逆的になる可能性が高く、また、感受性も高い。環境中のホルモン様化学物質の子(次世代)への影響、とりわけ生殖能力への影響は人類の存続に関わる問題であり、これらの影響のリスク評価は、重要かつ緊急に対処すべき課題であると考えられる。本研究では、環境中のホルモン様化学物質の生殖・発生影響のリスク評価のための基礎的データを得ることを目的とした。
 ホルモン様化学物質として、最近、ゴミ焼却場周辺の汚染、母乳汚染などで問題となっているダイオキシンのうち、もっとも毒性が高い2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)をとりあげた。

2. 研究成果の概要

(1) 定量的リスク評価のための環境中のホルモン様化学物質の生殖・発生影響に関する実験的研究

 妊娠15日目のHoltzman ラットにTCDD(12.5~800ng /kg) を経口一回投与し、生後、経時的に仔への影響を調べた。出生仔の数、性比、体重に曝露群と対照群との間に有意の差はなかった。

1) 雄性生殖機能への影響
 雄性生殖機能への影響では、精巣重量、一日精子産生量 (DSP)、精巣上体重量、精巣上体尾部精子数 (SR) に変化は認められなかった。副生殖腺のうち、前立腺重量は49日齢では800ng/kg群で、120日齢では200および800ng/kg群で有意に減少した。肛門-生殖突起間距離は、120日齢の50ng/kg以上で有意な減少が見られた(図1)。この肛門-生殖突起間の距離への最小影響量(LOAEL) 50ng/kgは、これまで報告された妊娠期一回投与による雄性生殖機能への影響のうちでもっとも低い値であり、人の摂取量に換算すると21.5pg/kg/dayに相当する。これは通常の日本人の摂取量の10倍程度である。このデータは、ダイオキシンの一日耐容摂取量(TDI)の設定に重要な参考資料となると考えられる。肛門-生殖突起間の距離などに代表される外生殖器の発達、副生殖腺の中でも前立腺の発達はテストステロンの代謝物であるデヒドロテストステロン(DHT)に依存している。従ってDHT依存性の生殖器官においてTCDDへの感受性が高いことが示唆された。そこでDHTの産生を制御している5α reductase II (5αRII) mRNAの前立腺内での発現を検討した。49日齢で5αRII mRNAの発現は、予想に反してTCDDの用量に依存した増加が認められた。他方、アンドロゲンレセプター(AR)のmRNAの発現は用量依存的な減少が認められ、このことが前立腺の発達の抑制に関わっていることが示唆された(図2)。

2) 甲状腺ホルモンへの影響
 血清中の甲状腺ホルモンthyroxine (T4)濃度は、21日齢の200g/kg投与群雄及び800ng/kg投与群雌雄ラットにおいて対照に比べ有意な低下が認められた。しかしながら49日齢ラットでは対照群のレベルに回復した(図3)。血清triiodothyronine (T3)濃度は、21及び49日齢の800ng/kg投与群雌雄ラットで、対照群に比べて有意な増加が認められた。21及び49日齢で、200ng/kg 投与群からダイオキシンで鋭敏に誘導される薬物代謝酵素CYP1A1 mRNA の顕著な誘導が認められた。21日齢で、200ng/kg投与群から甲状腺ホルモンT4を代謝するUDP glucuronosyl-transferase (UGT-1) mRNAレベルの有意な上昇が認められたが、49日齢では対照群のレベルであった。血清及び臓器中のTCDD濃度は、21日齢で最高値を示したが、49日齢では著しく減少した。TCDDによる肝UGT-1の誘導とそれによるT4の排泄促進が示唆された。組織病理所見で生後49日齢 800ng/kg投与群で甲状腺過形成が観察され、甲状腺濾胞細胞の著しい増加が認められた。T4が対照レベルに戻っても組織学的には不可逆的な影響が残っていることが示された。妊娠期の低濃度ダイオキシン一回投与により、仔の甲状腺の過形成が示された最初の報告である。

3) ダイオキシン類の母ラットから仔への移行と蓄積量
 妊娠15日目の母ラットへTCDDを経口一回投与した場合、母体内でTCDDは肝臓に局在し、その濃度は、肝臓>脂肪>血清>胎盤の順であった。胎仔のTCDD濃度は胎盤よりも低く、投与1日後の濃度は、母肝臓TCDD濃度の1?3%であった。投与1日後には、母体投与量の約0.2%が胎仔へ移行していたが、投与5日後には0.6?1.6%のTCDDが母親から仔へ移行し、用量が低いほど仔へ移行する割合が高い傾向が見られた。肛門-生殖突起間距離に影響の見られた50ng/kg投与群の胎仔の濃度は5~7pg/wet-gであった(表1)。また、TCDDは妊娠期間よりも授乳期間に多く親から仔に移行することが明らかとなった。

図1 妊娠期TCDD曝露によるオスの仔の肛門生殖突起間距離の変化
図2  妊娠期TCDD曝露によるオスの仔の腹側前立腺内5α-還元化酵素遺伝子とアンドロゲン受容体遺伝子の発現変化
図3  妊娠中及び授乳中の低容量TCDD曝露が仔ラット甲状腺ホルモンに及ぼす影響
表1  胎仔TCDD濃度と、母親からのTCDD移行量

(2) TCDDの作用の機作に関する研究

 薬物代謝酵素P450 1A1 (CYP1A1)誘導のラット系統差  ダイオキシンの多くの作用はアリルハイドロカーボン(Ah)レセプターを介して起こると考えられている。TCDDによるAhレセプターを介したもっとも鋭敏な反応と考えられている薬物代謝酵素P450 1A1 (CYP1A1)の誘導を指標に、雄ラットにおけるTCDDに対する反応性の系統差を検討した。8系統(DRH、LEC、Holtzman、LE、 F344、Wistar Imamichi、LEW、SD)のラットの、TCDDによるCYP1A1誘導能には、最小と最大で30倍以上の差があり、高反応系統(DRH、LEC、 Holtzman、LE)と低反応系統(F344、WI、LEW、SD)に大まかに分類された(表2)。 CYP1A1誘導能は定常状態におけるAhレセプターmRNA の発現量と関連していた。また、ダイオキシンと結合したAhレセプターが核内で標的遺伝子との結合に必要なARNTと呼ばれる核内移行因子の解析を行ったところ、野生型と変異型が確認され、高反応系統では野生型が優位な傾向が認められた。Ahレセプター、ARNTの違いがラット系統差と関連していることが示唆された。

表2  8系統間での40ngTCDD/kg投与によるCYP1A1mRNAの誘導能の比較

(3)環境中のホルモン様化学物質のスクリーニング手法及び曝露量の推定に関する研究

1) ヒト生殖器官由来の細胞を用いたダイオキシン類のスクリーニング手法の検討
 ダイオキシンの内分泌攪乱作用を考えるとき、性ホルモンに支配される組織におけるダイオキシンの作用、ダイオキシンと性ホルモンとの相互作用に関心が持たれる。そこでヒト子宮内膜がん腫由来のRL95-2およびKLE細胞を用いて、ダイオキシン類のスクリーニング手法、ダイオキシンと性ホルモンとの相互作用の検討を行った。TCDDによるCYP1A1mRNAの誘導は、RL95-2細胞では用量依存的な増加が見られ、0.01nMという低濃度から誘導が認められた。KLE細胞では高濃度でのみ低レベルの発現が認められた。TCDD反応性ルシフェラーゼリポーター遺伝子を導入した場合、10nMの TCDDによって、RL95-2細胞においてはルシフェラーゼの活性が数倍に上昇したが、KLE細胞では活性の上昇は見られなかった。KLE細胞はエストロゲンレセプターERαに変異があることが知られている。そこでERαを同時に導入すると、KLE細胞においてもTCDD処理によりルシフェラーゼ活性が上昇し、これは用いたERα量に比例した(図4)。
 以上のことから、子宮内膜がん腫由来の細胞、RL95-2を用いてCYP1A1mRNAの発現もしくはTCDD反応性ルシフェラーゼ活性上昇を指標にダイオキシン類のスクリーニングが可能であることが示された。また、ERαがTCDDによる転写活性のプロセスに正の修飾因子として作用していること、AhRと関連する遺伝子の活性化に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

2) ダイオキシンの曝露とそれによる健康影響との関連
 ダイオキシンによる人体の汚染とその健康影響が懸念されている。特に生殖への影響は感受性が高く、次世代にも影響がおよぶことから大きな関心が払われている。大学の産婦人科の協力を得て、子宮内膜症患者の脂肪組織中のダイオキシン濃度を測定し、症状の程度との関連を検討した。手術を受けた子宮内膜症患者12例、軽症例(Re-AFS分類1-2期)3例(28.8±5.9歳)、重症例(同3-4期)9例(32.6±4.9歳)の計12例について、インフォームドコンセント下に手術時に腹壁より1cm角以下の脂肪組織を採取し、ダイオキシン類を測定した。2,3,7,8-TCDDに換算した毒性等価量 (TEQ)で表すと、軽症子宮内膜症群の11.20±2.89 pgTEQ/gに対し、重症子宮内膜症群では19.88±6.18 pgTEQ/gで、重症例で有意に(p<0.05)高い値を示した。しかしながら、ダイオキシン類濃度は、バックグラウンドで見られる濃度の範囲内であり、今後ライフスタイル等の背景解析を含めた多数例の検討が必要である。

図4  TCDD反応性のリポータープラスミドを一時的に発現させたRL95-2およびKLE細胞におけるERαの存在、非存在下におけるTCDD(10nM)に対する反応性

3. 今後の検討課題

 本研究によって、TCDDの胎仔期・授乳期曝露により、きわめて低濃度で雄の生殖器官、甲状腺機能に影響が引き起こされることを示し、体内負荷量と影響との関係を明らかにした。ダイオキシン類の生殖・発生影響のリスク評価の精緻化のために、生殖・発生影響のメカニズムの研究、ヒトにおける鋭敏なバイオマーカーの開発、ヒトの体内負荷量とバイオマーカーの用量-反応関係についての研究、ダイオキシンの感受性差、種差を規定する要因の解明の研究が必要とされている。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
内分泌かく乱化学物質及びダイオキシン類のリスク評価と管理プロジェクトグループ
健康影響研究チーム
米元純三
Tel 0298-50-2553、Fax 0298-50-2571

用語解説

  • 肛門-生殖突起間距離
     肛門と生殖突起との間の長さで、オスの方がメスより長い。雄の場合はペニスの長さと見なすことが出来る。肛門-生殖突起間距離が短くなることは、メス化と考えられる。
  • 一日耐容摂取量(TDI)
     生涯にわたって摂取し続けても健康に悪影響を及ぼさない一日体重1kgあたりの摂取量。ダイオキシンの場合は、非意図的生成物であり、他の化学物質のように何らかの恩恵を受けるものではないので、許容ではなく耐容という言葉を用いて区別している。我が国ではダイオキシン類の一日耐容摂取量は4pg/kg /dayとされている。
  • 甲状腺ホルモンthyroxine (T4)
     甲状腺ホルモンは恒常性の維持や物質代謝の調節に重要な働きをしている。特に胎児期、新生児期には脳・神経の発達に必須で、この時期に甲状腺ホルモンが不足すると脳神経系の発達に不可逆的な影響がおこる。甲状腺ホルモンは血中では主にT4の形でタンパクと結合して輸送され、標的器官でT3の形で作用すると考えられている。
  • アリルハイドロカーボン(Ah)レセプター
     芳香族炭化水素と細胞内で結合する受容体(レセプター)
  • プロテインキナーゼ
     タンパク質リン酸化酵素。きわめて多種存在し、シグナル伝達の調節などさまざまな細胞機能への関わりが推測されている。
  • 毒性等価量(TEQ)
     ダイオキシン類の量をあらわす単位。もっとも毒性の強い2,3,7,8-TCDDを1として、それに対する相対的な毒性の強さ、毒性等価係数(TEF)とその物質の量との積であらわされる。
  • バイオマーカー
     生体影響指標。ある物質が生体に取り込まれ、生体内で影響を及ぼしたことを示す指標。

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