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1998年3月30日

環境中の有機塩素化合物の暴露量評価と複合健康影響に関する研究
平成4〜8年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-25-'98

はじめに

表紙
SR-25-'98 [2.2MB]

 化学物質の種類は生産量の増加率の数倍の速さで増加している。これは先端産業の進歩と共に、化学製品の多様化、高付加価値化が要求され、それぞれの量は少ないが非常に多種類の化学物質が生産、使用される事によっている。将来も化学物質の種類はますます増加すると予想され、それに伴って、環境への放出も少量ではあるが多種類の放出になることが考えられる。<化学物質による質的低下をもたらさない環境の持続>への危機を防ぐためには、どのような種類の化学物質がどの様な環境にどの位残留し、複合してどの様な影響を環境に与えるかという、化学物質の総合影響評価をする必要がある。
 化学物質の中でも有機塩素化合物は、化合物としての安定性、化学合成中間体としての有用性から、化学工業製品の中でもその種類、割合はきわだって多い。一方化審法(化学物質審査及び製造等の規制に関する法律)に基づいて規制がなされている化学物質の多くが有機塩素化合物であり、有機塩素化合物の安定性、殺菌殺虫作用といった有用性が環境中での難分解性、有毒性につながっていると考えられる。
 本特別研究では、環境に存在する有機塩素化合物の健康影響を体系的に評価するために、環境中の多種類の有機塩素化合物の暴露量評価及び健康影響評価に関する研究を行った。

研究の概要

(1)有機塩素化合物の暴露量評価に関する研究

 このサブテーマではどういう有機塩素化合物がどこに(大気、水、土壌、底質)どれだけあるかの総合評価を目的とした。

 GC/イオントラップ質量分析法による多成分一斉分析によって綾瀬川河川水より133化合物が定量された。このうち、38種類がハロゲンを含む化合物であった。これらの総量は、河川水中の全有機ハロゲン(TOX)の約7%程度であると推定された。また、個々の成分濃度を積算して得られる積算濃度や積算ハロゲン濃度は、総合的な水質指標である全有機ハロゲン濃度やマイクロトックス試験による毒性評価と相関を示した。個々の値を積み重ねることによっても、総合的な指標となりうる可能性が示された。

 前述のように河川水など環境に存在する有機ハロゲン化合物は多岐にわたり、全部を同定・定量することは困難なので、全有機ハロゲン(TOX)を使い発生源の推定を試みた。都市河川(綾瀬川、古綾瀬川)でTOXの季節変動と流域土地利用情報から推定すると、夏季に高い農業排水由来又は工場排水由来のTOX以外に、生活排水由来のTOXがかなり見られた。生活排水由来TOXのうち約45%は予め水道水に含まれていた有機ハロゲン化合物と考えられ、残りの55%は日常の生活活動により使用される有機ハロゲン化合物および水道水中の残留塩素や殺菌漂白剤の使用により塩素化された有機物の和であると考えられる。生活排水に含まれるTOXを削減するためには水道水の殺菌処理過程や家庭用漂白剤への塩素の使用を考慮する必要もあろう。また工場排水由来TOXの排出源として多いと考えられる、紙パルプ工場と下水処理場から排出される全有機ハロゲン量の推定を試みた。

 有機塩素化合物の日本全体の環境放出量の推定は、環境中濃度の分析からだけでは推定が困難である。そこで国内の含塩素製品の生産量から、有機塩素化合物が1年にどのくらい放出されるかを推定した。主要有機塩素化合物43種の用途を考慮して環境への放出量を推定し、放出された各有機塩素化合物に対し環境運命予測モデルを使用して環境媒体の大気、水、土壌、底質への残留量を推定した。そして実測されている環境濃度との比較を行った。その結果、環境への放出総量は揮発性化合物が多く、水や底質中の有機塩素濃度には漂白殺菌により生成する有機塩素化合物が大きな寄与をしていることが認められた(図1)。各々の揮発性化合物残留量は、実測濃度の比を反映していることから、国内生産量を調整することによりリスク管理が可能なことを示唆している。都市河川では漂白殺菌由来物質が有機塩素化合物として大きな部分を占めているので、生態系を含めたリスクアセスメントのためにもこれらの物質の毒性評価をもう少しはっきりさせる必要があると思われる。

 環境への放出量が多い揮発性有機化合物については個人暴露量調査を行い、健康リスク評価を試みた。その結果、人の健康リスク評価をする場合には、一般環境大気中濃度の計測だけでは不十分な化合物が多いこと、また揮発性有機化合物は身近で使用する化合物(特に職業暴露)での注意が重要であることを示した。またユニットリスクに1日平均暴露濃度を掛けて得られる発がんリスクはクロロホルムとベンゼンが大きい値になっており、注意を要する化合物であるということを示した。

図1

(2)有機塩素化合物の複合健康影響評価に関する研究

 有機塩素化合物は広く我々の生活の中で用いられ、殺菌剤や防虫剤としての使用は、直接これらの化合物への暴露も考えられ、また、新規の化合物も次々に市場に投入されていることから、有機塩素化合物の健康影響リスクを評価することは重要な課題と考えられる。そこで有機塩素化合物の健康影響評価の第一段階として in vitroおよびin vivo試験系を用いて毒性評価を行った。ヒト由来の株化細胞(神経細胞、非神経細胞)、不死化ラット肝細胞を用いたin vitro試験系では、in vivoデータとの比較によるin vitro試験系の有用性の検討、および用いる細胞の由来臓器と毒性を評価する化学物質の標的臓器が同一である必要があるかどうかを念頭に検討を行った。胎仔毒性(催奇形性)を検出する系では、2つの物質の混合物の相互作用を検討した。これらのin vitro試験系では、大都市周辺の河川底質において高頻度に検出された9種類の有機塩素化合物、p-ジクロロベンゼン、o-ジクロロベンゼン、p-クロロアニリン、3,4-ジクロロアニリン、リン酸トリス2-クロロエチル、2,5-ジクロロフェノール、2,5-ジクロロアニソール、トリクロサン、トリクロカルバンについての毒性評価を行った。

 ラット不死化肝細胞を使用して得られた9種の有機塩素化合物の細胞毒性と慢性毒性(NOAEL)は投与期間の補正をすると比較的高い相関が認められ、標的臓器を肝臓に限定するとより相関が高くなった(図2)。この結果は、培養細胞を用いて細胞傷害性を評価するためには、用いる培養細胞の由来臓器の種と被検物質の標的臓器とを一致させた方が生体毒性をより綿密に予測するのに適していることを示唆している。逆に、未知試料でのアッセイを行うときには、多種類の臓器由来の細胞を使用する必要性があると考えられる。

 細胞毒性はあまり強くないが発生・分化に特異的に傷害を及ぼす物質は、胎仔毒性、催奇形性のポテンシャルが高いという考えに立つ分化特異的な毒性を検出する系の一つが胎仔肢芽培養法である。この方法は細胞増殖への影響と細胞分化への影響を同時に定量的に評価できることから、in vitroの発生毒性スクリーニング法として有用である。相互作用の解析においても、細胞増殖と細胞分化における相互作用を別々に評価できることから、より多くの情報を得ることができる。有機塩素化合物混合物の相互作用をToxic Unitとisobole diagramを用いて解析したところ、化合物によっても、混合比によっても相互作用は多様であることが示された。

 毒性のメカニズムについての研究では、多塩素化ビフェニル(PCB)およびその関連化合物によるP型グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST- P)遺伝子の発現とその制御についての検討を行った。遺伝毒性については、培養細胞へガス暴露するというユニークなシステムを用いて、室内汚染でも問題となっているジクロロベンゼンについての毒性評価を行った。行動毒性試験はプラスティックの難燃剤として用いられ、廃棄物からの漏出が問題となっているリン酸トリス2-クロロエチルについて行った。

図2

今後の検討課題

 GC/イオントラップ質量分析法では分析が困難な極性の有機塩素化合物が水や底質には多量に残留し、これらはマイクロトックス試験や細胞毒性試験でも毒性が高かった。環境中の有機塩素化合物の全体像をつかむには、これらの物性を明らかにする必要があろう。有機塩素化合物の毒性をin vitroの系を用いて評価することを試みたが、培養細胞の増殖への影響だけでは化学物質のさまざまな毒性を予測することは不可能であった。化学物質の毒性のスクリーニングのためには、いくつかのアッセイ系を有機的に組み合わせたスクリーニング体系を構築する必要がある。また、混合物の毒性の評価のためには、混合物を混合物として評価する手法の開発が必要である。

〔担当者連絡先〕

国立環境研究所
化学環境部計測技術研究室
相馬悠子
(電話 0298-50-2463)

地域環境研究グループ化学物質健康リスク評価チーム
米元純三
(電話 0298-50-2553)


用語説明

  • イオントラップ質量分析法
     四重極質量分析計の一種で、断面が双曲線で表される回転対称四重極電極で特定イオンのみをトラップする方式の質量分析計である。イオンの透過率が良く、感度が高い。
  • 全有機ハロゲン
     有機ハロゲン化合物を熱分解して含まれるハロゲンをハロゲン化水素ガスとし、それを電量滴定により塩素原子濃度に換算して測定する方法で、各々の化合物を分別できないものの、含まれる有機ハロゲン化合物の総濃度を測定できるため汚染実態の把握に有効と考えられる。
  • マイクロトックス試験法
     海洋性発光細菌の発光量の減少によって毒性を評価する試験法
  • 環境運命予測モデル
     ある物質が環境に放出され、移動、媒体間での分配、反応、分解などが起こった結果、環境構成媒体(土壌、底質、水、大気、生物)のどこにどれだけ残留するか環境残留予測をするモデルである。予測モデルには種々あるが、ここではfugacity model IIIで計算された値を使用した。
  • ユニットリスク
     米国EPA(環境保護局)で化学物質の発がんリスクの定量化のために出されたslope factorで、生涯70年間毎日単位濃度(大気では1μg/m3)の化学物質を摂取(吸入)し続けた場合の発がんに至る確率である。
  • 株化細胞
     組織などから細胞を単離して培養し、単一細胞に由来する集団にした細胞を株化細胞という。
  • 不死化細胞
     組織などから細胞を単離して培養し、自然誘発、化学的処理あるいは遺伝子操作などで自立増殖するようにした細胞をいう。
  • 胎仔毒性
     妊娠期間中に母体が受けた物理的・化学的要因などによって胎仔に及ぼされる毒性影響をいう。
  • 行動毒性
     化学物質などにより引き起こされる学習や行動への毒性影響をいう。

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