奥日光外山沢川の水生昆虫
経常研究の紹介
多田 満
国立公園などのように自然に近い地域における河川生態系の構造を明らかにすることを目的として昭和63年4月から,奥日光外山に源を発し中禅寺湖に流入する外山沢川において,生物群集に関する基礎的な研究を行っている。その結果,これまでにいくつかの水生昆虫の生態が明らかになったので報告する。
調査は,当研究所の奥日光環境観測所近くの源流部を調査地点1,中流を調査地点2,下流を調査地点3として行っている。なお,調査地点2と3の間は冬季に伏流する。つまり冬の間この河川の生物群集は二つに分断されることになる。源流から中流にかけては湧水が流入しており,そのため各調査地点の水温は夏季に下流ほど高く,冬季に上流ほど高い(図1)。この水温環境に適応して生息している水生昆虫の生態を明らかにした。
河川勾配が緩やかになる調査地点2では,年間を通して水生昆虫の現存量が大きい。これは,調査地点2の底質がトゲマダラカゲロウやヒゲナガカワトビケラなどの大型水生昆虫にとって住みやすい生活空間となっているからと考えられる。
冬の間水温の高い上流で成長したトゲマダラカゲロウは,雪解け後,一本に繋がった川を春から夏にかけて水温の高い下流へと移動し,成長を早め,6月には調査地点3で羽化直前の成熟幼虫として採集される(図3)。これらの種は,再び上流に移動する手段をもっている。一般に河川に生息するトゲマダラカゲロウなどの水生昆虫は,幼虫の時期に成長とともに下流に流され,体にあったより広い生活空間へ移動するものと考えられる。そして水から外に上がった成虫は交尾の後,川を遡上して産卵を行う。
一般に水量の安定した河川では,網を造るヒゲナガカワトビケラや大型のマダラカゲロウが優占する。1989年の8月の大雨により水位が上昇し(図2 矢印),その後,外山沢川の生物群集の構造が大きく変わった。中流の調査地点2では冬の間,優占していたヒゲナガカワトビケラがほとんど採集されず,それに代わって大型のシマトビケラの仲間であるParapsycheとArctopsycheが非常に多く採集された(図4,5 破線)。一方,下流の調査地点3では,ヒゲナガカワトビケラがこれまで以上に多く採集された(図4 点線)。これは,大水の結果,本種が中流から下流に流されたものと考えられる。また,調査地点1と2では,荒れた川にみられる北方系の大型のオオアミメカワゲラが多くみられた。これは,本種がもともと川岸近くの大きな石の下に集団で生活しており,大水によっても流されにくいためと考えられる。
この他に,羽化トラップを川に設置することでEphemerella aurivillii(マダラカゲロウ科),Amphinemura pentagona(フサオナシカワゲラ属),Asynarchus sachalinensis(クロバネエグリトビケラ属)など数多くの興味深い成虫を捕獲することができた。これらの水生昆虫の多くは,最近ではその生息が知られておらず,奥日光では今回初めて記録された貴重な種といえる。
これからも生物群集を時間と空間の中でダイナミックなものとして捉えるとともに生態系を構成する生物部分として,より構造論的,生物間の関係論的に捉えていきたい。

目次
- 国立環境研究所に向けて巻頭言
- 不破敬一郎前所長の退官記念特別講演会その他の報告
- 地球環境保全に先導的役割を論評
- 環境モデル選択のこころ論評
- 大海に漕ぎ出せ,但しかじ取りを誤らぬように論評
- “誰が研究するのか”論評
- 国立環境研究所の発足に際して論評
- 国立環境研究所への期待論評
- 有機的な連携で論評
- 超目的と社会論評
- 新機構の国立環境研究所への期待論評
- 同じ国立試験研究機関の立場から論評
- 大学との研究交流の推進に期待する論評
- 農薬汚染の水生生物に対する影響調査環境リスクシリーズ(6)
- 地球流体中の非線形波動のモデル化と計算機シミュレーション経常研究の紹介
- アスコルビン酸ペルオキシダーゼのcDNAクローニング研究ノート
- 環境週間について所内開催又は、当所主催のシンポジウム等の紹介
- 新刊・近刊紹介
- 表彰・主要人事異動
- 編集後記