ユーザー別ナビ |

  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2014年10月31日

アオサ類による極端な優占現象は干潟の生態系機能を本当に低下させているのか?

【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「流域圏生態系研究プログラム」から】

矢部徹

 「流域圏生態系研究プログラム」もう少し丁寧に紹介すると「流域圏における生態系機能と環境因子の連動関係の定量評価に関する研究」という研究プログラムには、森林・河川・湖沼・藻場・干潟といった様々な景観における環境因子とそこでの生態系機能との間にみられる連動関係の評価を行う研究班があります。私たちは干潟への侵入種の優占現象が、生物相・水-生物-底質間の物質収支や食物連鎖などの生態系機能へ及ぼす影響を評価すべく千葉県習志野市にある谷津干潟で研究を進めています。ここは私が入所当時に初めて国や市に許可申請を行って立ち入った干潟であり思い出深い場所でもあります。はじめに谷津干潟を簡単に紹介します。広さは約40ヘクタール、平均水深は1m弱で周りをコンクリートで固められた長方形のプールさながらの形状で、様々な経緯のもと湾岸地域の開発から取り残された半自然干潟といえます。谷津干潟に関わる多くの市民の努力で我が国で最初のラムサール条約登録干潟となってから約20年が経ちました。現在では観光をはじめとする習志野市のホームページ全てに谷津干潟の景観がレイアウトされ、市民に重要な生態系サービスを提供していることが理解できます。

 さて、ラムサール登録湿地の谷津干潟と言えば「水鳥」「渡り鳥」「シギ・チドリ」の姿が連想されますし、習志野市だけでなく千葉県や環境省における谷津干潟の紹介等も概ねそのように記述されています。けれども初めて谷津干潟を訪れた人はどんな景観を目にするのでしょう。日中は満潮となる冬でもなければ、だれでも干潟に大量繁茂している緑色の植物を目にするはずです。その正体は海藻のアオサ類で現在の谷津干潟で最も栄えている生物といえます(図1)。この現象はグリーンタイド(緑潮)と言われ、専門的には「アオサ属の異常繁殖と堆積現象」と定義されています。共同研究者の石井裕一特別研究員(当時)が執筆した国立環境研究所ニュース29巻6号では東京湾各所に見られるグリーンタイドを詳しく紹介していますのでそちらも参考にして下さい。日本で見られるアオサ類には、アナアオサ、リボンアオサ、比較的最近に整理され新種とされたミナミアオサ、一部欧州産のアオサも確認されています。また以前はアオノリ属とされていた種も現在はアオサ属に整理されています。一方で食用の「あおさ」として流通しているものの多くはヒトエグサという異なる種です。さて、アオサ類は現場で種を見分けるのがきわめて難しい生物の一つです。形態が酷似している上、ちぎれた浮遊藻体が大半であり、採集して持ち帰って顕微鏡で調べても種をなかなか特定できず、干潟ではグリーンタイドという環境問題が起きているのにその相手が誰だか分からない、という状況が続いていました。それでは困るので私たちは種の特定についても取り組み、タイプ標本と採取標本のDNAを比較解析することで種を決定しています。国立環境研究所ニュース31巻6号では共同研究者の玉置雅紀主任研究員がDNA情報による種分類について詳しく紹介していますのでそちらもご覧下さい。その結果、谷津干潟にはミナミアオサ、アナアオサ、リボンアオサの3種類がおり、そのうちミナミアオサが谷津干潟全域にわたって優占していることがわかりました。

図1 谷津干潟のグリーンタイド
左:航空写真、緑がかって見える部分にアオサ類が堆積している。右:矢印の部分を調査中の著者らを地上で撮影した写真。イラストのキャラクター「アオサくん」は谷津干潟自然観察センターからの提供です。

 さて、アオサ類によるグリーンタイドはいつから谷津干潟で目立つようになったのでしょうか。1990年頃までは見られなかったのですが1995年頃に確認され、その後徐々に増えて2002年には谷津干潟全面積40ヘクタールのうち27ヘクタールでアオサが繁茂していたことが分かりました。そのころから真冬にもアオサが干潟に残るようになり、面積は20ヘクタール程度で推移しています。分布の面積だけではなく他の生物との生物量比較をしてみましょう。時期は12月を選びました。調査の結果得られた単位面積当たりの重量と繁茂面積を乗じた概算でアオサは湿重量で380トンと推計されました。同時期の水鳥を全て足すと概算で30トン、底生生物すなわちゴカイや貝やカニですが、貝殻の重量を除いて計算したところ260トンでした。ちなみに干潟が属する谷津3丁目の人口は約8,700人で560トンと算出されました(図2)。こうしてみると2000年以降、アオサはこの地域においてヒトに次ぐ生物量を持った「多数派」であることがわかります。ですが谷津干潟の紹介にこれだけ繁茂しているアオサ類についての記述はありません。それはなぜでしょうか。

図2 谷津3丁目における生物量比較(12月)
右上地図内のピンクのエリアが谷津3丁目。

 アオサ類は海藻全体を見回すと本来南方の浅瀬に生息する海藻といえます。けれども、暑過ぎるのは私たち同様苦手です。初夏以降、干出時間が長くなりアオサ類が大量に枯死すると同時に気温も上がりますので微生物の活性も高まります。微生物はアオサを分解するときに酸素を消費します。分解物は海水の成分である硫酸イオンと反応し、気になるあの臭い(硫化水素)が発生します。臭いのもとである硫化水素はそれを餌とする硫黄細菌等の微生物にあっという間に食べられ、やがて無臭の硫黄に転換されます。つまり大量のアオサが死んで分解されるとき一時的に臭いが発生し、この臭いこそがアオサ類が嫌われる理由であり、谷津干潟におけるアオサ悪玉論が引き金となった模様です。曰く、アオサのせいで渡り鳥の数が減った、曰く底生生物が壊滅した、曰く人々の健康に被害が及ぶ、という調子です。特定の生物、それも侵入種が爆発的に増えたのですから生態系に及ぼす影響は大きいはずです。しかし視点を変えれば物事の二面性、多面性が見えてくることは世の常、私たちは研究者としてこの通説が本当に正しいのかを確かめる立場から研究を続けています。その視点は生物多様性への影響と物質循環への影響です。

 そこで、かつては一連の前浜干潟であり現在でも底質の鉱物組成や供給される海水組成がほぼ等しい谷津干潟と隣接する三番瀬干潟との比較や谷津干潟内部におけるアオサ類堆積地とヨシ帯周辺などに見られる非堆積地との比較を通じて研究を進めています。その結果、どうやらアオサは悪玉である、とばかりはいえないことがわかってきました。①現在の谷津干潟に棲んでいる様々な生物にアオサ類が新しい生息場や餌場を提供して貢献をしている側面が確認され、生物多様性への貢献していることが確認できました。アオサが真夏の干出している干潟表面を覆うことで、底質中の浅部に棲む生物にとっては温度や乾燥ストレスを緩和することで蝟集効果も期待できます。②物質循環への貢献も分かってきました。アオサ類によって谷津干潟は昼間海水に溶存酸素を供給する場となっています。また、海水から栄養塩や二酸化炭素を吸い上げたアオサが干潟に留まり、アオサが枯死した後も干潟に窒素やリンを貯留することが分かってきました。先述したように谷津干潟は埋立の残存干潟であり、現在では上流から有機物・無機物を供給する河川はありません。その代わりに谷津干潟ではアオサが盛んに内部生産を行い干潟に有機物を貯留することで流入河川の生態系機能を補償していることがわかってきました。③そこで国立環境研究所ニュース25巻5号に詳しい記述のある三次元励起蛍光スペクトル法を用いた水中の溶存有機物の評価を共同研究者の小松一弘主任研究員が行いました。その結果、夏場の上げ潮、下げ潮の海水には難分解性とされるフミン物質様のピークのほかに易分解性とされるタンパク質様のピークも目立っていましたが、アオサと底質の間に溜まっている海水には強いタンパク質様のピーク「のみ」が見られるケースがありました。湖水や海水の測定では多かれ少なかれフミン物質様のピークが見られることが多く、大変珍しいプロファイルだそうで今後さらに解析を進める予定です。④共同研究者の金谷弦主任研究員が谷津干潟の底生動物とアオサ類の炭素窒素同位体比から底生食物網を解析したところ、谷津干潟に優占する底生生物の値は三番瀬干潟をはじめとした東京湾の他の干潟での値よりも数‰高く、また、底生動物の体を構成する炭素の約60%がアオサ由来であると推定されました。アオサ堆積地と非堆積地の比較からは有機物量、安定同位体比ともに違いが見られず、アオサ非堆積地であってもアオサ類由来の再懸濁した有機物が供給されていることがわかりました。

 とはいいましても「色々な役割を果たしていることはわかった。でもとにかく臭いじゃないか。」という不満は周辺住民からは当然起こってきます。そこで、少なくとも悪臭の発生は相当短い時期であることや臭気拡散の範囲は限られていることから、風向きや場所に応じた部分的な生態系管理で対応できるのではないかということで、環境省などと協議して硫化水素の機器モニタリングと腐敗アオサが溜まりにくい工夫についてもあわせて検討して保全対策に協力しています。

(やべ とおる、生物・生態系環境研究センター生態遺伝情報解析研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

矢部徹

 所内外のたくさんの友人に助けられ干潟・藻場・湿地における生態系管理や自然再生に関する研究に携わってきた。アキレス腱断裂・半月板損傷にめげず家族でダブルスができるまではテニスの腕を上げたい横浜市在住、二女の父。

関連記事

関連研究報告書