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2014年10月31日

自然保護区

特集 生物多様性を見守る -視野の広がりと歴史の厚み-
【環境問題基礎知識】

竹中明夫

利用と保全のバランスをとるために

 人間は、農林水産業や狩猟採集の場として使ったり、あるいは建物を建てたり道路を作ったりと、さまざまなかたちで土地を利用しています。ある場所を人間が自分のために使うと、ほとんどの場合、もともとそこで生活していた生き物にとっては暮らしにくくなります。人間はつねに生き物に迷惑をかけながら暮らしていますが、その迷惑の度が過ぎると、生き物を絶滅させてしまうこともありますし、人間が暮らしにくいほど生態系を変容させてしまうこともあります。木を切り過ぎて山がはだかになってしまう場合などがその例です。山の森からの収穫物が得られなくなるだけでなく、土地の保水力がなくなって洪水が起こる、川や海の漁業資源にも悪影響があるなどの不都合が生じます。

 いっさい自然に迷惑をかけないようにしようと思ったら、人間は地球から立ち去るしかありませんが、そんな選択に賛成する人は多くないでしょう。いっぽう、使えるだけ使ってしまえ、あとのことは知らないよ、と開き直る人も決して多数派ではないはずです。200近い国と地域が締約国となっている生物多様性条約でも、生物多様性を守ることとともに、持続可能な利用、すなわち将来にわたって安定して自然を利用しその恵みを得ることをその目的に掲げています。迷惑をほどほどに抑え、保全しながら上手に利用していこうという考え方です。

 土地を利用しつつ、自然に負荷をかけすぎない方法のひとつは、この場所は人間のために利用するけれど、あの場所は生き物や生態系を守ることを優先する、という土地の区分けをすることです。自然を守るために人間活動を控える地域として設定されるのが自然保護区です。利用と保全の優先のしかたは、どちらかが100%とは限りません。人間活動の制限の度合いをさまざまに変えることでより柔軟な調整が可能になります。

 生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)で採択された保全の目標(愛知ターゲット)のなかでは、少なくとも陸域の17%、海域の10%を保護区とすることが定められています。現在、世界では陸域の13%、海域の1.6%(沿岸域に限ると7.2%)が保護区となっており、いずれも一層の取り組みが必要ということになります。ただし、これらの目標には科学的な根拠があるわけではなく、外交交渉のなかでの妥協点ともいうべきものです。

日本の自然保護区

 日本には保護区を定める制度がいくつもあります。その中で一番大きな面積を占めるのは自然公園法にもとづく公園です。国立公園、国定公園、そして都道府県立自然公園がこれにあたります。このうち国立公園は国が指定し管理するもの、国定公園は国が定めて都道府県が管理するもの、そして都道府県立自然公園は都道府県が指定し管理するものです。これらをすべて合わせると日本の面積の14%あまりになります(図1)。いずれの公園も全域を一律に保全するのではなく、特別地域、利用調整地区など規制内容が異なるいくつかの地域が設定されています。

図
図1 自然公園法にもとづく3種類の自然公園の分布

 日本の国立公園は、自然公園法の前身である国立公園法にもとづいて1934年に3ヶ所が指定されたのが最初です。その後、1957年に自然公園法が定められました。現在、全国で31ヶ所の国立公園があります。なお、もともと自然公園法は景観の保全を目的としていました。生物多様性の保全が自然公園の目的として明記されたのは2010年と、意外なことにずいぶん最近のことです。これはちょうど生物多様性条約COP10が名古屋で開かれた年です。

 アメリカ合衆国の国立公園は、1872年に世界で最初に指定されたイエローストーン国立公園を含めすべて国有地です。いっぽう、日本の国立公園の所轄官庁は環境省ですが、公園面積のほぼ1/4は私有地です。また、12.5%が公有地で61.6%が国有地ですが、国有地のほとんどは林野庁が所轄する国有林です。

保護区設定の難しさ

 保護区の設定場所を決めるにあたって考えないといけない要素はいろいろあります。まず、どこにどのような生物が分布し、どのような生態系が形作られているのかを知ることが必要です。そのうえで、多様な自然がバランスよく守られるように場所を選ぶ必要があります。たとえば、高山植物だけに注目して保護区を作ると、保護区は高山ばかりとなり、低地の生物はまったく守られないことになってしまいます。

 また、土地にはさまざまな権利関係があります。利害関係者の調整をしたうえでないと、人間の利用を制限する保護区の指定はできません。社会制度や公園の制度によりますが、この調整はそう簡単ではありません。日本のように、自然公園の土地の所有者・管理者が公園の所轄官庁とほとんど一致しないとなると、なおさらです。一般論では生物多様性・生態系の保全には賛成する人も、自分の暮らしに制限がかかるとなると無条件では賛成できません。場合によっては土地の買い取りや補償も必要になってきます。そうしたコストも考えながら多様な自然を将来にわたってバランスよく保全するというのはかなり複雑な問題です。保護区の選定手法は、保全生態学の大きな研究課題のひとつとなっています。

設定してからが勝負

 保護区は設定して終わりではありません。たとえば愛知ターゲットにしたがって陸域の17%を保護区にしたらそれで安心とはいきません。守るべきものが守られているかを見守り、必要に応じて適切な管理をする必要があります。愛知ターゲットでも保護区が効果的に管理されていることを求めています。禁止されているはずの開発行為や、密猟・盗掘などが行われないようにすることは当然です。地域によっては密猟対策が命がけの取り組みになっているところもありますし、日本でも希少な植物の盗掘は後をたちません。

 やっかいなことに、人が立ち入らなければ守れるというケースばかりではありません。たとえば、現在、日本各地で増えすぎたシカの食害が植物にとって深刻な脅威となっています。シカが食べる植物はほぼ全滅し、シカが嫌いな種類だけがはびこっているといった状況があちこちで見られます。こうした問題は人が近づかないだけでは解決しません。外来種がはびこって悪影響をもたらしている場合も同様です。

 また、人手が入ることで維持されていた生態系を守ろうとするなら、人間による管理を続けなければいけません。生活スタイルの変化により従来の管理がされなくなった生態系では、これが簡単なことではありません。家畜の放牧、火入れ、刈り取りなどにより維持されてきた草原はその典型的な例です。一万年前の最終氷期からの生き残りの植物や、それに依存する昆虫の生活の場である草原は、放置するとやがて森になってしまい失われます。

 法制度の整備、保護区とする場所の適切な選択、そして保護区内での日常的な管理まで揃ってはじめて保護区による生物多様性と生態系の保全が実現します。どのステップも容易ではありませんが、自然共生社会の実現を目指すなら、いずれも疎かにできません。

(たけなか あきお、生物・生態系環境研究センター 上級主席研究員)

執筆者プロフィール

竹中明夫

 ある知り合いが、人間は何歳ぐらいまでトレーニングで体力を伸ばせるか医師に尋ねたところ、「灰になるまで」がその答えだったとか。私も灰になるまで頭も体も使いながらいろいろ楽しんでやろうと思っています。

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