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2000年12月31日

海域保全のための浅海域における物質循環と水質浄化に関する研究(特別研究)
平成8〜10年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-32-2000

1.はじめに

表紙
SR-32-2000 [2.5MB]

 浅海域、特に干潟は、水産資源にとって重要なばかりでなく、自然環境保全上その役割の重要性が認識されつつある。さらに、浅海域は、高い有機物分解速度などから水質浄化能力が高いと言われている。環境基本計画でも、自然海岸・干潟・藻場・浅海域の適正な保全、人工干潟・海浜などの適切な整備、特に内湾の環境について富栄養化の防止等を推進するよう定められている。
 一方、現在まで、浅海域の機能が十分に認識されていなかったこと、開発による環境影響を評価するのにも定まった手法がなかったこと等から、過去に行われた開発は、環境への配慮が必ずしも十分でなかった。富栄養化は陸域からの負荷と同時に、底泥からの溶出のような浅海域での栄養塩の挙動も考慮されるべきであるが、この点に関する現在の科学的知見も、まだ不十分といえる。
 したがって、浅海域環境の保全を図る為には、科学的な調査法・評価法が更に進歩する必要がある。本特別研究では、現場調査・室内実験・数理モデル等を用いて標題の研究を遂行し、浅海域の機能とともに、その重要性を明らかにすることを目的とした。

2.研究の概要

(1)東京湾奧部における浅海域の特徴

 本研究では、浅海域において、現場調査・室内実験等を基に、水界生態系・底泥での、一次生産・摂食・分解等による、炭素・窒素・リンの物質循環を明らかにすることを目的とした。本研究の主要な部分では、浅海域の一つの例として、東京湾奥にある三番瀬を調査対象とした(図1)。三番瀬は水産資源の確保の観点からも重要な浅海域であり、冬にはノリの、通年ではアサリやバカガイの漁獲がある。本研究では、三番瀬で、2〜4回/年の頻度で水質調査や潜水夫による採泥や生物採取を行い、底生生物(マクロベントス・メイオベントス)の存在量を調査するとともに、その沖合の湾央部における水質・底質・生物量などを調査し、比較した。その結果、浅海域環境の特徴として次の点が示された。

1)湾央部では、夏期に底層が貧酸素状態になったが、三番瀬における溶存酸素は、3〜6mg/lの幅であり生物の生息に十分であった。

2)隣接する海域よりも三番瀬内で溶存酸素が低く、pHが高かった。また、満ち潮(外部から海水が流入)時にクロロフィルa濃度が高くなり、アンモニア濃度が減少した。これらのことから、三番瀬では、有機物の消費が生産を上回っていたと考えられた。

3)三番瀬内の底泥は、全体として細砂で構成されており、有機物が多く堆積した湾央部の底泥と大きく異なり、泥分率、含水率や強熱減量が小さい値であった。

4)三番瀬内では、湾央部に比べ底生生物種数・生物量とも多く、湿重量比では、軟体動物、多毛類、甲殻類の割合が98%以上を占めた。中でも、二枚貝の生物量が多く、浅海域での物質循環における二枚貝の重要性が示された(図2)。

5)湾央部では、夏期に、底層が貧酸素化していたため、生存個体は極めて少なかった。

6)底泥のクロロフィルaやその分解物の分布から、浅海域のほうが有機物分解が活発であることが分かった。

(2)プランクトン生態系を通じての物質循環の実証的研究

 海域生態系の機能の一つとして食物連鎖に関連した物質循環を定量的に明らかにすることが本研究の目標の一つである。瀬戸内海家島での現場調査・現場実験で、従来扱われてきた植物プランクトンから始まる食物連鎖に加え、従属栄養性渦鞭毛藻類による植物プランクトンの捕食、尾虫類によるバクテリアの摂食などが重要な役割を果たすことを明らかにした(図3)。さらに、水中で生産された有機物が、どの程度底泥に沈降し底生生物に利用されるかを調査し、水中の生態系と底生生態系の連係の解析を行った。

1)内湾域における植物プランクトンによる一次生産は、カイアシ類のような大型の動物プランクトンに直接取り込まれると考えられてきたが、一次生産のかなりの部分が従属栄養性渦鞭毛藻類や繊毛虫といった小形の原生動物プランクトン(microprotozooplankton; MPZ)に取り込まれる。カイアシ類Oithona similisは MPZを主要な餌として利用して成長する。このことによって、暖期においてはMPZ群集の消長をコントロールしうる。

2)夜光虫は珪藻赤潮とともに個体群を拡大し、その生産量は、これまで植物プランクトンの主たる捕食者と考えられてきたカイアシ類の生産量に匹敵する。

3)瀬戸内海における調査期間中に、原索動物であるウミタル(Dolioletta gegenbauri)の大増殖が起こり、珪藻赤潮を数日のうちに消滅させた。

4)夏の播磨灘における物質循環では、これまで注目されなかった原生動物(従属栄養性渦鞭毛藻類、夜光虫、繊毛虫等)・尾虫類(オタマボヤ)や、これらを介した食物連鎖経路が重要である(図3)。

5)植物プランクトンによる一次生産はプランクトン群集によって捕食されるだけではなく、そのかなりの部分は沈降して底泥に供給される。夏の一ヵ月を平均して、底泥に供給される有機物量は0.7gC/m2/d程度であった。これは、動物プランクトン群集が植物プランクトンを捕食する量と同程度であり、物質循環として水中と底泥の相互作用が重要であることが示された

(3)東京湾奧部における底生生物による水質浄化

 水質浄化能は、浅海域の持つ機能として重要なものの一つである。調査対象である三番瀬では、底生生物として二枚貝が卓越したことから、二枚貝に着目し、その水質浄化能力を調査した。三番瀬における二枚貝の水平分布を調査し、また、二枚貝、特にシオフキガイの呼吸速度、海水ろ過速度、排泄速度を室内実験で求めた。これらの値を用いて三番瀬における底生生物による水質浄化能を考察した。

1)三番瀬の船橋側5定点、行徳側12定点を設け、アサリ採取用の大巻漁法により1m曳きを行い、シオフキガイを含むマクロベントスを採取した。マクロベントスの水平分布を調査した結果、個体数では多毛類と甲殻類が優占し、生物量(湿重量)ではアサリ、バカガイ、シオフキガイの二枚貝が、3種で全体の約83%を占めた(図4)。

2)シオフキガイは船橋側では全点で出現し、軟体部乾燥重量(乾重)で表した生物量は、三番瀬全体の平均値で、2.35g/m2であった。

3)二枚貝のようなろ過食性の生物について、ろ過速度と呼吸速度、及びアンモニア排泄速度の関連を調べるために、これらを同時に計測できるような装置を開発した。装置は内径11cm、高さ20cmのアクリル製容器と恒温水槽及び計測部からなる(図5)。この装置を用い、シオフキガイ各個体における上記項目間の関連や、その季節変化を測定した。

4)測定された呼吸速度・ろ過速度はともに水温の高いときに高かった。軟体部乾重あたりの呼吸速度・ろ過速度は、重量の小さな個体ほど大きかった(図6、7)。

5)シオフキガイの軟体部乾重あたりの海水ろ過速度は、平均値で3.0L/g軟体部乾重/hであった(図7)。

6)シオフキガイの軟体部乾重が0.3〜0.9gの個体について、摂食速度、糞排泄速度、偽糞排泄速度、アンモニア排泄速度は、それぞれ536,70,70,30mg-N/g-軟体部乾重/hの値が得られた。これらから摂食量の約74%の窒素が同化(浄化)されるものと推定された。

7)三番瀬における二枚貝の海水ろ過速度は、シオフキガイにより169L/m2/d、アサリ、バカガイを加えた3種の二枚貝の合計で442L/m2/dと計算された。これは、二枚貝が一日当たり0.44 mの高さの水柱をろ過することに相当し、二枚貝による水質浄化が大きいことが示された。

(4)海域についての住民意識について

 海域の社会的価値の評価というと、水産資源としての価値、リクリエーションの場としての価値、あるいは景観価値が考えられる。ここでは、このように項目を挙げてその価値を検討するのでなく、直接に近辺住民に海域についてどの様に考えているかを尋ねることにして住民意識調査を行った。大規模開発に対する住民の意識をみるため、瀬戸大橋を例にとり、瀬戸大橋の本州側、四国側の接岸地近くに居住している住民を対象に、選択肢式と自由記述式の調査を併用した。調査地は、(1)香川県坂出市内(坂出)、(2)岡山県倉敷市児島地区南部(下津井)、(3)同児島地区内児島駅周辺部(児島)の3地域を選定した(表1)。

1)瀬戸大橋と海とのかかわりについて、汚染、景観、自然との調和の3項目について選択肢式で尋ねた結果、すべての調査地域で80%以上の回答者が汚染への影響はないと評価していた。他の2項目についても肯定的な評価の方がかなり上回ったが、漁業を主な産業とする調査地域である下津井では否定的な評価の割合が高かった。

2)瀬戸大橋についての利便性、地域への影響、問題点などを自由記述式で尋ねた結果、香川県坂出と岡山県下津井・児島の調査地域の間で、橋の便利さや橋の利用についての意識に違いが見られた。

3)自由記述式で瀬戸大橋の現状を尋ねた結果、「通過点」という記述が多く見られた(表1)。この言葉の意識の関連性を自由記述回答の中の単語集合をクラスター分析することによって調べた。その結果、四国側では、種々の地域産業の停滞などの関連性が高く、岡山県側では観光との関連性が高かった。

3.今後の検討課題

 浅海域の生態系を評価するためには、従来の環境影響評価で行われたような生物の現存量の調査だけでなく、将来は、本研究で行われたように、水質浄化能や物質循環と言った浅海域の機能について評価されることが、ますます重要となるであろう。「環境影響評価法」が平成9年6月には公布され、平成11年6月に施行される運びとなった。今後、新規に行われる開発に対する本法の下での環境影響評価では、こうした浅海域の機能に関する評価が含まれることとなる。また、本法では、住民参加が基本的事項として求められている。本研究では、浅海域の機能評価、あるいは住民意識を考慮した影響評価手法の開発などについて基本的な取り組みを行った。しかし、浅海域の機能を環境影響評価の中で取り上げる具体的な手法を提案するまでには至らなかった。本研究で不十分であった点を改良し、今後、それらを組み込んだ総合的な評価手法の開発に向けて研究を進展させていきたい。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
地域環境研究グループ
海域保全研究チーム
木幡邦男
Tel 0298-50-2438, Fax 0298-50-2570,
e-mail kohata@nies.go.jp

用語解説

  • 浅海域
     学術的に定まった用語ではないが、ここでは、藻場・干潟等を含み、海底まで光が届く範囲である水深が5〜10m程度より浅い沿岸部として扱っている。
  • 底生生物(ベントス)
     水中でなく、主に湖沼や海域などの底に棲む生物。このうち、網目1mmの篩を通過する小さいものをメイオベントスと、また、篩に残る大きい方をマクロベントスと呼ぶ。図2に示した軟体動物、多毛類、甲殻類などはマクロベントスであり、線虫はメイオベントスの例である。
  • 従属栄養性渦鞭毛藻
     植物プランクトンの一種である渦鞭毛藻には、葉緑素(クロロフィルa)を持ち、光合成を行うもの(独立栄養)がある。一方、形態などから同じ渦鞭毛藻に分類されながら、他者が生産した有機物を摂食して生存するものもあり、これを従属栄養性渦鞭毛藻と呼ぶ。
  • 二枚貝による水質浄化
     アサリ、シオフキガイ等の二枚貝は、入水管、出水管をとおし海水を交換することで、餌となる植物プランクトン等の有機物をろ過により摂食したり、海水中の溶存酸素を用いて呼吸を行っている。水中に懸濁している植物プランクトン等の有機物を、ろ過摂食して成長に用いたり、呼吸により炭酸ガスと水に分解することから、有機汚濁を減少させ水質を浄化すると考えられる。
  • 自由記述式調査
     本研究の住民意識調査には、一部、自由記述式の調査を用いた。この方法では、調査対象者にある質問を示して、単語、句、文いずれの形式を問わず自由に回答してもらう。句と文章は単語に分解し、助詞などを除いて整理して個々の単語を得る。得られた単語の地域ごとの出現頻度と頻度順位を検討する。また、単語を調査地域ごとにクラスター分析をすることによって、住民の地域ごとの主題にかかわる概念が見いだされる。

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