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2014年8月29日

環境が子どもたちの健康に与える影響を探る

【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「小児・次世代環境保健研究プログラム」から】

中山祥嗣

なぜ子どもなのか

 近年、化学物質などが人の健康に及ぼす影響についての研究分野(環境保健研究)では、子どもに対する影響が特に注目されています。欧米などでは子どもに特有の影響を評価するプログラムやそれを専門に研究するセンターが各地に新設されていますし、日本でも2011年に環境省事業として「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」が開始されました。エコチル調査は全国15カ所の調査拠点(ユニットセンター)で妊婦さんにご協力をいただき、出産後はその子どもを13歳になるまで追跡調査し、環境が子どもたちの健康にどのような影響を与えるかを調査するものです。国立環境研究所は中心的役割であるコアセンターとして、調査の企画や進行を行っています。

 では、なぜ子どもに注目するのでしょうか。世界保健機関(WHO)が2008年に世界の保健・医療関係者用の研修パッケージを出版し、その中で「子どもは小さな大人ではない」というスローガンを掲げ、子どもの環境保健の推進を促しています。子どもたちが成長するには健全な環境が必要です。ここでの健康というのは、ただ病気がないというだけではありません。WHOは「子どもは小さな大人ではない」とし(表1)、現在のそして将来の子どもたちが成長し、発達し、遊び、学ぶための健全な環境を作り、子どもたちを有害な環境から守ることが、大人たちの使命であると訴えています。

表1 子どもは小さな大人ではない
1.大人とは違う、独特の曝露状況 胎盤や母乳経由の曝露、何でも口に入れる性質、地面に近い姿勢、這い回る行動、体表面積対体積比が大、危険回避ができない
2.急速な生理的発達過程  未熟な体で大人とは違う反応、それぞれの器官の決定的な発達時期での曝露の影響
3.長い余命  大人よりも長く有害環境に曝露される可能性
4.政治的に無力  安全な生存を大人に頼るしかない、特別な保護が必要

 子どもたちが健やかに成長することのできる環境を作ることが、人類という種が、他の生物と共存し長く繁栄するために重要なことなのです。

環境をどうはかるか

 私たちが考える有害な環境とは、有害化学物質や物理的傷害、感染に加えて、貧困、栄養失調、児童就労など、子どもたちがその中で成長するすべての環境です。国立環境研究所では、その中でも特に有害化学物質が子どもたちに及ぼす影響について研究を行っています(小児・次世代環境保健研究プログラム)。そのときに重要なのが、子どもたちがいつどのくらい有害な化学物質に曝露されているかを、一人一人の子どもたちについてできるだけ正確に把握することです(曝露とは、有害物質などにさらされることをいいます)。一人一人の曝露と、それぞれの健康状態との組み合わせを解析することで、どのような化学物質にいつどれだけ曝露されると、健康に悪い影響があるかがわかってくるのです。曝露の評価には様々な手法が用いられます。私たちの研究室ではプログラムの一環として、血液や尿などの生体試料を分析することで化学物質への曝露量を評価する方法(バイオモニタリング)や食事からの化学物質摂取を推計する調査票の開発、様々な経路(経口、経気道、経皮など)からの汚染物質曝露を推計する数値モデル解析手法の開発などを行っています。

バイオモニタリング

 生体試料を用いた汚染物質への曝露評価(バイオモニタリング)は、健康影響に直接結びつく汚染物質の曝露総量を知る方法として重要です。一般的には血液や尿などの比較的採取が容易な試料が用いられます。バイオモニタリングは様々な国のプログラムとして実施され、その結果が化学物質管理政策に活かされています。近年、分析機器や技術の発展により、より多くの化学物質がより低い濃度まで測定できるようになりました(高感度分析)。子どもに焦点を合わせた(A)バイオモニタリングやエコチル調査のような大規模コホート研究(コホート研究とは、多くの人々を長期間にわたって追跡し、環境など様々な要因と健康状態との関係を調査する研究をいいます)の場合、倫理的な制限や輸送・保存の費用の制限から、参加者から採取できる生体試料(血液、尿、母乳など)は量が限られています。さらに、その少量の試料からできるだけ多数の化学物質を測定することが、科学的にも倫理的にも求められています。そこで、私たちの研究室では、従来別々に測られていた化学物質を同時に多数分析する方法(一斉分析法)や、人の手で行っていた試料前処理(より微量の化学物質を検出するために、濃縮したり、試料中の妨害物質を取り除いたりする処理)を自動化する方法の開発を行っています。一斉分析法としては、例えば、通常別々に測定されることが多い血中の鉛やカドミウムと水銀を同時に感度よく測定できる分析法を開発しました。これにより必要な試料量を半分以下に減らすことができ、エコチル調査に応用することで、鉛やカドミウム用と水銀用にそれぞれ2本採取してあった血液試料が1本ですみ、もう1本は他の項目の測定に使用し、貴重な試料を有効に活用できるようになりました。

環境負荷の少ない分析法開発(グリーンケミストリー指向)

 私たちの研究室では前処理を自動化する分析を開発し、バイオモニタリングや環境試料の測定に応用しています。この方法を用いると、必要な試料量を大幅に縮小できるだけでなく、抽出などの前処理や分析に必要な有機溶媒などの化学物質の使用量を削減することができます。私たちは、アメリカ環境保護庁(US EPA: United States Environmental Protection Agency)研究開発局(ORD: Office of Research and Development)の研究者と共同でフッ素化アルキル酸化合物(PFOS: perfluorooctane sulfonic acid、PFOA: perfluorooctanoic acidなど)の自動前処理質量分析法を開発しました。これにより、従来約1 Lの水道水試料が必要な分析を約10 mLの試料でできるようになりました(図1)。EPAの試料は、他の化学物質の測定にも使われ、最終的に残ったのは10 mLほどでしたが、従来の方法では試料量不足で分析不可能だったものが、新しい分析法により分析可能になりました。この方法は、バイオモニタリングにも応用可能で、エコチル調査でも採用される予定です。

図1
図1 オンライン固相抽出液体クロマトグラフィ質量分析法概念図
(A)試料導入時のバルブ位置。試料が前処理カラムに濃縮されています。
(B)試料抽出・分離時のバルブ位置。前処理カラムから目的化学物質が抽出され、分離カラムで分離された後、質量分析計で測定されます。

 このように、試料の分析をできるだけ自動化し、かつ試料量や分析に使用する化学物質の量をできるだけ少なくする分析法は、環境研究そのものによる環境負荷の低減につながります。試料量の削減により、試料の運搬や保管に必要なエネルギーの削減につながります。EPAとの共同研究では、アメリカからの試料輸送を伴いましたので、その効果はいっそう大きかったと考えられます。また、分析に使用する化学物質(有機溶媒など)の量が少なくなり、環境中に廃棄・排出される化学物質の量を削減することができました。これは、国際的に取り組まれているグリーンケミストリー(化学製品の生産から廃棄までのすべての過程において、人や生態系に与える影響を最小限にし、且つ経済的効率性を向上させようとする次世代化学工業の改革運動)の一環とも言えます。このように、私たちの研究室では、環境研究そのものを環境負荷の少ないものにする取り組みを進めています。

これから

 ここでご紹介したのは、先導研究プログラム「小児・次世代環境保健研究プログラム」で行われている研究のほんの一部です。当プログラムでは、環境が子どもや次の世代に及ぼす影響を研究するために、化学物質の毒性メカニズムの研究や分子生物学的な影響評価なども行っています。また、環境疫学という、人の集団への影響を調査する研究について、子どもの環境疫学に必要な新しい統計学的解析手法の開発なども行っています。これから、私たちの研究室では、健康に影響を及ぼす未知の化学物質の探索のための手法開発(メタボロミクス、アダクトミクスなど)などの最先端の研究を行い、上記の毒性・影響研究や環境疫学研究と連携しながら、子どもたちやさらにその子どもたちにより良い環境を伝えるための研究を行っていきます。

(なかやま しょうじ、環境健康研究センター総合影響評価研究室長)

執筆者プロフィール

中山祥嗣

 もとは物理学者になりたかったのですが予定を変更し小児科医を目指して医師になりました。大学院に進む際に予定を変更し、公衆衛生学を専攻し、2005年から 6年間米国EPAに勤務しました。そのまま永住するつもりでしたが、さらに予定を変更し、日本の環境研究を世界一にするために国立環境研究所に赴任しました。さて、次の予定変更はいつでしょうか。

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