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2014年8月29日

科学からみた「環境リスク」と社会からみた「環境リスク」

特集 リスク管理の戦略的アプローチ:リスク問題への分野横断による取り組みの重要性
【環境問題基礎知識】

松橋啓介

 環境リスクとは、人間活動から生じた負荷が原因となって、環境中を経由して、人の健康や自然生態系などに望ましくない影響が起きる可能性のことで、その確率と被害の大きさで表されます。ある環境リスクの水準について「影響がない」とは、科学的には、「影響が生じる確率が無視できるほど小さい」こと、言い換えると「影響があることの証拠がない」ことを意味します。その一方で、社会の中では、「影響がないことの証拠がある」と誤解されることもあります。しかし、「影響がないことの証拠」を科学的に示すことは、ある事象がまったく存在しないと証明することと同じく、多くの場合にほとんど不可能です。徹底的に調べ上げるためには、膨大な予算と時間がかかるからです。そこで、科学では、限られた予算と時間の中で、ある程度の数のデータをもとに、二つのグループの値の差を統計的な手法を用いて識別することにもとづいて、影響があるかないかを判定する方法が採用されます。

 このように説明すると、環境リスクの問題の有無は、科学のみによって判断できるかのように聞こえるかもしれません。ところが、そもそもどのような影響を対象とするのか、どういう基準で判断するのかについては、社会的な判断が重要になります。中谷内一也氏は2008年の著書『安全。でも、安心できない・・・』で、「さまざまな分析的(科学的)な手法(中略)は、もともと感情的(経験的・社会的)なシステムが目指していた、生き残りという目的に向かう判断の合理性を拡張するためのものに過ぎない(括弧内筆者)」と述べています。このように、科学の役割は、社会的な判断を、合理性の側面から支援することにあると考えられるからです。

 ある環境リスクに対する理解を科学と社会の間で共有するためには、まず、どのような事象について、望ましくない、避けるべき事象として述べているのか、反対にどのような事象については述べていないのかを明らかにする必要があります。その上で、社会的に関心がもたれる事象について、科学的に調べ、情報を提供することが重要です。環境リスクの評価は、たとえば発がん性など、人の命への影響を小さくすることを出発点として行われてきました。この場合、人の命への影響が避けるべき事象となります。しかし、人の命に関わるリスクが減少するにつれて、病気や体調不良による活動の低下が避けるべき事象になる場合もあります。また、生物・生態系への影響が、人への間接的な影響のおそれ、環境汚染の警鐘、生物多様性資源の保護といった観点から避けるべき事象となることもあります。他にも、資源・エネルギーの浪費、経済的な損失、生活上の制約なども避けるべき事象となりえます。さらには、リスクをともなう人間活動が、社会の持続可能な発展の目標にかなうかどうかを、メリットを含めて総合的に判定することが重要になってきています。

 次に、判断の基準について、理解を共有する必要があります。また、社会的な基準をもとにして、科学的な測定を行い、評価の情報を提供することが重要です。たとえば、リスクの顕在化を事前に回避するためには、人の死亡の数を直接的に数える方法では不十分です。より安全な状態でリスク因子を管理するためには、有害物質の環境中の濃度やそもそもの排出量あるいは使用量を測定し、管理することが行われます。問題の有無を判断するために、これらの濃度などを他地域や従前と比較して、その差を観察することが行われます。環境基準が設定されていれば、こうした判断をより容易に行うことができます。ただし、環境基準は、動物実験の結果などから推定した影響に基づいて設定されています。たとえば、短期間高用量の動物実験を通じて「影響があることの証拠がない」水準の値を求め、さまざまな違いによる不確実性を安全側にみるように配慮して基準値を推定しています。たとえば、人と実験動物との違い、敏感な個体と集団の平均との違い、長期間低用量と短期間高用量との違い、単一の物質による場合と複合的に物質が関係する場合との違いなどです。これらの、「こうした違いを考慮して、危険性がさらに10分の1になるように値を決めました」といった情報についても、理解を共有することが望ましいと考えられます。

 さらに、社会的には、影響の大きさや確率だけでなく、その性質も判断の基準に影響します。一方的に押し付けられた、対応策を取ることができない、きわめて影響が大きい、回復できない、まだ良く知られていないといった性質を持つ影響は、社会的に受け入れられにくいことが知られています。

 こうした観点から、人々が環境リスクとして懸念する要因・因子について考察するために、2013年3月にWeb調査を行いました。たとえば、図に示すような内容などについて、どの程度心配と考えるかを 10段階で回答してもらいました。その結果、「人への影響が良く分かっていない」「行政が信頼できるのか良く分からない」「物質が明らかに検出された」「影響が前よりも明らかに大きい」「影響が他地域よりも明らかに大きい」ときには、懸念が特に強まる傾向にあることが分かりました。次に、15年前の調査で関心が大きかった化学物質に関するリスクと今回調査で関心が大きい放射線に関するリスクを対象として、それぞれをより心配する回答者のグループの間で、懸念を強める要因の違いについても観察しました。化学物質のリスクを心配する回答者は、「科学的情報が信頼できるのか良く分からない」「その他の思わぬ影響がないのか良く分からない」「行政が信頼できるのか良く分からない」「影響が他地域よりも大きい可能性がある」ときには、懸念を強める傾向が相対的に強いことが分かりました。放射線のリスクを心配する回答者は、「研究結果が確からしいのか良く分かっていない」「影響を回避できるのか良く分かっていない」「年齢や体質による影響の違いが良く分かっていない」「物質が検出された可能性がある」「物質の濃度が基準値よりも高い可能性がある」「物質が明らかに検出された」ときには、懸念を強める傾向が相対的に強いことが分かりました。これらの懸念を強める要因を和らげるためには、科学の側は何ができるでしょうか。良く分からないとされることがらを解明するとともに、物質の濃度や影響の差異に関する調査データを収集し、これらを社会に対して分かりやすく説明することが重要と考えられます。

図 社会的に「問題がある」と判断される「しきい値」に関する設問例

 このように、社会からみた「環境リスク」をもとにして、科学的な取り組みを進めて行く必要性が増していると考えられます。

(まつはしけいすけ、社会環境システム研究センター環境経済・政策研究室長)

執筆者プロフィール

松橋啓介

 入所1年目に開催した比較リスク研究会の後に撮った写真です。当時25歳の若者には難しいテーマでしたが、久しぶりにリスク研究に取り組む現在43歳の中年にも難しいテーマです。定年までには何とか・・・。