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2013年2月28日

DNAバーコーディング

●特集 DNAを通して自然を観る●
【環境問題基礎知識】

高村 健二

 あなたが近所のスーパーマーケットへ夕食の材料を買いにいったとします。売り場に高級な魚の切り身がお手頃価格で並べられています。あなたはすぐに飛びついて、買い物カゴに入れてしまうかもしれません。だが、ちょっと待って下さい。少し怪しいとは思いませんか。安すぎます。でも、見たところおかしくはないし、結局はレジをすませて、こんな味なのかなと思いつつ食べてしまいます。最近は食品の表示が丁寧になって、このような心配は少ないでしょう。しかし、表示が正しいか検査する場合に役立つのがDNAバーコーディングです。

 日々のくらしの中で私たちは沢山の生き物と出会います。身近なペットや植木・草花・野鳥だけでなく、料理の材料を生む家畜・魚・野菜・果物、さらには形を変えられていますが、材木・紙・薬などもあります。旅で野山や海岸を訪れると、もっと多くの生物に会うし、そもそも目に見えにくい微生物もいます。これらの生物は、姿形が違えば別の生物、別の種として認められがちですが、科学的にはタイリクオオカミと同じ種とされる犬を見れば、姿形が全てではないことがわかります。

 私たちがよく知る生物であれば姿形をうまく見分けて区別することができますが、私たちがよく知らない生物の方が多いことも事実です。とりあえず姿形で区別するとしても、それではよくわからない場合にどうすれば種を区別できるのでしょうか。

 ここで役に立つのがDNAです。DNAは遺伝子を構成する有機分子ですが、主成分として4種類の塩基が含まれます。略称でA、G、C、Tと表記されます。この塩基がDNAの中で一列に並ぶ、その配列順が遺伝情報、つまりDNAの働き方を決めます。例えばどのようなタンパク質が生成されるかを決めます。

 DNA塩基配列の中には、生物種によって配列のちがう部分があります。この配列を利用することで種を区別できます。このような配列のちがいの元になるのは中立的な突然変異、すなわち生物が生きていけるかどうかにほとんど無関係な塩基の入れ替りです。一方で、生きていく上で重要な塩基の入れ替りはあまり生じないため、種の区別には使えません。中立突然変異は時間的に一定の速度で発生します。

 ここで、生物の進化の話に少し立ち入ります。ある生物の群れが二つに分かれたとします。それまでは一つの群れの中で子孫を作っていたのに、別々に子孫を作ります。すると、DNAの交流がなくなり、それぞれ別々の中立突然変異が蓄積します。長い時間が経つと、配列に明らかな差が生じます。やがては別の種に分かれる訳ですが、その差で種を区別します。この手法をDNAバーコーディングと呼び、種を区別する塩基配列をDNAバーコードと呼びます。今はほんの10年前と比べても、DNA塩基配列を手軽に安く読めます。例えば、解析サービスに頼むと1配列1000円であったものが半額以下です。そのためDNAバーコーディングが国際的に普及し始めています。

図
生物は姿形がちがい、名前がちがい、DNAがちがい、他にもちがう面があります。それが生物多様性です。DNAバーコーディングは生物多様性のほんの一面を紐解くにすぎませんが、有用な手法です。標準的な動物のDNAバーコードは648塩基の長さですが、この図ではごく一部を示します。

 環境を守るためにも、また農林水産物などの生物資源から製品を作り流通するためにも、私たちはどのような生物を相手にしているかを正確に知る必要があります。姿形でわかればよいのですが、そうでない場合もあります。例えば、貴重な生物を保護するとします。そのためには密猟だけでなく、その生物が名前を偽って取り引きされるのも防ぐ必要があります。生きたままなら分り易いのですが、体の一部だけでは見分けるのが困難です。しかし、DNAバーコーディングなら大丈夫です。逆に、初めの例え話のように、高価な食材に見せかける場合も見分けることができます。

 スーパーのレジでバーコードリーダーが使われています。これを使うと自分で会計を済ませることもできます。生物を見分けるために、バーコードリーダーのような器具・技術があれば、生物多様性を調べて、守り、かつ利用する活動が今よりはかどるのではないかという期待がDNAバーコーディングを後押ししています。私が子どもの頃好きだった海外宇宙ドラマに、太陽系外惑星で出会う生命体を判別する探知器が登場しました。DNAバーコーディングでもそのような機器が実現するか、今のところ空想に過ぎませんが、例えば草花の葉を一枚ちぎって、その機器に掛けるとたちどころに名前がわかるようになるかもしれません。私のような生き物好きには味気ない気もしますが。

 話が脱線しましたが、実際にDNAバーコーディングを広く実用化するためには、解決しなければならない問題があります。例えば、DNAバーコーディングのための標準的遺伝子が決められていますが、それでは種固有のDNAバーコードが見つからない場合があります。また、報告されたDNAバーコードの中には、少ないながら、種名が誤っている場合もあります。他にも問題はありますが、ここでは私たちが直面している問題を紹介します。DNAバーコーディングのためには、区別しようとする種のDNAバーコードを知っていなければなりません。ところが、DNAバーコードが充分な数の種について知られていないのです。

 DNAバーコードと生物種を対応させた字引があれば、DNAバーコードから種の区別はすぐにできます。ところが、その字引はDNA塩基配列を手に入れるだけではできません。これまでに200万種近くの生物が記録されていますが、それを区別するためには、おもに姿形の違いが物差しとされてきました。ということは、DNAバーコードと種名の字引をつくるには、まず姿形で生物の種名を調べた上で、その生物のDNAから読んだ塩基配列を種名と結びつけてDNAバーコードを決める必要があります。

 先に、姿形で区別しにくい場合はDNAが役に立つと書きましたが、皮肉なことに、まず姿形できちんと区別しないと正しいDNAバーコードは手に入りません。どのような生物に対しても種の姿形の区別に長けた専門家がいて、区別するための情報が整っていますが、そのような人材と情報に頼ることで初めてDNAバーコーディングができるようになります。DNAバーコードを集める国際的なデータベースがあり、多くの専門家がこの事業に取り組んでいますが、DNAバーコードリーダーにメモリーする情報を集めるためにはまだまだ多くの努力が必要です。

(たかむら けんじ、生物・生態系環境研究センター生物多様性保全計画研究室長)

執筆者プロフィール

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 野外で生き物を眺めるのが好きですが、研究するにあたっては多くの観察・測定・分析、さらには実験まで必要なため、それだけでは済まないのがつらいところです。

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