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2013年2月28日

分野横断型研究の土台作り-シナリオ研究最前線-

【研究ノート】

藤森 真一郎

1.シナリオ研究

 気候変動に関する研究から得られた知見を集めて公表しているIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change; 気候変動に関する政府間パネル)が2007年に第四次評価報告書(以下AR4と呼びます)を発行しました。同年には米国副大統領だったアルゴア氏とIPCCがノーベル平和賞を受賞し、世間的にも気候変動を含めた環境問題は大きな関心を集めました。AR4の中には50年、100年先の将来に、気候変化によってどのようなことが起こるのか、その影響はどの程度なのか、それを避ける方策はあるのかという研究成果が掲載されています。そういった研究の多くは2050年、2100年といった遠い将来の事象を扱うにあたって、コンピュータモデルを用いたシナリオアプローチという方法を採用しています。シナリオアプローチとは、人口、GDPなどの主要な指標について将来のあり得る可能性を有限の代表的な世界として仮定し、それぞれの状況でエネルギー消費量、温室効果ガス(GHG)排出量、気温がどのようになるか検討する、というものです。将来の人間活動には大きな不確実性があり、例えば、将来のGDPを正確に予測するのは不可能です。そこで、仮に2つのシナリオを作成するとし、1つは高経済発展で、もう1つは低経済発展と考え、その時にどのようなことが起こるのかを考えるといった具合です。AR4に話を戻しますが、そのシナリオアプローチを用いていた研究者たちの間でも当時まだ改善すべきいくつかの課題があるという認識が共有されていました。その課題とは何だったのでしょうか?

 この課題を考える前に、AR4までに取られていたシナリオアプローチがどのようなものだったのかを振り返ります。AR4の研究は、基本的に2000年に公表されたSRES(Special Report on Emissions Scenarios)というシナリオを土台としています。このSRESは将来のあり得る世界をグローバリゼーション指向か、環境重視かという2つの軸で考え、4つ(=2×2)のシナリオを想定しました。このような代表的なシナリオをみんなで共有して研究を実施することには、将来の想定が限定されてしまうというデメリットもありますが、分野を跨いだ研究同士の協力ができる、などの大きなメリットがあり、現在の研究で採用されています。さてそれではSRESベースの研究の課題を挙げていきましょう。

 SRESは基本的に温室効果ガスの削減策(これを「緩和策」と呼びます)を考えない、いわゆる成行きケースしか考えていませんでした。従って、近年G8(主要国首脳会議)などで言及された世界のGHG排出量を2050年に半減するといった強い緩和策実施時の気候変化や、それによる影響を検討することができませんでした。これが1つ目の課題となります。2つ目は、気候変化による影響を評価する影響評価グループにとっては研究に必要な情報が得られるのに時間がかかるという問題でした。図1a)は当時の研究のプロセスの流れを示したものです。はじめの「社会経済シナリオ」「排出シナリオ」という2つのボックスがSRESに相当しますが、緩和策を取らない成行きケースだけでもこの作成に数年を要しました。その後、SRESを用いて気候モデルグループによって将来の気温上昇などの結果が出ました。これにも数年を要しました。最後の影響評価グループはこうした情報をもとに、初めて分析が可能となりますが、それにも数年要します。そうやって研究している間にも、もしかしたらGHG削減をすぐに始めたほうがいいのかもしれません、となるかもしれませんね。3つ目の課題はSRESというシナリオの名前が示す通り、このシナリオはGHGの排出量がどのようになるのかということを念頭にし、基本的にはGHGの削減策の検討を行っている統合評価モデルの人たちを中心に作成されたものでした。しかし、それでは気候変化が起こった時にどのように対応していき(これを適応策と呼びます)、それはどのくらい大変なことなのか、ということを検討することができませんでした。

図1
図1 シナリオアプローチ

 これらの問題はSRESというシナリオの作成段階で気候影響グループなどのユーザーのことを考えていなかったことが大きな原因と考えられました。そこで登場したのがパラレルアプローチと呼ばれる方法です。その方法を模式的に表したのが図1b)になります。プロセスを同時進行できるところは並行的に進めるというのが大まかな方針です。すなわち、気候モデルグループは社会経済の想定には関心がなく、将来のGHGの排出量さえわかれば、将来の気候が計算できるので、まずそれを作ります。ここでは4つの代表的な排出経路が、選ばれましたがこの時に強く緩和策を実施したシナリオも含むことが決まりました。これが代表的濃度パス(RCP ;Representative Concentration Pathways)と呼ばれています。一方、気候モデルが計算を実施している間にSRESで考えたような、GHG排出を決める重要な社会経済的側面を記述する社会経済シナリオを作成します。これがSSP(Shared Socioeconomic Pathways)と呼ばれるものです。こうして、同時進行プロセスにより研究実施時間が短くなりました。さらにこの時の社会経済シナリオには適応策の可能性もきちんと考えるものとしましょうと決めました。そして、これらを合わせて、最後に影響評価グループが研究を実施します。この一連のプロセスで上述の3つの課題すべてが解決されていることがおわかりになると思います。ただし、すべてがうまくいったわけではなく、RCPだけでも作成に長い時間(約3年)がかかりましたし、RCPのシナリオの概念が正しく他の研究分野の研究者に伝わらず、誤解を招くこともあり、課題も残りました。

2.AIM (Asia-Pacific Integrated Model)の取り組み

 私たちの研究グループはAIM(Asia-Pacific Integrated Model)という統合評価モデルを用いて、今回のシナリオ作成過程に以下の3つの点から貢献しました。それは①RCPの定量的な情報提供、②SSPの作成と定量的情報の提供、③RCPとSSPを用いた気候変化影響研究の実施です。このうち①のRCPへの貢献は既に終わり、オープンアクセスの論文として収録されています。②は現在取組中です。SSPで示されている将来像の作成にはさらに複数のステップを要します。ざっと挙げるだけでも、適応策を考えるにはどのようにするのか、どのような思想で将来を切り取るのか、成行きケースと緩和策実施をしたケースはどのように区別するのか、気候変化の影響によって緩和策のオプションが変わり得るのか(例えば、農業がダメージを受ければ、エネルギー作物を生産できるのか?)、などがあります。こういったことを分野横断的に何度も議論を重ねて、SSPの全体の構成、将来の世界観を記述する叙述的なストーリーラインを作成し、それを基に統合評価モデルを用いた定量的な分析を行います。その結果図2のようにSSPは適応策、緩和策の困難度という2つの軸から世界を5つに分けて考えてシナリオを作ることになりました。現在定量的な計算を行っているところです。一方、このSSPの作成が少しずつ進んできた昨年の段階で、筆者らは、SSPを使った研究例の提示と日本の気候変化影響研究者にいち早くSSPを理解してもらうことを目的として、試算を行い、その結果について公表を行ってきました

図2
図2 SSPのフレームワーク

 また、③も筆者らのグループで同時に進行し、国際コミュニティの中でもいち早く最先端の研究手法を発表しようと取り組んでいます。これまでのところ農業分野についてパイロット的研究を行いました。これまでエネルギー分野に焦点を当ててきた経済モデルの拡張を行い、農業の解析ができるようになりました。2050年といった将来に気候変化が起こった時に気温の上昇や降水の変化により土地生産性が変化すると言われています。そういった気候変化の影響によって食料の供給量や需要量が市場価格を通じてどのような影響を受けるのかを定量的に評価しました。その結果、気候変化の影響は将来の栄養不足人口を増加させる方向へ働く可能性があるが、社会経済シナリオの影響(人口やGDPの想定)の方が気候変化による影響よりも大きいというものでした。また、将来の気候変化には不確実性があるため、その不確実性の幅についての評価を行いました。その結果、やはり社会経済シナリオの違いによる影響は気候変化の影響の幅よりも大きいというものでした。また、農業と関連の深い土地利用についてもあわせて経済モデルで扱えるようにしました。これにより、土地という資源を介したバイオエネルギーを得るための作物と食料作物の競合が扱えるようになりました。バイオエネルギーと食料の競合はどのようなことを起こしうるのかということについて現在解析を行っているところです。

 世界を対象とした気候変動に関わるモデル研究は、今回開発されているシナリオというツールを使って、分野を跨いで様々な協力ができる可能性があり、実際にそのような取り組みが進行中です。筆者らの研究グループはこの研究の潮流に乗っていくだけでなく、新しい流れを作れるように今後も良質の研究を実施していきたいと考えています。

(ふじもり しんいちろう、社会環境システム研究センター統合評価モデリング研究室)

執筆者プロフィール

藤森真一郎の写真

 サッカーを始めて約4年。素人であるがゆえに容易に進歩を実感でき、充実した日々を過ごしています。素人に対して広い門戸で、和気あいあいとしたサッカー、良い雰囲気を大事にする環境研のサッカー同好会のことがとても好きです。

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