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アジア大陸からの越境大気汚染を捉える

研究プロジェクトの紹介(平成8年度開始地球環境研究総合推進費による研究)

村野 健太郎

硫黄酸化物の授受の図
図1 日本,韓国,中国間の大気汚染物質の移動の状況

 地球環境研究総合推進費課題C−1は日本,韓国,中国間の大気汚染物質の移動を研究テーマにしている。中国は年率約10%の経済成長をしており,その経済活動により二酸化イオウを中心とする大気汚染物質の放出量は鰻登りに増加している。このため我が国は,大陸からの大気汚染物質の輸送に関して非常に関心を持っており,行政としても越境大気汚染の程度とそれが日本に被害をもたらすかどうか,また,もたらす場合にはどのように対策を進めるか等早急に解明しなければならない課題である。例えばイオウ酸化物の授受を図1に示したが,大陸で発生量が大きく,日本の日本海測の離島で大きくなっている。村野らは,アジア大陸からの越境大気汚染解明のため, (1)地上観測による鉛安定同位体比の測定, (2)小型航空機を使用した国際的領域の大気汚染物質濃度の測定, (3)大陸からの越境大気汚染の定量化のための酸性雨輸送モデルの開発,検証を行ってきた。

(1)鉛安定同位体比の測定

 大気汚染物質の一つである鉛は種々の燃焼過程,あるいは有鉛ガソリンを使用する自動車のマフラーから排出される。鉛は質量数206,207,208の安定同位体を持ち,その比率は鉛鉱山ごとに異なるため,安定同位体比はどの地域から大気汚染物質が輸送されたかの明確な指標となる。この研究では日本海上の隠岐島で大気粉塵を捕集して,鉛安定同位体比を測定した。隠岐島における空気塊の流れを流跡線解析で計算すると,鉛安定同位体比は空気塊の流れてきた方向別に大きく異なっていた。日本から風が流れてきた場合は大陸から流れてきた場合と比較して鉛安定同位体比が大きく異なっている。各地で大気粉塵を捕集して鉛安定同位体比を測定することにより,アジア大陸起源の割合がどの程度であるかを推定できるようになった。

 (向井人史担当)

(2)航空機観測

二酸化硫黄濃度の図
図2 航空機観測で明らかになった日本海上の二酸化イオウの濃度分布

 日本海,黄海,東シナ海海上で航空機観測を行ってきた。小型航空機の座席を取り払い,片側に観測機器を設置するための棚を設置し,研究者が観測機器を操作した。外気は航空機の先端部分と副操縦士の窓の部分から,ステンレス製やテフロン製のチューブで機内の各測定器に導入した。測定項目はオゾン,二酸化イオウ,窒素酸化物,炭化水素,無機エアロゾル等であったが,二酸化イオウの観測結果を主に述べる。平成4年11月11日には日本海上の隠岐島の近辺を南北に飛行し,10ppbvに達する二酸化イオウの高濃度が観測された。この時の流跡線解析によると,空気塊は韓国の東部を通過してきており,このため韓国東部の工業地帯で放出された二酸化イオウが,西風で東方面へ輸送されるのを検出したと考えた。また平成6年3月11日出雲から長崎までの海上を飛行中には,二酸化イオウの高濃度ピーク(4ppbv以上)を検出し(図2),越境大気汚染に関する定性的な証拠を得たと考える。

 (畠山史郎担当)

(3)酸性雨輸送モデル

 越境大気汚染を記述するような酸性雨輸送モデルの開発と検証を行った。このモデルは大気中の輸送過程,化学反応過程,沈着過程を含むモデルである。開発したモデルに既存の二酸化イオウ,窒素酸化物,揮発性炭化水素の発生量を入力し,現実の気象条件下で粒子状硫酸塩や硝酸塩の濃度変化を検証した。この結果,梅雨期には梅雨前線が日本本土の大気汚染の状況を支配していることが明らかになった。すなわち梅雨前線の南側には清浄な海洋性気団があるが,北側は梅雨前線でブロックされるため大気汚染物質の濃度が高くなる。また冬季には高気圧・低気圧の移動が周期的であるが,高気圧が中国大陸から東シナ海上,日本へと東進するときに,中国南部で大量に発生した大気汚染物質は高気圧の縁に沿って,いったん北上して再度南下する円軌道を描くことが明らかになった。今までは中国北東部の大気汚染物質のみが北西季節風で日本へ輸送されると考えられていたが,南部に発生する大量の大気汚染物質も日本へ輸送されることが明らかになった。

 (鵜野伊津志担当)

 現在このモデルには雲と降水が含まれていないが,次期研究プログラムでは雲,降水過程を追加し,さらに土壌・植物影響までを考えた総合化モデルを開発することにしている。現在東アジア地域の酸性雨問題を,生態系影響まで含めて総合的に記述するモデルは,欧米の研究者を中心にして開発されたレインズアジア(RAINS ASIA)だけであるが,今後我が国も総合化モデルを持つことになり,東アジア地域の大気汚染物質の越境汚染に関して国際的な科学的共通認識が得られる時代が来る日も近いと思われる。

(むらの けんたろう,地球環境研究グループ主任研究官)

執筆者プロフィール:

鹿児島市生まれ。東京大学理学系研究科博士課程修了,理学博士。1976年国立公害研究所入所。
〈趣味〉酸性雨オールナイトミーティング