ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

微生物を用いた汚染土壌・地下水の浄化機構に関する研究

研究プロジェクトの紹介(平成8年度開始特別研究)

矢木 修身

 全国各地の土壌・地下水中からトリクロロエチレンやテトラクロロエチレン等の揮発性有機塩素化合物,さらに6価クロム,ヒ素等の重金属が検出され大きな問題となっている。トリクロロエチレン汚染地下水は293市町村で,テトラクロロエチレン汚染地下水にいたっては374市町村で見いだされ,いずれも発ガン性の恐れがあることから,現在,浄化対策として,地下水の揚水・ばっ気法や汚染土壌ガスの真空抽出法などの物理化学的手法が主に用いられている。一方,6価クロム,水銀等の重金属による土壌汚染の対策として,焼却や封じ込め処理が行われている。しかしながらこれらの処理方法は,無害化処理方法でないこと,土壌の再利用が不可能なこと,さらに低濃度,広範囲な汚染には莫大な費用がかかることから,新たな浄化技術の開発が期待されている。現在これらの問題点を解決できる新しい技術として,バイオテクノロジーを活用したバイオレメディエーション(生物を用いた環境修復)技術が注目されている。

 バイオレメディエーション技術とは,微生物機能を活用して汚染した環境を修復する技術であり,汚染した土壌・地下水に,窒素,リン,有機物,空気等を導入し,汚染現場に生息している微生物の浄化活性を高める自浄機能強化法,また汚染現場に浄化微生物が生息していない場合に,培養した浄化微生物を導入して汚染物質を分解・除去する浄化微生物導入法がある。バイオレメディエーション技術は,微生物の分解力により,汚染物質が根本的に除去されること,省資源・省エネルギー的技術であること,費用が安いこと等の特徴を有しているため,地球にやさしいクリーンな浄化技術として注目されている。

 米国においては,ガソリンや重油による土壌・地下水汚染が深刻であり,これらの浄化にバイオレメディエーション技術が大いに利用されている。また,現在OECDにおいて,バイオレメディエーション技術のリスク評価手法の標準化が精力的になされている。このような世界情勢から,我が国においても,バイオレメディエーション技術の開発とその安全性評価を早急に行う必要性が生じ,平成8年度から3年間の計画で「微生物を用いた汚染土壌・地下水の浄化機構に関する研究」と題する特別研究が開始された。

 研究目的は,バイオレメディエーション技術の実用化に際し,重要な課題である浄化の効果と,技術の安全性を明らかにするため,まず土壌・地下水の浄化に有用な微生物を探索し,浄化能を強化した微生物を創生し,ついで浄化機構を解明し,さらに浄化微生物の検出法ならびに微生物による汚染土壌・地下水の浄化効果の試験方法の開発研究を行うものである。

 1989年に米国アラスカ湾でおきたエクソンバルディーズ号の原油流出事故で,550トンの微生物栄養剤が散布され,海岸の浄化が促進されたことから本技術が注目されるようになった。現在米国では,サウスカロライナ州のサバナリバー地域を始めとして,各地で油や揮発性有機塩素化合物による地下水汚染の大規模なバイオレメディエーション技術の実証試験が実施されている。本特別研究では,米国でも技術が確立していないトリクロロエチレンと水銀の浄化を対象に,バイオレメディエーション技術の効果と安全性を中心課題として研究を進めている。

 我が国は,バイオテクノロジーの分野で世界で最も進んだ国の一つであり,環境保全を目的として,多くの研究がなされている。リン蓄積に関与する遺伝子を導入した高濃度リン蓄積細菌や,PCB,BHC,塩素化芳香族,塩素化アニリン,トリクロロエチレン等の有害化学物質を分解する組換え微生物も作られている。しかしバイオレメディエーションを目的とする研究は,諸外国と比べると大変遅れている。千葉において,現場に生息するメタン資化性菌を活用するトリクロロエチレン汚染地下水の浄化実験が,昨年,バイオレメディエーションコンソーシアと環境庁との共同で実施され,浄化効果が確認されたが,本実証試験が,我が国におけるバイオレメディエーションの技術評価の第一号であり,この技術の開発は緒についたばかりである。

 バイオレメディエーション技術を発展させるためには自然の浄化能の向上手法を開発することが重要であるが,同時に実験室レベルでの微生物機能をそのまま環境中で発揮させる技術も開発する必要がある。さらに,バイオレメディエーション技術のリスク評価の開発が大変重要であり,この点についても力を注ぐ予定である。すなわち,微生物を環境中で活用するために,微生物の人への安全性と同時に生態系への影響を十分評価する必要がある。OECDにおいてバイオの安全性の会合が頻繁に開かれており出席する機会を得ているが,遺伝子操作生物を用いた生物肥料,生物農薬,生ワクチンおよび食品の安全性評価法の検討がなされ,次々と報告書が出版されている。バイオレメディエーションのリスク評価も重要議題となっているが,未だ完成されていない。

 バイオ技術の野外利用に当たっては,一般市民の理解も大変重要となる。米国では社会的受容を得るために,野外試験を実施する企業が,試験地域の住民に試験内容を十分説明したり,政府機関が試験内容や安全性評価の情報を住民に最大限提供している。さらに科学的な理解を高めるためのセミナーも行われている。本特別研究を通して,バイオ技術の安全性と効果についての多くの基礎的知見を得るとともに,社会的受容を得るための枠組みについても検討して行きたいと考えている。

(やぎ おさみ,地域環境研究グループ,新生生物評価研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール:

東京大学大学院農学系研究科博士課程修了,農学博士。1996年5月まで 水土壌圏環境部水環境質研究室長。
〈趣味〉テニス,卓球,水泳,囲碁