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滋賀県立琵琶湖研究所顧問 大阪市立大学名誉教授 吉良 竜夫

 昨年は,思いがけず国立環境研究所の研究活動評価専門委員を務めるはめになった。老骨にはきびしい仕事だったが,日本の学界では研究経営の経験が不足していることを,自戒をこめて痛感した。総論はあっても,それを実行に移す戦略が乏しく,また制度・組織的にも研究者の心情的にも,実行に対する抵抗が大きい。それについての論議はまたの機会にしたいが,関連して近ごろ特に気になっているのが標記の問題である。

 かつての時代にくらべて,最近の研究者,とりわけリーダー格の方々の忙しさは,目にあまるものがある。数々の研究集会・シンポジウム,各種の委員会,組織内の会議等で,内外の各地を東奔西走,おまけにマス・メディアへのサービスまで加わって,席の暖まる暇もないようにみえる。忙しいのは悪いことばかりではなく,それが研究意欲を刺激し,新しい発想を促す利点は否定できないだろう。しかし,現時点での研究の焦点がはっきりしている専門領域と違って,問題点が多様で分散している環境科学のような分野では,時間をかけて課題を分析し討論する余裕がなく,目の前の仕事を片付けるのに精一杯では,自前の発想を伸ばす独創的な研究は生まれなくなってしまうのではないか。そうなれば,過度の多忙は有害である。

 環境研究では,もう一つ悪条件が重なっている。それは,他動的にやってくる研究課題が多いことである。突発的な事態への対応とか,いろんな種類の依託研究を引き受けざるをえないとか,国際的に歩調をそろえて取り組む必要ができたとか,なかには外国でやっているから日本でも,といったたぐいの政治的課題も舞い込むかもしれない。現実の問題との取り組みのなかから課題と解決の方法を見つけていくのが環境科学者の任務ではあるけれども,他動的な仕事を無難にこなすことに埋没してしまっては,研究は衰退する。研究機関の活力の源泉は,個々の研究者の自発的な研究意欲だからである。

 外から与えられる研究課題が多ければ,研究費には恵まれるかもしれない。しかし,それは研究者間の競争をなくし,活力をそぎ,研究のレベルを落とすことになりかねない。研究経営の成否は,やはり「内的情熱と競争」(梅棹忠夫 『研究経営論』岩波書店,1989)をいかに保っていくかにかかっているように思う。

(きら たつお)

執筆者プロフィール:

1919年大阪市生まれ。1942年京都大学農学部卒業,同大学助教授を経て1981年まで大阪市立大学理学部教授,1982〜1994年,滋賀県琵琶湖研究所所長
<専攻>植物生態学