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2013年4月30日

環境モニタリングを補完する環境スペシメンバンキング

Summary

環境のモニタリングとスペシメンバンキング 

写真:春のタイムカプセル棟

 人間活動による地球規模の環境悪化を懸念し、その科学的な理解の推進と早期の警告発信を目指して長期的・継続的な環境モニタリングシステム構築の必要性を指摘した報告が、国際科学会議ICSUの下部組織であるSCOPEによって1973年にまとめられました。

 この報告では、モニタリングシステムを支える重要な柱の一つとして環境試料長期保存事業スペシメンバンキングが位置づけられており、ここでの基本的な考え方に従って国立環境研究所(当時は国立公害研究所)のスペシメンバンキングがスタートしています。

対象とする環境試料と保存方法

 当初は、水(雨水、湖沼水等)、湖沼底質、植物、動物、人試料など様々な種類の試料についてその保存方法等の検討が行われるとともに、保存条件(保存温度並びに酸素の有無)と物質の安定性に係る試験なども行われました。比較的安定なベンゾピレンなどは−20℃で保存すれば数年後にもほとんど変化が認められませんでしたが、発がん物質のニトロソアミンは同じ条件でも1年後には大きく減少するなど、物質によって保存性に大きな差のあることがわかりました。

 一方、−20℃でも10年単位で保存を続けると、生物試料の中の水が次第に蒸発して乾燥していくとともに試料が変質して臭いも強くなっていく傾向があります。−20℃では生物試料中のタンパク質のまわりの水分子は完全に凍らないため、分解酵素などの活性を完全には止められないことがその原因と考えられます。

 こうした経験に基づき、環境試料タイムカプセル棟では、−160℃という極めて低い温度で酸素のない窒素ガスだけの中で保存ができ、停電などの異常事態にも強い液体窒素気相保存と呼ばれる方法で生物試料を長期的に保存するとともに、それ以外の試料も−60℃の大型冷凍室で長期安定して保存できる体制をとることにしました。

分析項目と分析法の進歩

 環境モニタリングで分析対象となる化学物質の種類は、近年急速に増えてきています。人間が意図して、あるいは副生成物として作りだす化学物質は数万種類にものぼるとされていますが、これらの中で懸念される有害性が見つかったり、環境残留性、生物蓄積性などが高いことから、環境モニタリングの監視対象とされる物質が増えています。特にダイオキシン類などは毒性が強いことから極めて低い濃度まで分析をおこなう必要があり、高分解能GC/MSと略称される高価な大型分析装置を使って煩雑な前処理操作を行って測定する、高度な分析技術が進歩してきました。

 一方、この方法では対象物質(たとえばダイオキシン)を極めて高感度に正確に測れるものの、他の物質は存在していても見えず、濃度を知るには前処理操作から全部やり直さなければなりません。監視対象が今後ますます増えると予想されること、まだ見逃している汚染物質があるかもしれないことを考えると、多種類の物質を感度、精度よく一斉に測定できるような新しい分析方法が求められます。

 国立環境研究所では、こうした将来の要請にこたえられるように、環境試料の保存を行う一方で、多種類の化学物質を前処理せずに一斉に分離し、検出できる「多次元ガスクロマトグラフ−飛行時間型質量分析計」と呼ばれる新しい分析手法の開発を行っています。

図6
図6 昆虫やクモに蓄積されたフッ素系界面活性剤の濃度比較
 植物を食べるバッタや花の蜜を吸うチョウの濃度は低いのに対し、ほかの昆虫を食べる生物(トンボ、カマキリ、クモ)ではPFOSをはじめフッ素系界面活性剤の濃度が高いことがわかりました。なかでもトンボはあちこち飛び回るので、広い範囲の調査に適しています。(吉兼ほか、第16回環境化学討論会(2007)より改変)

スペシメンバンキングの課題

 液体窒素を利用することで、原理的には理想条件に近いすぐれた保存環境を整えることができた環境試料タイムカプセル事業ですが、まだ改良すべき課題が残されています。一般的な致死毒性や発がん作用以外にも、内分泌系や神経系、免疫系への影響、行動影響、世代を超えた影響など、様々な化学物質の健康影響が明らかになり、これまで日常的に使われてきた化学物質の中にも監視の対象となるものが増えてきました。

 特徴的な事例がストックホルム条約に見られます。2001年に締結されたときには、PCBやDDTなど過去に使われたものの多くの国ですでに規制の対象となり削減されている物質が対象となっていました。しかしながら、その後条約に追加された10物質の中には、臭素系難燃剤やフッ素系界面活性剤など、最近まで製造され、現在でも身の回りにある可能性のある物質が含まれています。これらの物質は、例えば実験室の壁や機材の材質として、あるいは衣服や靴の材質としても使われている可能性があり、試料を凍結して粉砕したり、分析作業をしたりする間に、試料の中に誤って混入してしまう恐れが高い物質です。内分泌かく乱化学物質問題でも同じ状況が起きるので、新築の実験室ではなくわざわざ古い木造やタイル張りの建物を探して実験が行われることもありました。また海外では、試料調製中の重金属の混入を避けるためにフッ素樹脂製の粉砕装置を使っていたところ、近年汚染が注目されるようになったフッ素系界面活性剤が樹脂に含まれていて、粉砕中の試料に混入してしまう恐れがあったために、せっかくの保存試料が活かせなかった例も報告されています。こうした過去の経験に基づき、できるだけ処理中の汚染の恐れの少ない方法を開発し、また汚染の有無が確認できるような方法をとっていますが、今後も新たな懸念物質の情報に絶えず注意しながら、保存までの方法も必要に応じて改良していく必要があります。また、生物側の変化(汚染物質等の曝露に対する特異的な応答や健康影響の指標となる物質、遺伝子発現状態などの変化)を分析して、健康状態などを評価できる手法の開発とそのための保存法の検討も大きな課題と考えられます。

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