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2013年1月31日

化学物質の生態毒性を理論的に予測する

Summary

 環境リスク研究センターでは、政策に活用することを視野に、既存の化学物質の生態毒性データを活用したQSAR開発などの生態毒性予測に関する基盤的な研究に取り組んでいます。さらに2004-2012年度の環境省請負業務として、生態毒性予測システムKATEの研究・開発を行っています。

KATEの概要と研究のつながり

 KATEは、化学物質の部分構造から、魚類急性毒性試験での96時間半数致死濃度及びミジンコ急性遊泳阻害試験での48時間半数影響濃度を予測するシステムです。KATEのQSARモデルを構成する参照物質は環境省が実施した生態毒性試験結果(魚類急性毒性試験、ミジンコ遊泳阻害試験)および米国環境保護庁のファットヘッドミノー・データベースの魚類急性毒性試験結果を用いています。

 現在のKATEは、予測したい化学物質の部分構造を抽出し、生物への影響の種類ごとに分類し(図1)、親脂性の指標log POWを用いて作成したQSARモデルによって毒性予測を行います。KATEで得られた予測毒性値は、「部分構造で規定した範囲(図3)」、あるいは、「QSAR式のグラフ(図4)横軸である記述子(毒性を説明するための変数)の範囲」が参照物質にもあるか、あるいは、参照物質の範囲内であるかどうかを比較することによって、信頼できるかを判定します。

 しかしながら、どのように「部分構造で規定した範囲」を設定するのが妥当なのか、また、化学物質の中には、化学物質の親脂性だけでは毒性を説明できないものがあり、化学物質の生態成分に対する反応性によって毒性が説明できないかなど、理論的な研究が必要です。

反応性の部分構造を用いた構造適用範囲の提案

 皮膚感作性(皮膚アレルギー性)のある化学物質が取りうる構造の特徴は、タンパク質の官能基に結合する化学物質の部分構造(反応性の指標:reactive mechanistic domain)によって分類でき、危険性のある部位を持つ構造だと警告することができます(例:図5の下側の部分構造)。そして、このような反応性に関わる特徴を持つ化学物質の部分構造の有無によって、影響評価を行うことが提案されています。

 私たちは、皮膚のアレルギー性の場合と同様に、水生生物においても類似の生体内のタンパク質での反応が起こりうると仮定し、KATEの参照物質に含まれていない化学物質を用いた毒性予測値の評価を行いました。すると、皮膚感作性の反応性の指標を用いることで、毒性予測の適用範囲をより高い精度で定義できることを示せました。

 例えば、図5に示した炭素二重結合とシアノ基自体は、それほど高い毒性を示す部分構造ではありません。しかし、ふたつが結合した-HC=CH-C≡Nの部分構造を持つ場合は、タンパク質との反応性が高く、皮膚感作性の危険性のある化学物質に分類されます。そして、同じ部分構造を持つ化学物質では、水生生物においても毒性が高くなる傾向がありました。なお、エチレンと比較的反応性のある右上のアルデヒド(H2C=O)が結合したアクロレイン(図5右下)などの不飽和カルボニル化合物*1でも、反応性の高い場合には毒性が高い物質になる傾向が知られています。

 KATEを構成する参照物質には含まれていない部分構造を持つ物質の毒性を予測する場合、毒性が高い物質を見逃す可能性があるといえます。このような反応性のある部分構造を持つ化学物質の生態毒性値が求められていることは多くありません。log POWに代わる記述子もなく毒性の予測も困難であったため、KATE2009から2011への更新時には、「構造適用範囲(図3)」での部分構造として反応性の指標を追加し、予測値の信頼性を向上させるために利用しました。

  • *1 不飽和カルボニル化合物
    酸素と炭素の二重結合で形成されたカルボニル基(C=O)の隣の炭素が、二重結合あるいは三重結合で形成された構造をもつ化合物を指します。なお、表紙写真は本文で何度も登場した化学物質アクロレインの模型です。
図5 反応性のある部分構造の例
左上のシアノ基(N≡CH)と中央上の炭素二重結合のエチレン(H2C=CH2)はどちらも単独の構造では反応性が低いのですが、ふたつが結合すると反応性の高い不飽和シアノ化合物(左下)になります。また、エチレンと比較的反応性のある右上のアルデヒド(H2C=O)が結合した不飽和カルボニル化合物:アクロレイン(H2C=CH-CH=O、右下)は反応性が高く、魚類への毒性も高い物質であることが知られています。

反応性の高い化学物質の毒性予測:部分電荷による検討と新たな記述子の提案

 反応性を持つ化学物質に対する毒性予測を可能にするため、不飽和カルボニル化合物の部分電荷を計算化学の手法である量子化学計算によって求めました。部分電荷は、化学物質を構成する原子ごとに割り当てられた電荷の分布で、化学物質の電気的な性質がわかります。不飽和カルボニル化合物は、生体内に存在するタンパク質との反応性が高いため、log POWだけでは毒性を表現できませんでしたが、得られたカルボニル基の酸素の部分電荷(負の電荷)は、魚類の急性毒性値と相関がよく、記述子として有効だとわかりました(図6左)。これは、化合物のカルボニル基の酸素の電荷の強さが生体内のタンパク質との反応の中で重要な役割のひとつを担うことを示唆しています。ただ、数万種類の化学物質の毒性予測を効率的に行うシステムでは、量子化学計算よりも単純な計算手法の方が適切です。

 そこで、部分電荷を簡易的かつ高速に計算することが可能なGasteigerらのPEOE*2の部分電荷(図6右)に注目しました。ただ、PEOEの計算の場合も量子化学計算と同じように、水素原子(H)を考慮に入れて計算する必要があります。そのため、同じアクロレインでも図5右下の図とは異なり、電荷を表記する場合には図6右のように水素を結合させた図で説明する必要があります。

 PEOE部分電荷を用いた記述子は数多く存在しますが、今回は、PEOE部分電荷の負の総和をカルボニル(C=O)の数で割った値(PEOE_#)を記述子に採用して、QSARを構築しました。すると、アクリル酸・アクリレート様の不飽和カルボニル化合物の場合には、PEOE_#とミジンコ急性毒性値との間には高い相関関係があり、PEOE_#を用いたQSARを提案できました。

 さらに、同じ化学物質の魚類急性毒性値では、統計的解析結果から、log POWとPEOE_#の2つの記述子を用いたQSARが有効だと提案できました。現在は、PEOEを用いたQSARをKATEに導入する研究に取り組んでいます。

  • *2 PEOE
    Partial Equalization of Orbital Electronegativity
図6 部分電荷について
左:量子化学計算で得られた不飽和カルボニル化合物の酸素の部分電荷と魚類急性毒性値の関係
 グラフの縦軸の値は、毒性が強いほど高くなります。毒性値と電荷の値とは比例しており、良い相関関係があることが分かります。

右:アクロレインのPEOE部分電荷
 数値は部分電荷の値で、記述子の値(PEOE_#)は、C=Oが1つ存在するアクロレインでは、-2.96-0.03-0.10=-3.09になります。なお、アクロレインという化学物質は、代表的な不飽和カルボニル化合物の1つです。

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