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2013年1月31日

研究者に聞く

Interview

白石寛明と古濱彩子の写真(左) KATE システムの開発担当者の写真(右)
白石寛明 環境リスク研究センター センター長(写真左)
古濱彩子 同研究員(写真左)
KATE システムの開発担当者(写真右)

 化学物質の有害性を評価するためには、生態系への影響を調べる必要があります。化学物質の形、つまりその構造から生態毒性を予測するシステムKATEを開発している、環境リスク研究センターの白石寛明センター長と古濱彩子研究員にお話をうかがいました。

化学物質の毒性を予測するために

生態影響を評価する

  • Q:なぜ、生態毒性を予測するシステムの開発を始めたのですか。
    白石:化学物質審査規制法(化審法)の改正により、化学物質の生態系への影響評価が化学物質の審査・登録に導入されたことが、直接の理由です(解説参照)。私たちの身の回りには、たくさんの化学物質があります。現在、流通しているものだけでも数万種類あるといわれます。私は、国立環境研究所(当時は公害研究所)に入所以来、化学物質の環境中での挙動を調べたり、その計測方法を開発してきました。そして、生物系や健康系の研究者とともに現場調査をし、化学物質の環境への影響を把握する研究を行ってきたのです。

     日本では、化学物質の影響評価として、人に対する影響に注目することが多かったのですが、10数年前に環境ホルモン(内分泌かく乱物質)が問題になったころから、野生生物への影響、特に水生生物などに影響を及ぼすと考えられる化学物質の存在も確認されるようになりました。諸外国の制度では、人の健康とともに環境(生態系)の保護を考慮した化学物質の審査・規制と毒性の評価が行われていましたが、日本ではそういう考え方での審査・規制は行われておらず、国立環境研究所においても環境中の動植物に対する毒性を予測する研究は活発ではありませんでした。
  • Q:そもそも生態影響とはどういう意味ですか。
    白石:化学物質の使用、河川改修、外来生物の導入といった人の活動によって起こる生態系への影響をいいます。生態系は多様な生物と生息する環境が密接に関係し、かつ、複雑に絡み合っているので、化学物質の使用と生態系の関係を把握することはとても困難です。このため、化学物質による生態影響は、生態系を構成する重要な生物種に対する毒性をもとに判断されています。

     毒性学は、毒性、すなわち物質などによる生物への悪影響に関する科学の分野で、法的規制の基礎を研究する規制科学として重要です。そこでは、特に、野生生物に対する毒性を生態毒性といっています。
  • Q:生態毒性をどうやって調べるのですか。
    白石:例えば、人工池や人工河川のような模擬的な構成物を作って生態系への影響を調べる試験方法から化学反応を調べるような試験管内での試験までいろいろな方法があります。

     個別の生物についての試験では、多様な生物種に対するものが考えられますが、主に藻類、甲殻類、魚類の3種類の水生生物に影響を与える化学物質の濃度を調べています。藻類では特定の単細胞緑藻、甲殻類ではミジンコ、魚類は日本では主にメダカを使います。この3種類は、水系食物連鎖における生産者、一次消費者、高次消費者という関係にあります。

     簡易試験では、急性毒性を調べますが、必要に応じて慢性毒性試験も行います。急性毒性は、化学物質を生物に投与した直後から数日以内に生じる毒性をいいます。一方、慢性毒性とは、動植物の寿命に相当する長期間にわたって、化学物質を投与したときに生じる毒性をいいます。試験方法は、経済協力開発機構(OECD)や化審法のガイドラインに基づいて、試験手順が定められています。
  • Q:すべての化学物質に対して試験を行うのは大変ではないですか。
    古濱:世の中には数万種類の化学物質が流通していますが、すべての化学物質に対して試験を行うことはとてもできません。それに、どの物質から試験を行うのか、優先順位付けをすることも必要です。そこで、定量的構造活性相関(QSAR)を利用しようという動きが国際的に広まってきています。
毒性検査に使われる単細胞藻類(緑藻)(左)  甲殻類(ミジンコ)による毒性試験の様子(右)

化学物質の構造と生態毒性は相関する

  • Q:QSARとは、何ですか。
    古濱:QSARとは、化学物質の構造や物理化学定数と生物学的活性(毒性)の定量的な相関関係をいいます。簡単に言えば、化学物質の構造を手がかりにして有害性(毒性値)などを定量的に算出する仕組みのことです。

     すでに実施された化学物質の影響試験のデータを使って相関関係を明らかにすれば、構造から化学物質の有害性を予測する構造活性相関モデルを作成することができます。すべての化学物質について試験をすることはできなくても、このモデルを使うことでおおよその毒性値を予測することができます。

    白石:構造活性相関は、生物試験を行わずに毒性の評価ができるので、実験用の生物を使わずにすみます。多くの化学物質について、その毒性を安価で短期間に評価できるというメリットがあるのです。

     OECDでも、2002年からQSAR専門家グループができ、ワークショップが行われるなど取り組みが始まりました。また、QSARを世界中で使うにあたって、みんなが納得できるような基準やルール作りをしようとQSARを化学物質の管理に利用するための原則が合意されました。今では多くの国でQSARが活用されています。海外で開発されている生態毒性QSARシステムとしては、米国環境保護庁(USEPA)のECOSARなどがあります(「研究をめぐって」参照)。
  • Q:そのシステムを日本でも開発しているのですね。
    白石:はい。環境リスク研究センターでは、化学物質の生態評価の試験結果を活用した毒性予測QSARの研究に取り組んでいます。生態毒性予測システムKATE(ケイト:KAshinhou Tool for Ecotoxicity)の開発は、環境省の請負業務として2004年度から実施しています。

化学物質の構造から毒性が予測できる

  • Q:KATEとはどんなシステムなのですか。
    古濱:化学物質の部分構造から魚類やミジンコの急性毒性を予測するシステムです(図1)。毒性値は、化学物質を生物に曝露し、生物の半数に影響を及ぼす化学物質の濃度によって決めます。この濃度が低いほど、少量で生物に影響を与えることになります。つまりその化学物質は、毒性が高いということです。逆にこの濃度が高いと、毒性が低いということになります。実際のKATEのシステムでは、化学物質の構造情報を入力すると、魚類やミジンコの毒性値が表示されます。KATEの利用者は、化学物質の構造を指定することで、予測毒性値を知ることができるのです。

    白石:化学物質の構造がわからなくても、物質の名前やCAS番号(化学物質を特定するための番号)でも構造を指定できます。それに、構造図の作成ソフトでも構造を入力することが可能です(図2)
図1 生態毒性予測システムKATEの概要
化学物質の構造情報により、魚類とミジンコの毒性の予測結果を得ることができます。例えば、図左上の構造の物質を入力すると、FITSと呼ばれる独自に開発したシステムでアニリン(青色)などの特徴的な部分構造を取得し、アミドやケトンなどの他の部分構造との分類を行った上でアニリンとして毒性を予測します。同時に信頼できるかどうかを判断する情報を得ることもできます。

なお、KATEにはパソコンにインストールして使用するスタンドアロン版「KATE on PAS」とブラウザ画面で操作するweb版「KATE on NET」があります。

図2 構造情報の入力方法
SMILESは、化学物質の構造情報で、化合物の分子構造などを印刷可能な文字で線形表記した識別子です。これは、左上で示す構造エディターや右上で示す検索システムなどで得られます。また、KATE on PAS付属のデータベースやWebkis-plus(化学物質データベース)などで調べることもできます。
  • Q:得られた予測値の精度はどうなのですか。
    古濱:KATEで得られた予測毒性値は、「部分構造で規定した範囲(図3)」と「QSAR式のグラフ(図4)の横軸である記述子(毒性を説明するための変数)の範囲」によって信頼できるかどうかを判定します。予測する化学物質の持つ部分構造が適用範囲に含まれるかどうか、構造から導き出される記述子が有効範囲を超えているかいないかで毒性の予測を判断します。それが予測の精度を保証する指標となります。さらに、予測の精度を高めるための研究(「Summary」参照)を進めています。
図3 KATEの予測結果の信頼性判定1
構造適用範囲の判定:C(1)は「予測する物質」がアニリン類の参照物質に検出されるすべての部分構造の集合で、「予測する物質」に検出される部分構造がすべてC(1)に含まれるとき○になります(右上図)。C(2)はNeutral Organics(一般的な生体内での反応性の比較的低い有機化合物)に分類される参照物質に検出されるすべての部分構造の集合で、「予測する物質」に含まれる部分構造がすべてC(1)かC(2)に含まれるとき△になります。例えば、C(1)、C(2)にも含まれない-S-S-の構造を含む場合には×になります(右下図)。

KATEの予測結果の信頼性判定2の図 (クリックで拡大画像がポップアップします)
図4 KATEの予測結果の信頼性判定2
logP判定:
左側のグラフ横軸である記述子(毒性を説明するための変数)の範囲内ならば○になります。予測する物質のlogPOWが0.350から4.410の場合に○、そうでない場合に×となります。○の場合にはlogPowの値が参照物質の範囲内であると判断・評価できます。logPOW(logP)はオクタノール/水分配係数を指し、化学物質が水よりも油脂に溶けやすいことを示す指標です。一般に、logPOWが高いほど毒性が強くなる傾向があります。
  • Q:どうして化学物質の部分構造から毒性がわかるのですか。
    白石:化学物質の構造と毒性には一定の関係があるということが前提です。化学物質を扱っていると、この構造をもつ化学物質にはこの程度の毒性があるという直感がはたらくのです。そんな経験的な「類似の構造物を持つ化学物質は類似の生物学的な作用が生じる」という知識をもとに構造活性相関がつくられました。
  • Q:そもそも化学物質の毒性はどうやって現れるのでしょうか。
    白石:化学物質が生物の体に吸収されて、生体内の生理活性を引き起こす標的部位に運ばれ、その部位と化学反応することにより毒性が生じます。つまり、化学物質の生物に対する毒性は、化学物質と生体内の標的部位が化学反応をおこした結果と考えられています。  化学物質は細胞膜を透過して、標的部位に達しますが、細胞膜は脂質に富んでいるので、油に溶けやすい物質は、他の物質に比べて速く、多量に細胞膜を透過します。それから、標的部位と化学物質との反応は、分子のもつ立体構造や電子的な特性に依存する場合が多いのです。そこで、同じ立体構造や電子的な特性をもつ化学物質は、同じ場所で同じような化学反応を引き起こすと仮定されています。
  • Q:そのような化学物質の特性を利用して、毒性を予測するというわけですね。
    古濱:はい。そこで、化学物質の油脂への溶けやすさを示すlogPOW(オクタノール/水分配係数の常用対数)という値を、化学物質が生体内の標的部位まで輸送されやすいかどうかのパラメータとして使います。つまり、このlogPOWと生態毒性の間には相関があり、毒性を予測することができるというわけです。

     毒性予測をするときは、まず部分構造の特徴によって生態毒性の強さの程度を分類し、さらにlogPOWを加えて、より精度の高い生態毒性の予測をします。ただし、化学物質には、生体物質であるタンパク質と反応しやすいものがあります。タンパク質と反応しやすい化学物質は、生態毒性が強い可能性が高いので、logPOWだけで毒性を説明することはむずかしくなります。
  • Q:生態影響試験で使う生物に藻類もあるとおっしゃっていましたが、KATEで藻類の毒性を予測できないのですか。
    白石:藻類については、環境省が測定した生態毒性試験データがありますが、魚類やミジンコとは異なった毒性の傾向があるので、KATEでの公開へ向けてQSARを整備しています。また、現在公開しているKATEでは、急性毒性を予測するのみですが、さらに慢性毒性試験の結果を用いた毒性予測についても公開できるように検討しています。

高まるKATEへの期待

  • Q:システムの開発には、ご苦労も多いのでしょうね。
    白石:何もないところからシステムを作り始めましたから、苦労しました。はじめは市販されている海外のソフトを活用していました。パソコンにプログラムをインストールして使うスタンドアロン版を無料で配布することになり、大分大学の吉岡義正先生が開発した化学物質の構造を解析するプログラム(FITS)を利用させていただき、KATE on PASを開発しました(コラム参照)。以来、KATEは大分大学と共同で開発を進めています。今では、Web版のKATE on NETも公開しています。

    古濱:私は理論化学、特に原子や化学結合を扱った量子化学計算が専門で、生物の実験をした経験がほとんどありません。そのため、代謝や生物毒性のイメージがわきにくくて…。生体の中の化学物質の挙動などを考えるのも難しいですね。

     でも、QSARを用いた生態毒性の予測には量子化学計算で得られた結果を使用できるので、理論化学の役割は広がっています。薬学の教科書にはQSARの記載が昔からありましたが、最近は量子化学計算が中心の理論・計算化学の教科書にもQSARの項目が新たに追加されています。
  • Q:KATEへの期待は、高まるばかりですね。
    白石:QSARは世界中で注目されています。QSARを使えば、生態毒性を調べるための生物実験を減らすことができますし、化学物質の詳細な調査が必要かどうかを判断することもできますからね。その情報をもとに化学物質の適切な取り扱いや管理方法の検討ができると見込んでいます。いずれは、KATEを世界中で使われるようなシステムにしていきたいです。

    古濱:KATEの開発が進み、実用に近づきましたが、改良の余地はまだたくさんあります。KATEの信頼性を高め、応用が広がるように研究を進めるとともに、システムに対する新しい提案をどんどんしていきたいと思います。
試験生物:魚類(メダカ)(左)  KATEシステムの開発現場(右)

解説

  • 化審法
     化学物質審査規制法の略称。PCB(ポリ塩化ビフェニル)による環境汚染問題を契機に1973年に制定されました。環境中で容易に分解されない難分解性で人の健康を損なうおそれがある化学物質による環境の汚染を防止するための法律でしたが、国際的な動向を踏まえ、化学物質による人や動植物への影響の防止や化学物質を包括的に管理するための改定がなされてきました。

     私たちは、労働環境、食品や医薬品の摂取、化学製品の利用時のほか、汚染された大気、水、土壌といった環境を経由しても化学物質に曝露されます。大気汚染防止法や水質汚濁防止法、土壌汚染防止法では、排出された化学物質が大気や水、土壌を汚染しないよう規制していますが、化審法では、環境を経由して化学物質が人や動植物に影響が生じないよう、製造や輸入など入り口の段階で規制しています。このため数多くの化学物質が審査対象になり、QSARの活用が検討されています。
化審法解説図解

コラム

吉岡義正教授の写真
FITSを開発した大分大学福祉健康科学部
吉岡義正教授
  • 部分構造の取得プログラムFITS
     国立環境研究所は、大分大学教育福祉科学部の吉岡義正教授との共同研究で、KATE on PASを開発しました。PAS(Platform for Assessment from Structure)は、化学物質の構造分類に基づいてその物性や毒性などを予測統合システム構造図の表示・入力機能・データベース機能・構造解析機能などで構成されています。PASを構成する化学物質の部分構造を取得するプログラムFITS(Fragment Identification by Tree Structure)は、化学物質の複雑な部分構造を下記のようなルールに従って指定することができます。

    例えば:

    • ある部分に結合する原子が塩素(Cl)と臭素(Br)のどちらか1原子以上ならばよい。
    • 六員環の芳香環(炭素で構成されたベンゼンだけではなく、窒素を含むピリジンなど全ての芳香属原子の組み合わせの六員環)に接続する。
    • 二重結合の酸素(=O)、二重結合の硫黄(=S)、リン(-P)のいずれかに1つに接続する。
    • 二原子以上の酸素に結合するが、その酸素は水酸基(OH)であってはならない。

    などの部分構造の指定が可能になります。

     部分構造を取得するための商用プログラムもありますが、KATEではシステムの透明性の担保とスタンドアロン版の無料配布を可能にするため、FITSを用いて部分構造を取得する方法をスタンドアロン版とWeb版の両者で採用しています。

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