- 予算区分
- BA 環境-地球推進 F-095
- 研究課題コード
- 0911BA003
- 開始/終了年度
- 2009~2011年
- キーワード(日本語)
- 渡り鳥,GPS,新興感染症,絶滅危惧鳥類,西ナイル熱ウイルス
- キーワード(英語)
- migrating birds, GPS, emerging infectous disease, endangered birds, west nile virus
研究概要
開発する超小型GPS位置測定システムを用いて、ウエストナイル熱ウイルス(WNV)に対する抗体を持つ当年生まれの渡り鳥が極東ロシアのどの地域を帰巣地とするかをカモ類、シギ・チドリ類他で調査、WNVの常在汚染地点を特定する。また、飛来時期が日本の吸血昆虫発生時期が一致しているシギ・チドリ類でのWNV感染状況を調査する。加えて、我が国に侵入した際に絶滅危惧鳥類のどの種に致命的な被害が生じるのかを細胞培養系を用いた感染実験によって明らかにする。
研究の性格
- 主たるもの:モニタリング・研究基盤整備
- 従たるもの:基礎科学研究
全体計画
我が国の生態系、特に絶滅危惧鳥類への新興感染症による絶滅危機を予測・回避するために、侵入が危惧されているウエストナイル熱に対する予想感染経路を予測すると共に、絶滅危惧鳥類種への危険度を評価することを目的とする。
本研究で開発する超小型GPS位置測定システムを用いて、ウエストナイル熱ウイルス(WNV)に対する抗体を持つ当年生まれの渡り鳥が極東ロシアのどの地域を帰巣地とするかをカモ類、シギ・チドリ類他で調査することによって、極東ロシア地域の中でWNVの常在汚染地点を特定する。また、WNVを媒介する吸血昆虫の極東ロシアでの発生時期と繁殖期が一致し、日本への飛来時期が日本の吸血昆虫発生時期とが一致しているシギ・チドリ類でのWNV感染状況を調査する。加えて、我が国に侵入した際に絶滅危惧鳥類(シマフクロウ、オジロワシ、タンチョウ、ヤンバルクイナ等の絶滅危機具鳥類種)のどの種に致命的な被害が生じるのかを細胞培養系を用いた感染実験によって明らかにする。
今年度の研究概要
(1) 渡り鳥の移動経路と感染症伝播との関連究明に関する研究
[樋口 広芳(東京大学)]
既にツル類及びタカ類、更にガン・カモ類などの大型、中型の鳥類を対象として、衛生追跡の結果に基づいて渡り経路、経時移動様式経路選択について解析を行ってきて多くの新知見を蓄積している。特に、渡り経路がどの様な要因によって決定されるのかを環境特性及び繁殖地、中継地越冬地候補を結ぶ接続特性などの因果関係を定量的に評価してきた。ただ、ガン・カモ類よりも小型の鳥類における渡り経路さらには感染症の媒介者としての渡り鳥の経路追跡調査は鳥インフルエンザ関連以外では行ってこなかった。特に、繁殖地の極東ロシア及び中継地の日本に飛来する時期が初夏となるシギ・チドリ類は一般に個体重が軽いために現存のGPS位置測定装置を装着することが困難もしくは不可能である。ウエストナイル熱の感染が吸血昆虫(蚊)であり、シギ・チドリ類の繁殖地、飛来地の蚊の発生時期に重なっているために、シギ・チドリ類がウエストナイル熱ウイルス(WNV)の汚染域拡大に際しての媒介を行う可能性が高い。
そのために、過去にWNVに感染した確証である抗WNV抗体陽性率が66.3%であるカモ類を捕獲してGPS装着と同時にサブテーマ(2)と共同で血清及びウイルス保有調査を冬期に行う。サブテーマ(4)で行う血清検査によって抗体陽性個体の移動経路を追跡して、夏期の蚊の発生時期にどの地点に生活圏を持つかを解析、極東ロシアでのWNV汚染地域を特定する。サブテーマ(3)によるGPS位置測定装置の小型化にともなって、順次シギ・チドリ類の小型鳥類種に対しても同様の手法で渡り経路の追跡を行うことで特定した汚染地域から日本に飛来するシギ・チドリ類の飛行経路のパターン化を行う。これらの中、小型の渡り鳥の渡り経路の追跡と解析・評価を他のサブテーマ研究と共有することで本研究課題全体の目的であるWNVの予測感染経路を解明していく。
(2) 希少鳥類への渡り鳥による感染症リスク解析研究
[桑名 貴(国立環境研究所)]
過去3年間、主にシギ・チドリ類を対象として口腔及び総排泄口のぬぐい液を採取し、WNV迅速診断キット及びLAMP法を用いた高感度診断法を用いたモニタリングを行ってきた。幸いにシギ・チドリ類で我が国への飛来時にWNVを保有している個体(ウイルス血症を呈している個体)を捕獲することはなかった。ただし、少数捕獲したガン・カモ類の平均66.3%が抗WNV抗体陽性であったことから、これらの種が極東ロシアでWNVに感染し、ウイルス血症を経て抗体を獲得したと考えられる。幸いにもガン・カモ類が我が国に飛来する時期は冬期であり、吸血昆虫が野外にいないためにガン・カモを介してWNVが我が国に侵入する確立は極めて低い。ただし、夏期の極東ロシア湿地帯にガン・カモとニッチを共有する形で繁殖し、その後に我が国を経由して南下する渡り鳥であるシギ・チドリ類がWNVの媒介を行う可能性は極めて高い。そのために、本サブテーマではWNV保有の迅速診断に加えて捕獲するシギ・チドリ類の全てで血清を採取して抗WNV抗体検査を行う(サブテーマ(4)との共同)。更に、サブテーマ(1)と共同で捕獲したシギ・チドリ類個体に超小型GPSシステム(サブテーマ(3)が開発)を装着して渡りの経路の解析を行う。また、迅速診断によってWNV陽性となった試料はサブテーマ(4)でウイルス分離による確定診断を行う。
これに加えて、既に国立環境研究所において凍結保存している約30の絶滅危惧鳥類種の培養細胞系統並びに国内一般鳥類種10種程度を用いて、サブテーマ(4)との共同研究によってWNVに対する感受性試験を行うことでWNVに感染した際に種として致命的な打撃を受ける可能性のあるものを特定する。
(3) 超小型の野鳥位置探査システムの開発・改良研究
[松浦功哲(株式会社コア)]
本サブテーマでは、体重100 g程度のシギ・チドリ類を含む鳥類個体に装着でき、渡りのルート解明やその他の情報収集を可能とする、超軽量・小型GPSシステムの開発を行う。鳥の自由な飛行を妨げない重量は、鳥の体重の1/10と言われているため、最終的なシステム重量は10gを目指す。このシステムは、従来のように鳥を再捕獲しデータを回収するためのメモリは搭載せず、そのかわり衛星への発信機能を備えていることを特徴とする。現状のGPSシステムでは、最軽量でも20 g(機能によっては60 g程度)のものしか存在しないために、中型以下の鳥類に装着してその行動を追跡することは至難であり、軽量であることのみを要求した場合、GPSから中継基地への情報送信環境が不十分となるという欠点がある。そこで、技術面の要因に起因するこれら諸問題を解決するために、本サブテーマでは、システム構成要素であるGPS受信機モジュール、GPSアンテナ、タイマー、電池、そして筐体等すべてについて見直し、システム全体の小型・軽量化と省電力化を図る。そして、長期使用に耐え、かつ使い捨てにするためにできるだけ安価な野鳥位置探査システムの開発と改良を行う。
(4) 渡り鳥での新興感染症病原体に対する抗体反応性解析・評価に関する研究
[只野昌之(琉球大学)]
北海道の野生カモ類の平均66.3%が抗WNV抗体陽性であった。この結果は、南北に延びるカモ類の渡りの経路の中で唯一WNV汚染地域である極東ロシアでの感染を反映したものと考えられる。ただし、カモ類が日本に飛来する時期が幸いにも冬期であり、WNVを媒介する吸血昆虫が生息していない時期に当たるために、我が国の生態系にカモ類を介在してWNVが侵入する可能性は極めて低い。ただし、一部のカモ類は夏期にも北海道内に留まるとも言われており、その点では問題が残っている。本サブテーマでは、繁殖期の初夏に極東ロシアで子育てをし、WNV媒介性の蚊に吸血されている可能性が極めて高く、我が国の蚊の発生時期に合わせて飛来するシギ・チドリ類を重点的に血清学的に調査する。具体的には抗体価測定を中和試験で行う。中和試験は50%フォーカス減少法を用いて行い、WNV(Eg-101株)に対する中和抗体を測定して、中和反応性を分析評価する。
- 関連する研究課題
- 0 : 環境保全に有用な環境微生物の探索・収集・保存、試験用生物等の開発及び飼育・栽培のための基本業務体制の整備、絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存
課題代表者
桑名 貴
担当者
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大沼 学生物多様性領域
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久米 博
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根上 泰子