ナノマテリアル
【環境問題基礎知識】
平野 靖史郎
ナノテクノロジーの発展に伴い、ナノサイズのレベルで形状等を変化させることにより新しい機能を持つ、あるいは機能性の高い物質が生産されるようになりました。ナノテクノロジーの概念は、1959年にカルフォルニア工科大学のフェイマン物理学教授が、物質の性質は非常に小さいスケールで制御することができることについて講演したことに端を発しているといわれています。「ナノ」はナノメートル(nm = 10-9 m)のことを指します。因みに、通常のタンパク質は、水溶液中で数ナノメートルの大きさで存在しています。ナノマテリアルの多くは粒子状の物質ですが、大きさに関する定義では少なくても一辺の長さが概ね1~100nmとされており、シート状、あるいは繊維状の物質も含まれます。下限が1nmとされているのは、それ以下のサイズの物質は粒子状物質というよりは、原子や簡単な単分子そのもののサイズになってしまうからです。上限が100nmとされているのは、現在ナノマテリアルと呼ばれている粒子のサイズが最大100nm程度であるからと理解しておいて間違いはないのですが、一方では、本来のナノのサイズ効果は30nm以下から現れるという考え方も示されています。ナノマテリアルの定義、測定法や安全性評価に関するガイドラインの策定に関しては、経済協力開発機構(OECD)と国際標準化機構(ISO)等の国際的機関において作業が進められています。ところで、ナノマテリアルには実際どのような物質があるのでしょうか。OECDでは、ナノマテリアルの安全性に関して優先的に取り組むべき以下の物質名を挙げています。
炭素系 | カーボンブラック フラーレン 単層カーボンナノチューブ 多層カーボンナノチューブ |
金属・金属酸化物系 | 鉄ナノ粒子 銀(金)ナノ粒子 酸化セリウム 酸化亜鉛 酸化アルミニウム 二酸化チタン |
有機高分子系 | デンドリマー ポリスチレン |
セラミックス系 | 二酸化ケイ素 ナノクレー |
ナノマテリアルの環境・安全性が問題となっているのは、生体が超微小構造を持つ物質やナノサイズの粒子に対して組織の透過性も含めて強い反応を示すのではないかと考えられているからです。例えば、機械的強度が高く、電気伝導性も高いカーボンナノチューブは、肺に沈着すると強い線維化(コラーゲン線維などが増える病変)や胸膜肥厚を起こすことが報告され、繊維の形状をしているばかりでなく、生体反応もアスベストに類似しているのではないかと危惧されています。また、酸化チタンは古くから使われてきた物質ですが、ナノサイズの酸化チタンは、肌につけても透明感があるため日焼け止めローションとして使われているほか、銀ナノ粒子はデオドラントスプレーなどにも多く使われています。これら酸化チタンや銀のナノ粒子の皮膚組織に与える影響については詳細に調べる必要があると考えられています。一方、ナノ粒子は標的細胞に選択的に薬剤を到達させる物質として医療において注目されています。このようなことから、ナノマテリアルを使用することの便益性に併せて、環境や健康への安全性評価も論議されているところです。
環境ナノ生体影響研究室室長)
執筆者プロフィール
1981年に当時の国立公害研究所に入所したときに、環境中のアスベストの毒性学的研究を始めなさいといわれた。ちょっとかじった程度でやめてしまったが、25年後にそれが卓見であったと気付く。環境研では、金属毒性学の著名な先生からの薫陶も受けた。ともに故人であるが諸先達の研究に対する厳しい姿勢が励みとなっている。