科学技術空間と問題空間を結ぶ
【巻頭言】
理事 安岡 善文
研究者は新たな科学的また技術的な考え方や方法論を生み出すことを使命としています。これは理学,工学,医学などの理工学系や経済学や法学などの人文科学系を問いません。このような科学や技術の学問分野の集合を科学技術空間と呼ぶことにします。今日でいえば,例えば,情報,バイオ,ナノ,環境といった科学や技術がその部分空間といえます。
一方で,我々は,解決しなければならない様々な問題を抱えています。健康の問題や食糧の問題などは,人類の誕生以来,我々の存在を脅かしてきました。地球規模での環境問題や災害の問題は,近年になって発生した問題といえるでしょう。これらの解決すべき問題の集合を問題空間と呼ぶことにします。
古くから,我々は人間の生存を脅かす問題を解決するために,様々な道具や手法を考案してきました。これは,問題空間と科学技術空間をつなぐ道筋を見つける行為と言えます。問題が複雑でなかった時代は,その道筋は比較的単純なものであったと思います。例えば,一つの問題を解決するために一人の賢人が新しい方法を生み出した,といったようなケースもあったのではないでしょうか。近代に入って科学技術は飛躍的に発展しました。では,科学技術空間と問題空間とをつなぐ道筋は簡単に見つかるようになったでしょうか。残念ながらそうはなっていません。何故でしょうか。
まず科学技術空間を見てみます。科学技術という言葉が使われ始めたのは17世紀といわれていますが,その頃から,科学や技術はそれぞれの学問分野の中で独自にその展開を図るようになります。この過程では,問題解決のための方法を開発するばかりでなく,それぞれの分野における手法や考え方を整理して,矛盾無く体系化すること,すなわち美しく体系化すること自身も目的となります。そのために,個々の学問分野の境界を狭め,その内側での体系に矛盾がないようにする,ということも行われました。科学技術の発展と同時にその分野の細分化が進みます。
一方で,問題空間はどうでしょうか。環境問題を例にとると,問題そのものが広域化しまた複雑化したと思います。例えば,新たな化学物質の発明は,病気に対する新たな治療法をもたらすなどの利益を与えると同時に,それが自然や人間に負の影響を及ぼすという環境リスク問題を引き起こしました。また,石油をエネルギー源として使う技術の発展により我々の生活は飛躍的に便利になりましたが,同時に地球規模での環境変動をもたらす要因も生み出しました。これらの問題は,その発生から影響までの経路が大気圏や水圏,生物圏さらには人間社会に広がっていること,またその影響の過程が複雑なことから,その全容を個別の学問体系の中で把握することは容易ではありません。
では,問題空間と科学技術空間をつなぐ道筋をどのように見つければ良いでしょうか?国立環境研究所では,問題空間に軸足を有する重点研究プログラムと,科学技術空間に軸足を有する基盤調査研究を組み合わせることで,両空間を結ぶ道筋を探索してきました。前者では,問題空間から科学技術空間への道筋を探り,後者では,科学技術空間から問題空間への道筋を探る,という双方向の取組です。勿論,双方からの道筋がすれ違わないように,またバラバラにならないように,両者の連携を通じて最適な道筋を探らなくてはなりません。この取組はまだ道半ばにあります。これからも地道な努力を続けたいと思います。
執筆者プロフィール
理事となって3年目に入りました。これからが正念場です。