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都市計画のための気候解析

研究ノート

一ノ瀬 俊明

 ドイツでは主に内陸都市を対象として,夏季の暑熱緩和と冬季の大気汚染負荷軽減を目的とした「都市計画のための気候解析」(Klimaanalyse fuer die Stadtplanung:以下Klimaanalyseと記す)が広く行われている。Klimaanalyse の成果として「計画へのアドバイスを表現したマップ」(Planungshin-weiskarte)が描かれ,プランナーが法的拘束力を持った「地区詳細計画・建築計画」(B-Plan)を作成する際に参照し,内容をB-Planに反映させることが推奨されている。その結果,「風の道」に代表される都市気候保全に配慮した都市計画上の施策が行われており,効果を挙げている。「風の道」に代表されるドイツの環境共生的都市計画技術(特に都市熱環境制御)については,一言でいうならば次のようなものである。風の詳細な調査に基づき,清浄な気流を市街地に導入するため,ドイツ特有の厳しい都市計画制度を駆使して,道路,公園,森林,建築物などの再配置を含めた都市整備計画が進められている。丘陵地帯で夜間放射冷却により生成され,市街地を吹き抜ける冷気流は,ヒートアイランドや大気汚染等の問題に対して天然の環境緩和機能を発揮する。

 近年,日本でも「風の道」を都市マスタープランに位置づける自治体が出てきているが,「風の道」の必要性に関する議論が十分になされているとは言い難い。例えば,日本の大都市の多くは海岸に立地し,ドイツの内陸都市に比べて風速が大きく,排出された大気汚染物質が比較的円滑に拡散・希釈されるため,「風の道」の大気汚染対策としての意義はあまり大きくない。しかし,夏季の暑熱は日本の多くの都市において問題となっており,海風の適切な導入など,日本型の「風の道」を検討する必要がある。ドイツの内陸都市では年間を通じて風が弱く,空気が淀みやすいため,市街地の換気性確保を議論しなければならない。筆者は都市気候保全に配慮した都市計画の日本およびアジアへの普及を検討してきたが,以下にドイツの事例を紹介し,ついで日本への適用にあたり留意すべき点を述べたい。

 このKlimaanalyseでは,まず局地的な気候に与える影響による地域のゾーニングが行われる。図は気候機能分析マップ(Klimafunktionskarte)の例であるが,一様な微気象学的特徴を示す空間単位(Klimatope)ごとに塗り分けられた地図上に,郊外から中心市街地に吹き込む冷気流が書き込まれている。また気候機能分析マップをもとに,地域ごとに今後の都市計画への処方せんが描かれる。これを地図におとしたものが,都市計画へのアドバイスマップ(Planungshinweiskarte)である。こちらも処方せんでゾーニングを行う形をとっており,凡例には「近隣の居住地域にとってローカルな気候保全機能が高く,開発から守られるべき緑地」や「当面もう少し開発を進めても気候や大気汚染に関して影響が少ないと思われる市街地」といったものがある。

マップの例
図 シュツットガルト市周辺における気候機能分析マップの例
一様な微気象学的特徴を示す空間単位(Klimatope)ごとに塗り分けられた地図上に,郊外から中心市街地に吹き込む冷気流が書き込まれている。

 さて,狭義の「風の道」は市街地への空気の進入経路を意味する。東京都心部からみて海風の風下に位置する関東内陸の都市(熊谷など)では,風上からの熱や大気汚染物質が輸送されてくるため,市街地の風通しを確保しただけでは暑熱の緩和や大気の浄化という機能が十分に発揮されないことになる。市街地の郊外への無秩序な連続を避け,適度な緑地を確保することによって初めて,「風の道」として活用できる。実際の都市の設計にあたっては,その地域の風の場を考慮する必要があることはいうまでもない。とりわけ丘陵や山地,湖沼に隣接して立地し,風の場が複雑な都市においては,異なる気象条件・季節・時刻での風向や風速分布等の基礎的な解析が重要である。

 一方,アジアには都市計画・建築計画的手法に基づいて住みよい環境を創造する「風水」という伝統的知識体系がある。風水とは本来,土地の相をみるにはその土地の風と水を観察しなければならないという自然観のことである。ここには,都市の熱環境に関連する記述も見受けられる。ドイツにおける都市気候保全に配慮した都市計画は,科学的な根拠に基づいて行われているものではあるが,「西洋の風水」と考えてよいだろう。その意味では,Klimaanalyseがアジアに受け入れられる可能性は大きいものと思われる。

(いちのせ としあき, 地球環境研究センター)

執筆者プロフィール:

最近の研究は中国をフィールドにしたものが多く,あちらではフルネームから作った頼俊明(Lai Junming)で活動することが多い。そのせいか,Ichinoseという人は知らないけれど頼俊明ならよく知ってるよ,という中国人環境研究者に最近よく会う。しかし会話能力は依然として向こうの小学生レベル?