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2017年6月12日

地球温暖化によって追加的に必要となる
労働者の熱中症予防の経済的コストを推計
(お知らせ)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成29年6月12日(月)
国立環境研究所 社会環境システム研究センター
             統合環境経済研究室
           室長    増井 利彦
         広域影響・対策モデル研究室
           室長     高橋 潔
           研究員  藤森 真一郎
           特別研究員 高倉 潤也
           地域環境影響評価研究室
           室長    肱岡 靖明
        環境社会イノベーション研究室
           研究員  長谷川 知子
              筑波大学 体育系
           教授     本田 靖
 

 国立環境研究所と筑波大学の研究チームは、地球温暖化によって追加的に必要となる労働者の熱中症予防の経済的コストを推計し、論文として発表しました。
 地球温暖化による気温の上昇により、労働者はより強い暑熱ストレスに曝されることになります。各種の指針では、熱中症を予防するために暑さの度合いと作業強度に応じて休憩をとる(作業を中断する)ことが推奨されていますが、気温の上昇に伴い、より長い休憩を取ることが必要となり、経済活動に影響を与える可能性があります。研究チームでは、気候モデルの結果と経済モデルを組み合わせて分析することで、地球温暖化によって追加的に必要となる熱中症予防の経済的コストを、複数の将来シナリオの下で推計し比較しました。地球温暖化が最も進むシナリオの下で何も対策を取らなかった場合、21世紀の終わりには、年間の追加的な経済的コストは世界全体のGDPの2.6~4.0%にも相当することが分かりました。一方で、気温の上昇を産業革命以前と比較して2℃未満に抑えることができると仮定したシナリオでは、年間の追加的な経済的コストは世界全体のGDPの0.5%以下に抑えられることが分かりました。この結果は、パリ協定1の目標(気温の上昇を産業革命以前と比較して2℃未満に抑える)を達成することが、世界全体の経済に対して便益も持つことも意味します。
 この研究の成果は IOP Publishing が発行するオンラインの学術誌 Environmental Research Letters に、日本時間6月13日に掲載されました。

1 気候変動(地球温暖化)対策についての国際的な枠組み。2015年12月の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択され、2016年11月に発効した。

1.背景

 地球温暖化は社会や経済に様々な影響を与えると考えられていますが、労働者の暑熱ストレスへの曝露の増大も懸念されている影響のひとつです。暑い環境において労働作業に従事することは、熱中症などのリスクを高めるため、予防のための対策をとることが必要です。国際標準化機構(ISO)や各国の機関は、熱中症などのリスクを低減するために、暑さの度合いと作業強度に応じて、労働時間中に休憩を取ることを推奨しています2。地球温暖化により気温の上昇が進むと、必要とされる休憩時間の割合も増えるため、労働可能時間が短縮され、経済的な生産性が低下する可能性がこれまでの研究でも指摘されていました。しかし、これまでの研究では、将来のエアコンの普及率の変化や、1日の中での暑さの変動といった要因が考慮されておらず、また、将来の気候や社会経済の状況について、限られたシナリオの下での比較しか行われていませんでした。本研究では、将来のエアコンの普及率の変化や、暑さの1日の中での変化も考慮した上で、幅広い将来のシナリオの下、休憩時間の推奨値を遵守した場合に生じる世界全体の経済的損失の推計を行いました。ここで推計される経済的損失は、地球温暖化によって追加的に必要となる労働者の熱中症予防のための社会全体の経済的コストに相当します。

2 たとえば ISO/DIS 7243やJIS Z8504

2.手法

 まず、世界全体を緯度・経度0.5度ずつに区切ったセルに分割した上で、それぞれのセルにおける暑さの指標であるWBGT3を、気候モデルの計算結果に基づき屋内・屋外についてそれぞれ算出しました。そして、WBGTの値に対応した推奨される休憩時間の割合を1時間毎に計算し、合計の就業時間に対する作業可能時間の割合を求めました。また、エアコンの普及率は、各地域の気温と1人あたりGDPに基づき推定し、エアコンが利用可能な場合には屋内労働は作業時間の短縮は不要と想定しました。セルごとに求められた作業可能時間の割合は、人口の分布で重みづけして合計することで、地域ごとに集計しました。
 経済的損失の推計には、統合評価モデルAIM4(Asian-Pacific Integrated Model)の経済モデルであるAIM/CGE(Computable General Equilibrium)モデルを用いました。AIM/CGEは将来の人口やGDP、エネルギー技術の進展度合い、再生可能エネルギーの費用、食料の選好、土地利用政策など様々な社会経済条件を考慮して、経済損失を含む様々な指標を算出することができる経済モデルです。
 将来の気候と社会経済シナリオはSSP/RCPと呼ばれるフレームワークを採用して設定しました。RCPは地球温暖化についてのシナリオで、RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5の4段階を対象としました。RCPの後ろに付いている数字が大きいほど、気温の上昇が大きくなります(2100年の全球平均気温の上昇がそれぞれおよそ1.7℃、2.5℃、3.0℃、4.5℃)。RCP2.6は、気温の上昇を産業革命以前と比較して2℃未満に抑えるという目標(2℃目標)に相当します。SSPは社会経済の状況を表すシナリオです。地球温暖化が及ぼす影響の大きさは、気温などの物理的な条件だけではなく、例えばエアコンの普及率などの要因の影響も受けるため、社会経済の状況についてもシナリオが必要になります。ここでは、SSP1、SSP2、SSP3の3種類のシナリオを採用しました。ここで、SSP1は急速に経済発展が進むシナリオ、SSP2は現在のペースで経済発展が進むシナリオ、SSP3はあまり経済発展が進まないシナリオです。それぞれのシナリオに基づいて作業可能時間の割合を算出し、AIM/CGEモデルにより、地球温暖化が全く進まない仮想的な条件と比較した経済的コスト(世界全体のGDP損失)を算出しました。

3 Wet Bulb Globe Temperature の略。暑さ指数とも呼ばれる。
4 Asian-Pacific Integrated Model(アジア太平洋統合評価モデル):国立環境研究所と京都大学の共同研究により、アジア太平洋地域の複数の研究所からの協力を得つつ開発をすすめている大規模シミュレーションモデル。

3.結果

 AIM/CGEモデルによって推定された世界全体のGDP損失をSSPごとに表した結果のグラフが図1です。いずれの社会経済シナリオ(SSP)でも、地球温暖化が進むにつれて年間のGDP損失は大きくなっていきます。RCP8.5シナリオにおいては、21世紀終わりの年間のGDP損失(中央値)は、SSP1、SSP2、SSP3でそれぞれ 2.8%、2.6%、4.0%と推計されました。SSP3でGDP損失がSSP1やSSP2と比較してやや大きな値となっているのは、経済発展が進まないため、エアコンの普及率が低いことと、経済がより労働集約的であることに起因します。一方で、RCP2.6の下では、21世紀終わりの年間のGDP損失はいずれのSSPでも0.5%以下と推計されました。このことは、パリ協定で設定された2℃目標を達成することが、地球温暖化によって追加的に必要となる労働者の熱中症予防のための社会的コストを低減するという観点からも有効であることを示唆しています。また、2度目標を達成することで得られる便益が、年間でGDPの約2~3%に相当することも意味します。これは、IPCC 第5次報告書で報告されている温室効果ガス排出削減のために必要な費用5とも比較可能なオーダーの値です。

図1: 気候変動がない場合と比較した全世界のGDPの変化率。5つの異なる気候モデルを用いた推計の中央値が実線で、最大・最小値が色付きの領域で表されている。

 ところで、パリ協定では、2℃目標に加えて1.5℃目標にも言及されています。そこで、平均気温0.5℃の違いで、どの程度の差が生じるかを調べるため、気温の上昇とGDP損失の間の関係を調べました。その結果、両者の間にはほぼ線形の関係があることも分かりました(図2)。たとえば、SSP1の社会経済シナリオの下では、グラフの傾きは1℃の全球平均気温上昇につきGDP損失が約0.6%であり、全球平均気温0.5℃の違いは、約0.3%のGDP損失の違いに相当すると推定されました。

図2:全球平均気温の上昇とGDP変化率の関係。プロット上の異なる色が異なるRCPを、異なる形が異なる気候モデルの結果であることを表す。

 また、作業可能時間の減少量は、地域によって大幅に異なることも示されました。推計された作業可能時間の割合の地理的分布を、作業強度、作業場所ごとに示したものが図3です。アジア、アフリカ、中南米などの緯度の低い地域が特に大きな影響を受けることが分かります。現在における開発途上国(エアコンの普及率が低く、産業がより労働集約的な国)の多くは、これらの地域に位置しています。つまり、暑熱ストレスに対してより脆弱な地域がより大きな暑熱ストレスを受けるという構図になっていることが分かります。したがって、地球温暖化による影響を最小限に抑えるには、温室効果ガスの削減といった温暖化を防ぐための対策に加えて、特に開発途上国における社会経済的な状況の改善も重要であることを示唆しています。

図3:作業可能時間の割合の地理的分布。たとえば、作業可能時間の割合が0.25のとき、1時間のうち25%(15分)の時間は作業が可能で、残りの75%(45分)は休憩時間に当てることが必要。

5 2℃目標を達成するためのコストは2100年の時点で年間の世界全体のGDPの約5%(不確実性の幅は約2~12%)と推計されている。

4.本研究の意義と今後の展望

 このように気候変動によって生じる経済的な影響について定量的な推計結果を示すことにより、気候変動対策についての費用便益分析が可能となり、より科学的で透明性の高い政策決定への貢献が期待されます。
 ただし、本研究では、将来にわたって労働者の働き方は変わらないという仮定のもとで推計を実施しました。一方で、労働者の働き方を変えることなどにより、地球温暖化の影響に対処すること(地球温暖化に対する適応策)も考える必要があります。たとえば、作業を機械化・自動化することにより暑熱ストレスが労働者に与える影響を回避することができます。あるいは、作業時間帯を早朝や深夜に変更することでも、暑熱ストレスを回避することができます。こういった対策をとることによる効果の定量化にも取り組んでいきます。
 私たちの研究グループでは、これまでにも地球温暖化による影響の定量的な推計に取り組んできました。今後も更に様々な分野における研究を進め、地球温暖化によって生じる影響の全体像を把握し、気候変動政策の決定に必要な定量的な情報の提供を目指していきます。

謝辞

 本研究は環境省の環境研究総合推進費 戦略研究プロジェクトS-14(気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究)によって実施されました。

問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所 社会環境システム研究センター
地域環境影響評価研究室 室長 肱岡 靖明
電話:029-850-2961
E-mail: hijioka(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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