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1999年3月31日

ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患発症機序の解明とリスク評価に関する研究
平成5〜9年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-27-'99

1.はじめに

表紙
SR-27-'99 [5.1MB]

 我が国の大都市部の浮遊粒子状物質(SPM)とNO2の環境基準の達成率は依然低い状態にある。一方近年、気管支ぜん息や花粉症のようなアレルギー性呼吸器疾患が増加しているという調査結果が報告されている。このような事実から、これら疾患の発生と大気汚染との関連が疑われているため、両者間の因果関係の解明が一層重要になってきている。
本研究では、主にアレルギー反応に基づくディーゼル排気微粒子(DEP)のぜん息様病態およびアレルギー性鼻炎との関係について研究した。また、肺がんの発生とDEPあるいはディーゼル排気(DE)との関連についての研究も行った。さらに、その他の健康影響として、DEがマウスの精子形成能力を低下させること、DEP中のダイオキシン類の濃度、多環芳香族炭化水素類等の濃度、DEPが食物に対する免疫寛容を阻害する、すなわちアトピー皮膚炎を増強する可能性があること、さらにDEPが自己免疫疾患としての関節炎を悪化させること等について研究した。最後に、ヒトがどの程度のSPMに暴露されているかという、個人暴露量の推定に関する研究も行った。

2.研究の概要

(1)ディーゼル排気微粒子(DEP)とアレルゲンによるアレルギー性気管支喘息様病態の発現に関する実験的研究

  1. DEPとアレルゲン(OA)の気管内併用投与により、①気管支粘膜下への好酸球浸潤を伴う慢性気道炎症や気道上皮の②粘液産生増加、および気道過敏性(気道平滑筋のレン縮も含む)が強くなる等の明瞭な喘息様病態が発現することが認められた。
  2. このとき、血清中のIgE値はほとんど増加せず、I型アレルギー反応によるメカニズムでの発症とは異なるメカニズムが存在することが示された。一方、IgGlが顕著に増加していたことから、好酸球上のIgGl受容体(FcγRII)にIgGlが結合することと共にリンパ球からのIL-5の顕著な遊離等によって、好酸球が活性化されることにより病態がさらに悪化したものと考えられる(図1)。

添付図1

(2)アレルギー性ぜん息のモデル動物に及ぼすディーゼル排気(DE)の影響

  1. ディーゼル排気(DE)とアレルゲン(OA)の両者の吸入によって、マウスの気道粘膜下への好酸球の浸潤を伴う慢性気道炎症や気道上皮の粘液産生増加などのぜん息様基本病態が顕著に発現することが認められた。
  2. ディーゼル排気吸入のみではそれらぜん息様病態はほとんど認められなかった。アレルゲンだけの吸入でもぜん息様病態は極めて軽度であり、両者の複合によって病態がさらに悪化することが示唆された(図2)。
  3. 0.1mg/m3のDEPのような低濃度領域のDEでのぜん息様病態発現の確率推定のために、病態を6段階に点数化して4段階以上のスコアーのものを陽性として、各濃度群で陽性と見なされた匹数をプロットすると、0.1mg/m3レベルでも8匹に1匹の確率で病態が発現する可能性が示唆された(図3)。
  4. モルモットにアレルゲン(OA)をアラムとともに投与して作製(感作)したぜん息モデル動物にディーゼル排気ガスを吸入させ、最後にOAのミストを吸入(チャレンジ)すると、二相性の気道閉塞が増強されることを見いだした。この閉塞の増強は気道内の粘液の過剰産生によって起こることが認められた。このことは、アレルゲンの吸入だけでは軽度な病態でもディーゼル排気暴露との併用によってぜん息様症状が増悪することを示している。

添付図2
添付図3

(3)アレルギー性鼻炎様症状に及ぼすディーゼル排気(DE)の影響

  1. ラットにOAを全身感作した後、DEを吸入させるとくしゃみやはなかき運動を起こしアレルギー性鼻炎症状が発現することが認められた。くしゃみに関してはOAによる全身感作の有無にかかわらずDE吸入のみで十分に生じ、はなかきに関してはDE吸入とOAの全身感作で同等くらいで、両者の併用で相加的増強効果が見られた。
  2. モルモットのアレルギー実験では、DE吸入だけで鼻の過敏性に顕著な増加が認められた。DE+OA処理したモルモットではDE暴露濃度に依存して、くしゃみ、鼻水、鼻づまりに相当する諸症状が亢進することが認められた。

(4)肺がん発生に及ぼすディーゼル排気(DE)の影響について

  1. ディーゼル排気微粒子(DEP)による発がんのメカニズムについて:DEPの気管内投与による発がん実験を行い、そのときの発がん率とDNAの活性酸素による損傷産物である8‐ヒドロキシデオキシグアニン(8-OHdG)生成率との間の相関を調べた。両者の間に高い相関が認められ、DEP投与で肺内で生じた活性酸素が発がんのメカニズムの一つであることが示唆された。

 このメカニズムは、肺胞マクロファージが様々な粒子状物質を貪食し、多量の活性酸素を発生することによっても肺がんが発生することを説明しうるものである。

  1. ディーゼル排気(DE)による発がん:本実験に用いたICR系マウスにDEP濃度として0.3mg/m3、1mg/m3および3mg/m3のDEを1年間吸入させたが、清浄空気を吸わせた対照群との間に有意差は認められなかった。唯一有意差が認められたのは16%高脂肪食とβ-カロチンを添加した餌を与えた3mg/m3群との間だけであった。
  2. ディーゼル排気(DE)、高脂肪およびβ-カロチンの影響:本研究に用いたすべての動物をDE暴露の有無、高脂肪食の有無あるいはβ-カロチンの有無に分けて、X2検定により両者間に差があるかどうかを調べた。その結果、それぞれの群間で有意差が認められたのはβ-カロチンの有無の場合だけであった。このことは、DE暴露下ではβ-カロチンは発がんを抑制するのではなく、むしろ促進するように作用したことを示しており、フィンランドや米国で喫煙者を対象として実施された疫学介入調査の結果を支持する結果となった。

(5)ディーゼル排気(DE)あるいはディーゼル排気微粒子(DEP)によるその他の影響

  1. DEP濃度として0.3、1.0および3mg/m3のディーゼル排気(DE)を毎日12時間ずつ6ヵ月吸入させたマウスの1日当たりの精子産生能力(DSP)は対照群よりそれぞれ29%、36%および53%低下した(図6)。

 この低下はDE吸入によって精巣で男性ホルモンを作るライデッヒ細胞が損傷を受けることによって起こったものと考えられる。

  1. 国立環境研究所の小型エンジン付ディーゼル排気暴露装置内で発生したDEP、ガソリン自動車の排気管から集めたガソリン排気微粒子(GEP)およびトンネル内電気集じん器から集めた浮遊粒子状物質(SPM)中のダイオキシン類の濃度を測定した。SPM中の濃度(I-TEQ)が242pg/gで最も高く、GEPとDEPはそれぞれ4pg/gと10pg/g程度であった(表1)。SPM中の濃度から、自動車排気に由来する国内のダイオキシン類の年間総排出量は約17gと試算した。

添付図6
添付表1

(6)浮遊粒子状物質(SPM)および二酸化窒素(NO2)の個人暴露量の推定に関する研究

 6年間にわたって沿道周辺住宅の室内外でSPMとNO2濃度等の測定を行い、それらの結果により次の結論を得た。

  1. SPM、NO2とともに道路からの距離減衰が認められ、道路から5mと55~140mとでは全平均でSPMでは15~18%、NO2では約15%の減衰であった。
  2. 外気濃度と室内濃度との相関は、SPMでは高く(図7)、NO2では低かった(図8)。また、居間のSPM濃度は外気濃度のおおよそ60%に相当していた。NO2は居間濃度と台所濃度の相関が高いことから、外気よりも燃焼器具が使用される台所の影響を受けやすいことが示唆された。
  3. 個人暴露濃度についてみると、SPMは外気濃度、居間濃度と個人暴露濃度との間に高い相関が認められ、個人暴露濃度は居間濃度のおおよそ70~80%に相当していた。また、外気と居間の間で相関が高いのは2~10μm、2μm以下及びその両者を合計した総SPMであった。一方、外気あるいは居間の濃度と個人暴露量との間で相関が高いのは2μm以下の粒子か10μm以下の総SPMであることが判明した。
  4. 各測定場所でのSPMとNO2濃度の相関をみると、外気では高い相関が認められ、それらが同一の発生源(自動車)に由来している可能性が強く示唆された。居間濃度と個人暴露濃度についてはSPMとNO2濃度の間に相関が認められなかった。その理由として、NO2が燃焼器具を使用する台所の影響を強く受けるためだと考えられる。
  5. これらの結果から、外気の個人暴露はSPMについては高い相関があるが、NO2にはないことから、外気の健康影響を論じるためにはSPMの測定、中でも2μm以下の粒径のSPM濃度の測定が重要であることが示唆された。

添付図7
添付図8

3. 今後の検討課題

 本研究によって、ディーゼル排気微粒子(DEP)あるいはディーゼル排気(DE)は呼吸器だけではなく、生殖器系にも広範な影響を及ぼしていることが判明した。また、近年PM2.5が心疾患や呼吸器疾患などによるヒトの死亡率との間に極めて高い相関があることが知られてきた。このことから、呼吸器への影響のみならず、循環器系に及ぼす影響の解析が重要となっている。
 また、最近、DEPが精子数減少を引き起こすだけでなく、奇形の発生や流産の割合を増加させる可能性や、DEPの中にはエストロジェン作用を阻害する物質が存在するなど様々な次世代への影響があることを見いだしている。今後は、その作用のメカニズムの解明とDEP中のどんな物質がそうした影響を引き起こしているのかの解明等が待たれる。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所 地域環境研究グループ 森田昌敏
Tel 0298-50-2332, Fax 0298-50-2570
(青森県立保健大学・健康科学部 嵯峨井 勝
Tel・Fax 0177-65-2027 or 2000)

用語解説

  • アレルゲン
     アレルギーの要因物質となるもので、種々のタンパク質や化学物質などが考えられている。作用としては抗体を産生させ、アレルギーの原因となる抗原物質である。本研究ではアレルゲンとして良く用いられているOA(卵白アルブミン)を使用した。
  • 好酸球浸潤
     好酸球は局所炎症に際して遊走性を持つ白血球の一種で、その増加は、アレルギー性疾患における重要な所見であり、喘息などでは、気管内への漏出・浸潤(血管から組織へ出ること)が認められる。
  • 卵白アルブミン(OA)
     卵の大部分を占めるいわゆる白味のことで、水溶性で加熱すると凝固するタンパク質の一種。水に溶けにくい物質で特に抗体となるグロブリンの運搬に関係する。アレルギーの実験では、抗原として用いられる代表的な物質である。
  • アラム
     アルブミン投与の際に溶媒に添加する水酸化アルミニウムゲルのことで、本文ではこれをアラムと称している。これは卵白アルブミンの吸収を適切に調整して抗体産生能を高める作用があり、このような研究では良く用いられる物質である。
  • 二相性の気道閉塞
     アレルギー疾患の所見として、気道の閉塞が重要であり、局所炎症により放出されたヒスタミンなどに因る早発性のものと、増加した好酸球などによる遅発性のものが存在し、二つのピークが認められる気道の閉塞のこと。
  • 全身感作
     特定の抗原物質に対する抗体を作る方法として、ツベルクリン反応のように皮膚の一部で免疫反応をみる局所感作と、全身の血液中で免疫反応をみる全身感作法がある。本研究では予め抗原物質を腹腔投与して感受性を高めて、全身的な反応を検討した。この方法では、血液を採取することによって適切な反応を知ることができるので、感度および信頼性が高いと考えられている。
  • 肺胞マクロファージ
     マクロファージは、局所炎症に際し遊走性をもつ顆粒細胞の一つであり、外来性異物を貪食し、抗原性物質の情報をリンパ球に提示する。正常では、リンパ球や胸腺に多いが、肺胞に出たものを肺胞マクロファージと呼ぶ。
  • ICR系
     白色マウスの一系統でアレルゲンに対し標準的な感受性を持つため、動物実験でよく使用されている。
  • エストロジェン作用
     エストロジェンは主に卵巣から分泌され、受容体を介して全身作用を及ぼす。「女性を創るホルモン」と呼ばれ、その主な作用は子宮粘膜および子宮筋の発達、第二次性徴の発現、月経周期の成立の媒介、妊娠時の母体変化の惹起、乳腺管の増殖・分泌促進などである。

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