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2020年12月28日

たくさんのバランスを取りながら
生物多様性を保全する

特集 自然共生社会構築 生物多様性の危機に対処する
【研究プログラムの紹介:「自然共生研究プログラム」から】

石濱 史子

保護区として2区画を選ぶ場合の例の図
図1 保護区として2区画を選ぶ場合の例。太枠が保護区、丸、三角、四角、星はそれぞれ違う生物種を表す。
(a) 3種と最も多くの種が生息する2区画を選んでも、保護区全体では3種しかカバーできない。(b),(c),(d)は、それぞれの区画に生息する種は(a)より少ないが、2区画組み合わせると、保護区全体では4種すべてを保全できる。4種を保全できる区画の組み合わせは、複数ある。

 生物多様性を脅かす要因は、開発、乱獲、里地里山などの手入れ不足、外来生物の持ち込み、気候変動など多岐にわたり、対策も様々です。それぞれの要因に対する対策は、両立しないこともあるでしょう。逆に、1つの対策が他の問題の解決に役立つ、相乗作用をもたらすケースもありえます。生物多様性の保全のためには、このような、対策間のバランスをとる必要があります。また、対策を行うためにかかるコストと、得られる保全効果のバランスも考えなければなりません。

 さらに、私たち人間は、様々な面で生物多様性がもたらす恵み、生態系サービスの恩恵を受けています。生態系サービスは、木材や山菜、漁業資源、昆虫による農作物の受粉、野外でのレクリエーションなど、生活基盤を支えるものから、より人間らしい豊かな暮らしに欠かせないものまで広範に渡ります。しかし、生態系サービスの過剰な利用は、乱獲や開発による生息地破壊などの生物多様性を脅かす要因になります。そのため、生物多様性の保全と生態系サービスの利用を両立するためのバランスも重要です。

 これらのたくさんのバランスに配慮した対策を立案するためには、多くの要素を統合的に解析する必要があります。統合的な解析の方法の1つとして有用なのが、保護区選択と呼ばれる手法です。ここでいう保護区とは、生物の保全対策などを行う場所を指します。

 保護区選択は、効率的な保全ができるような保護区の場所を選ぶための手法で、場所の使い分けによってバランスを実現するのに役立ちます。

 もともとは、多くの生物種を、限られた面積の保護区でカバーするように選ぶ、という使い方でしたが、保護区の設置ではなく、対策を行う場所の配置にも使えます。また、生物種の分布だけでなく、生態系サービスの量の分布を、保護区がカバーする対象として扱うことも可能です。

 重要なのは効率的な場所の選び方です。まず、保護区を設けたい地域の中を小さな区画に区切り、保護区の場所は小区画の組み合わせとして選びます。多くの種を限られた区画内で保全するには、種数の多い区画を守れば良いと思われるかもしれません。しかし、実際にはそうではありません。図1(a)のように種数の多い区画だけ選ぶよりも、図1(b)のように、1か所に生育する種は少なくても、生息している種が違う区画どうしを組み合わせたほうが、保護区全体としてはよい結果になるのです。保護区選択では、このような種組成が違う場所を組み合わせることで、互いに補い合う、相補性という考え方を使っています。

 相補性に基づいて保護区を選ぶと、答えは1つに定まらず、同程度に良い組み合わせがいくつも得られるのが普通です(図1(b)、(c)、(d))。複数の選択肢があるのは大きなメリットです。選択肢の中から、管理にかかるコストが少ない組み合わせを選べば、コストと保全効果のバランスを取ることができます。

 観光客が多数訪れると希少植物を踏み荒らしてしまうこともあるなど、生態系サービスの利用と保全が同じ場所では成り立たないことはよくあります。このような場合に、利用と保全のバランスを取るための保護区選択はもう少し複雑です。場所の組み合わせを選ぶプロセスの中で、生態系サービスの利用と、保全、それぞれの目的にとってより価値の高い場所から順に振り分けていくやり方や、ある場所を保護区とすることで使えなくなるサービスの量を損失(コスト)として考慮するやり方など、いくつかの方法で保全とサービスのバランスを取ることができます。こういった複雑な解析をわかりやすく行えるよう、保護区選択専門の解析ツールが作られています。

 自然共生研究プログラムでは、バランスのとれた保全策立案を支援するためのツール“SecSel”の開発を行っています。SecSelは、保全とサービスの利用のような、同じ場所では両立しない目的間のバランスを取りながら、保護区選択を行う機能を備えています。また、保全対象に関する情報が曖昧でもよい(例:保全対象種の正確な個体数がわからなくても、場所ごとの個体数の多さの順はおよそわかっているだけでもよい)という、他のツールにはない特徴を持っています。SecSelを活用した解析事例の1つとして、大雪山国立公園での高山植物保全のための気候変動対策の事例を紹介します。

大雪山国立公園における高山植生の気候変動適応策

大雪山国立公園の位置(a)と風景の写真
写真1 大雪山国立公園の位置(a)と風景。 (b)残雪のトムラウシ山、 手前にはハイマツの低木群落が広がっている。(c)雪田草原の「お花畑」 、 (d)高山植生に侵入するチシマザサ。(撮影:雨谷教弘)

 高山には固有種や特徴ある種が多く生育しています。これらの種は、寒冷な環境が生育に適しているため、気温上昇などの環境変化が起きた場合、特に脆弱な生態系と考えられます。気候変動の程度を抑えるための対策(緩和策)だけでは追いつかず、現実に起きつつある気温上昇などの影響を軽減するための対策(適応策)を早急に実施する必要があります。

 大雪山国立公園は、北海道の中央部にある、国内最大の国立公園です(写真1(a))。亜種・変種を含め365種もの高山植物が生息し(写真1(b))、うち27種は日本にしか生息していない固有種です。大雪山では、気候変動によって高山植物に適した生育環境が減少するとともに、ササや低木であるハイマツの高標高域への分布拡大が観察されており、さらに今後は高木からなる森林もより高標高域に広がるようになると考えられます。これらの侵入してくる植生、特に高山植生への侵入が顕著なササ(写真1(d))を刈り取る管理が、最初に行う適応策として有効と考えられます。ハイマツも、より小型の高山植物を脅かす存在ですが、ハイマツ自体も将来の消失が危惧されている植物の1つであるため、他の高山植物の保全と、ハイマツの保全とは、場所を分けて行う必要があります。

 高山植物が短い夏に色鮮やかな花を咲き誇る「お花畑」は、重要な観光資源でもあります。観光資源として利用する場合には、多くの来訪者がアクセスできるため、盗掘や踏圧による影響が起こりやすく、観光利用する場所と保全を行う場所は別々に確保する必要があります。

 さらに、高山帯の場合、対策を行うために現地に行くだけでも大変なので、登山口から近い場所が、管理しやすい、コストの小さい場所と考えられます。

 これらをまとめると、大雪山の高山植生の気候変動適応策では、1.十分な面積の高山植生を保全する、2.ハイマツとその他の高山植生の保全は別々の場所で行う、3.保全と観光利用も場所を分ける、4.管理のための移動コストを抑える、の4つの点でバランスを取った対策実施場所の選定が必要だということになります。

 高山植生は、生息環境の特徴が違う、雪田草原、風衝草原、高山荒原、高山低木群落(ハイマツ)の4つのタイプがあるので、それぞれについて十分な面積を保全する必要があります。これらの植生のうち、雪田草原、風衝草原、高山荒原の3つが、お花畑を形成する観光資源にもなる植生タイプです。約1 km× 1 kmの区画を保全対策実施場所の1ユニットとして扱い、区画の中に生育する高山植生の面積を、保全の対象および生態系サービスの質の高さとしました。それぞれの保全・利用目的のために、質の高い区画を一定数以上確保するという目標を設定し、SecSelで保護区選択を行いました。

 結果の例を図2に示します。前述のとおり、相補性に基づいて選ぶと対策実施の候補地の組み合わせが複数得られます。図2には、移動コストを考えない場合と考えた場合、それぞれについて得られた区画の組み合わせを2つずつ示しています。コストの条件が同じでも、(a1)と(a2)のように同程度によい組み合わせが複数あります。とはいえ、全体として、コストを考えた場合には、登山口から比較的近い範囲に、選ばれた区画がまとまっています。さらに、目的ごとに選ばれた区画の内訳を示したのが図3です。ハイマツと、その他の高山植生は同じ場所では保全できないため、別々の区画が選ばれています。また、観光利用のための区画も、来訪者による保全への影響を避けるため、場所を棲み分けています。このように、解析ツールを使うことで、狙い通りのバランスになった案を得ることができました。

大雪山国立公園での適応策実施場所の選択例の図
図2 大雪山国立公園での適応策実施場所の選択例。
青い正方形は選択された場所、紫のラインは登山道、黒い菱形は登山口を表す。相補性に基づく保護区選択では、(a1),(a2)のように同じ条件でも複数の同程度によい場所の組み合わせが得られる。管理にかかる移動コストを考えない場合(a1),(a2)に比べて、コストを考えた場合(b1),(b2)には、選ばれた場所が登山口・登山道付近により近くなっている。
保護区選択の結果を対策の目的ごとに示した図
図3 保護区選択の結果を対策の目的ごとに示した図。
ハイマツと、その他の高山植生は同じ場所では保全できないため、別々の区画が選ばれている。観光利用のための区画も、来訪者による保全への影響を避けるため、区画が分かれている。

 この他にも、自然共生プログラムでは、人口減少にともなう管理放棄で衰退が危惧される植物の保全対策、気候変動の緩和策として重要である再生可能エネルギー発電所の建設と生物多様性保全の両立など、様々なバランスに配慮した研究に取り組んでいます。保護区選択ツールなどを活用することで、現場の関係者にも検討材料にしてもらえるような、バランスの取れた対策の立案に貢献していきたいと考えています。

(いしはま ふみこ、生物・生態系環境研究センター
生物多様性評価・予測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の石濱 史子の写真

解析は存分にしたいけれど、申請書を書く時間も必要。子どもの習い事も見てあげたいし、のんびりもしたい。バランスの取れた時間の使い方を答えてくれる解析ツールがほしいものです。解析ツールに掛けるには、まずそれぞれの“価値”を測らなければなりませんね。

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