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2018年6月29日

生活環境中の原発事故由来の放射性セシウムの調査

特集 福島で進めている社会協働型研究
【研究ノート】

高木 麻衣

はじめに

 福島第一原発事故に伴い、放射性物質が環境中に放出されて、その一部は人々が居住する地表面に沈着しました。放出された放射性物質によって、人々がどのくらい被ばくしたのか、これからどのくらい被ばくする可能性があるのかを見積もることは、私たちの健康を考える上で大切なことです。一方で、事故に由来するもの以外にも自然由来の放射線があります。たとえば、宇宙からの宇宙線、食物に含まれるカリウム40から放出される放射線などがあります。これによる自然放射線被ばくを除く、今回の原発事故に起因して追加的に受けることになった被ばく線量を、「追加被ばく線量」と呼んでいます。その中で、原発事故で放出された放射性物質のうち、放射性セシウム(セシウム-134とセシウム-137)の量が相対的に多く、さらに比較的長時間環境中に残存することから、私たちは主に放射性セシウムに着目しています。

 人の追加被ばくの経路として、地面等にある放射性セシウムが出す放射線を受ける外部被ばくと、食事や空気、土壌、家の中のほこり中に入っている放射性セシウムを体の中にとりこむことで受ける内部被ばくが考えられます(図1)。私たちは、外部被ばくと内部被ばくの両面から、身の回りの空間線量、土や家の中のほこり、空気の中の放射性セシウムの測定や、モデル(ばく露のシナリオを設定して計算によって推計する方法)を使って、主に放射性セシウムによる追加被ばく線量を見積もる研究を進めてきました。ここでは、空気中の放射性物質を呼吸で取り込むことによる被ばく線量はどのくらいか? 室内にあるほこりに含まれる放射性セシウムはどのくらいか? それを体内に取り込むことによる被ばく線量はどのくらいか? について、飯舘村で住民や自治体、認定NPO法人ふくしま再生の会(以下、NPO)と協働で実施している調査研究例について紹介します。

想定される被ばく経路の図
図1 想定される被ばく経路

空気中の放射性物質を呼吸で取り込むことによる被ばく線量はどのくらいか?

 飯舘村は、福島第一原発から北西約30~50kmに位置し、避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域に指定されていましたが、2017年3月に帰還困難区域を除いて避難指示は解除されています。私たちは、2012年より福島県飯舘村の2箇所において、空気中の浮遊粉じん(空気中を漂っている細かい粒子)を集めて放射性セシウムを測定しています(図2、図3)。周辺の空気を一定の流量で吸引し、内部にあるフィルターに粉じんがトラップされます。2週間ごとにこのフィルターを交換していますので、この期間に吸引した空気中の粉じんが集まったフィルターを分析することで、2週間の平均的な空気中の放射性セシウム濃度(ベクレル/立方メートル:Bq/m3)がわかります。測定結果によると、一時的に局所的な濃度増加が見られることがありましたが、全体的に空気中の放射性セシウム濃度は減衰傾向にあり、2017年の時点では0.0005Bq/m3以下で推移しています(図4)。成人が1日に空気を吸う量は、22m3程度とされています。仮に0.0005Bq/m3の放射性セシウムを24時間、1年間吸い込み続けたとして、呼吸由来の追加の内部被ばく線量は年間0.001ミリシーベルト(mSv)以下になります。2011年に発行された「新版 生活環境放射線(国民線量の算定)」(原子力安全研究協会)掲載の日本人の自然由来の被ばく線量とされる年間2.1mSvと比較しても、非常に小さいことがわかりました。一時的に濃度が上がった原因の大部分は周辺の除染活動による土壌の巻上がりであると、放射性セシウム以外の化学分析(水への溶解性、元素分析、イオン分析など)からわかってきています。これらの結果は、村役場や協力いただいているNPOを通して、住民の方々にお伝えしています。私たちが取得したモニタリングデータを単に住民の方に伝えるのではなく、フィルターの交換作業に協力いただくなど、“住民の方々と一緒にデータを取得している”ということが重要と考えています。

ハイボリュームエアサンプラーの写真
図2 飯舘村に設置したハイボリュームエアサンプラー
大気中に浮遊している粉じんを集める装置です。
フィルター上に集められた粉じんの写真
図3 フィルター上に集められた粉じん
最初フィルターは真っ白ですが、粉じんがトラップされた後はこのように色づきます。
空気中放射性セシウム濃度の推移のグラフ
図4 空気中放射性セシウム(セシウム-134とセシウム-137の合計)濃度の推移
飯舘村村内の2箇所で測定をしています。図は1箇所の結果を示しています。

室内のほこり中の放射性セシウム

 人は1日の大部分の時間を家などの建物の中で過ごします。室内環境については、住民が安心・安全な暮らしをする上で重要ですが、放射性物質関連の情報は非常に限られています。私たちは、家の中に放射性セシウムが侵入しているのか確認するため、また、それによる追加被ばく線量を見積もるため、飯舘村の複数の住民の方の協力を得て、住居の床等にたまっているほこりを掃除機で採取して調べました。2013年に飯舘村の家屋で採取したほこり中の放射性セシウム濃度は数千~数万Bq/kg程度ありました。ほこりの中にも放射性セシウムは存在しており、家の中にも放射性セシウムが入ってきていたことがわかりました。ただし、1kgあたりの濃度としては大きいのですが、実際にはほこりの量は掃除機で集めても1ヶ月に数グラム~数十グラム程度ですので、放射性セシウムの総量としては少量しかありません。小さい子どもは、床付近で長時間を過ごし、手やものを口にいれる行動をとるため、家のほこりを非意図的にいくらか食べてしまっています(米国EPAの曝露係数ハンドブック(2011)では、平均で1日60ミリグラム(mg)程度とされています)。飯舘村では家のほこりを採取した期間は避難していること、事故後から清掃していなかった家屋があることを考慮すると、実際に帰還後にこの濃度のほこりを食べてしまうことはないと考えられますが、仮に10万Bq/kgのほこりを、1日60mg摂食するとすれば、試料を採取した2013年の追加の内部被ばく線量は年間0.3mSv程度と推計されました。これは、分析した試料の中でも濃度が高かった試料の値をベースに高めに見積もった線量であり、また放射性セシウム濃度は減衰もしていますので、現在ではさらに低減していると考えられます。また、1軒の住居から繰り返し採取して分析した結果から、掃除を繰り返すことでほこり中の放射性セシウムも減少することがわかっていますので、日常の暮らしの中で掃除をすることでも内部被ばくを減らせる可能性があることが示されました。私たちは、住民の方がより安心して生活できるよう、さらに、放射性セシウムが家の中にどういう経路で入ってきたのか、家の中のどういう場所に、どのような形で留まっている可能性があるかなどを現在調べています。

おわりに

 飯舘村において屋外空気、家のほこり中の放射性セシウムを調査した結果、空気やほこりを介した追加の内部被ばくは非常に小さいことがわかりました。今後も引き続き空気中や室内など、生活に深く係る環境中の放射性セシウムをモニタリングすることにより、帰還された住民の方々が安心して暮らせるように情報を伝えていきたいと考えています。

(たかぎ まい、福島支部 環境影響評価研究室 研究員)

執筆者プロフィール

筆者の高木麻衣の写真

福島支部にきてから、福島県内に観光に出かけることが多く、本当にたくさんの魅力があることを実感しています。先日は磐梯山に登りました。登山途中や頂上から眺める猪苗代湖、裏磐梯の景色は最高でした。

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