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2016年12月28日

藻類株保存事業と霞ヶ浦研究

特集 生物多様性の保全から自然共生へ
【研究施設、業務等の紹介】

山口 晴代

はじめに

写真1 藻類株の培養室
写真1 藻類株の培養室
培養株は温度、光強度、明暗周期などによって培養する場所が分けられています。培養株は数週間から数ヶ月おきに、新しい培養液に植え継ぎが行われ、細胞の活性が保たれます。

 国立環境研究所微生物系統保存施設(NIESコレクション)には現在、約480属、1,200種、3,500株の藻類や原生動物が保存されています(写真1)。NIESコレクションは1983年にスタートし、今年で33年目を迎える歴史ある微生物株保存機関です。開始当初は赤潮やアオコを作るような環境問題の原因となる藻類株を中心に保存が行われていましたが、現在ではそれだけに留まらず、さまざまな藻類の保存を行い、保存株の規模だけから見ても世界で有数の微生物株保存機関に成長してきました。今回、この藻類株保存事業に加えて、藻類株保存事業と研究との関わりについて、霞ヶ浦での研究例をもとに紹介したいと思います。

藻類とは?

 藻類とは、おおざっぱに言って、水の中に棲む光合成を行う生物群です。ただし、花を咲かせる水草は含みません。なので、たとえばいわゆる金魚藻は藻類ではありません。藻類には、原核生物であるシアノバクテリアから真核生物であるミドリムシやミカヅキモなどさまざまな生物が含まれます。生息場所もさまざまで、湖沼や海、温泉や雪氷、乾燥地域などあらゆる場所に見られます。藻類の中には赤潮やアオコを形成したり、毒を作るものがおり、世界中で環境問題の原因になっていますが、その一方で、産業利用されるような有用な藻類もたくさん存在しています。例えば、一部の藻類はオイル、バイオエタノール、水素等のバイオエネルギー、食料や医薬品、珪藻土などの材料、飼料等に使われています。このように藻類には、人間にとって害になったり、得になったりするものなど多様なものが含まれ、地球環境や人間との関わりを考える上で非常に重要な生物群だと言えます。

藻類株保存事業

図1 保存株数の推移
図1 保存株数の推移
縦軸は保存株数、横軸は西暦を示しています。2015年に保存株数が3,500株を突破し、そろそろ4,000株に到達しそうな勢いです。
写真2 液体窒素による藻類株の凍結保存
写真2 液体窒素による藻類株の凍結保存
現在、35%の保存株が凍結保存可能なため、永久凍結を行っています。必要なときにぬるま湯で細胞の解凍を行い、元気な状態に戻します。

 NIESコレクションでは、研究に使われた貴重な藻類株を研究者から受け入れて、定期的な植え継ぎ作業(継代培養)や生育、無菌検査、凍結保存を行うとともに、国内外の利用者に分譲を行っています。また、藻類株の情報、例えば藻類が採集された日にち・場所、生理的特性、株が使用された論文情報など、を整理してデータベース化し、公開しています(http://mcc.nies.go.jp/)。最近では、藻類株の情報のひとつとして、全ゲノム情報の公開も進めつつあります。

 現在、NIESコレクションが保存している株は3,542株となっており、年々増加してきています(図1)。また保存株のうち、細胞を凍らせても復活ができるものについては、液体窒素の中で凍結保存を行っています(写真2)。NIESコレクションでは、全保存株の35%について凍結保存をしており、残りの65%については継代培養をしています。加えて、東日本大震災を経験した教訓として、自然災害などの不測の事態が起きたときでも重要な培養株が失われてしまわないように、危険分散として、NIESコレクションの凍結保存株のすべてのバックアップを神戸大学に、重要培養株である424株のバックアップを北海道大学に保存してもらっています。

 分譲株数は2015年度実績で1,036株であり、近年では概ね年間1,000株程度を国内、海外、研究所内の利用者に分譲しています(図2)。培養株の利用目的としては、分類学、生理学、ゲノム科学等の基礎研究分野が46%を占め、次いでバイオ燃料、有用物質に関わる応用研究分野が25%、さらには水質評価試験等の環境分野が11%を占めています。研究以外では、高校や大学などの教育機関の授業で利用されるものが全体の16%を占めています。このように、NIESコレクションの藻類株は世界中で広く利用され、国立環境研究所が保有する貴重な遺伝資源としての認知が年々高まっていることを実感しています。

図2 分譲株数の推移
図2 分譲株数の推移
縦軸は分譲株数、横軸は西暦を示しています。ここ数年は分譲株の数が概ね1,000株程度になっています。

霞ヶ浦研究と藻類株保存事業との関わり

写真3 霞ヶ浦産藻類
写真3 霞ヶ浦産藻類
(a) NIES-111 Microcystis aeruginosa(シアノバクテリア)。夏期に霞ヶ浦でアオコを形成することがあります。
(b) NIES-79 Dolichospermum pseudocompactum(シアノバクテリア)。霞ヶ浦で時にM. aeruginosaよりも密度が高くなることがあります。
(c) NIES-211 Pediastrum duplex(緑藻類)。数は多くありませんが、頻繁に見られます。
(d) NIES-391 Fragilaria capucina(珪藻類)。珪藻類はシアノバクテリアと並んで重要な一次生産者です。

 NIESコレクションでは、現在、霞ヶ浦産の藻類株を230株保存しており、藻類が採集された場所という観点でみると、霞ヶ浦産が最も多いことになります。写真3は霞ヶ浦産藻類の例を示しています。国立環境研究所では、これらの霞ヶ浦産株を利用して様々な研究が行われてきました。例えば、霞ヶ浦でアオコ(藻類が大量増殖し、水面が緑色になる現象)を形成するシアノバクテリアMicrocystis aeruginosa NIES-843のすべての遺伝情報が解読され、また、最近では、霞ヶ浦産の78株が用いられてM. aeruginosaの種内系統群判別法が開発されました。霞ヶ浦モニタリング(http://db.cger.nies.go.jp/gem/inter/GEMS/database/kas umi/)では、毎月、どのような種類の藻類がいたかという顕微鏡観察から得られたデータを公開していますが、現在ではそれらの同定が正しかったかどうか、霞ヶ浦産株を用いて確認する作業も行われています。加えて、私が中心となって、前述のM. aeruginosa判別法を簡便にして、霞ヶ浦モニタリングでも利用できるように改良を行っています。

 また、現在、生物・生態系環境研究センターが中心になって行っている自然共生研究プログラムの中の、プロジェクト5「生態系の持続的利用に向けた生態系機能・サービス評価」において、霞ヶ浦を対象にした研究が行われています。霞ヶ浦などの湖沼は、水資源、漁業資源、水質浄化、洪水調整、遊び場やリフレッシュできる空間など多様な恵み(生態系サービス)を私たちにもたらします。生態系サービス間には片方が良くなると片方が悪くなるといったトレードオフが起こる場合があります。例えば、流域の農業生産が高くなると、過剰な窒素やリンが湖に流入するため水質は悪くなり、アオコのような負の生態系サービスが生じてしまいます。本プロジェクトでは、霞ヶ浦流域の生態系機能やサービスを評価し、生態系サービス間のトレードオフ等の関係とその原因を解明することを目的としています。

写真4 霞ヶ浦流域での河川調査
写真4 霞ヶ浦流域での河川調査
霞ヶ浦流域の約60箇所から採水を行い、栄養塩の量などを調べています。採水しているのは松崎慎一郎主任研究員。

 「綺麗な霞ヶ浦になって欲しい」これは霞ヶ浦流域に住む私たちの願いです。綺麗ということは水が澄んでいることを示す一方、藻類の量が少ないことを意味します。そこで具体的には、どの程度の栄養塩濃度であれば、アオコのような負のサービスを抑えられるか、多様なサービスを維持できるかといった評価を生態系サービスという軸を用いて解決しようとしています(写真4)。プロジェクトでは前述の霞ヶ浦モニタリングで得られたどのような種類の藻類がいるかというデータや保存株から得られた遺伝子情報などが役立ちます。この5年間で藻類保存株を活用しながら、霞ヶ浦からの恵みを持続的に享受できるような提言に結びたいと考えています。

おわりに

 今回、藻類という共通のキーワードをもとに、藻類株保存事業と霞ヶ浦研究について紹介させていただきました。藻類は環境問題の原因になる一方で、それ以上に私たち人間に恵みをもたらしてくれます。今後、霞ヶ浦の水質が変われば、そこに住む藻類の種類も変わっていくかも知れません。そんな環境変化について研究する際にも藻類株は役立つと期待されます。研究と藻類株保存事業は車の両輪のような関係にあり、どちらも上手に回ることによって成果が最大化できるものと考えられます。研究者にはその両輪をうまく回すバランス感覚が求められています。

(やまぐち はるよ、生物・生態系環境研究センター 生物多様性資源保全研究推進室 研究員)

執筆者プロフィール

山口晴代

つくばに住んで今年で15年になります。これまで、霞ヶ浦の近くにいながら水源としてのみの認識でしたが、去年からプロジェクトで霞ヶ浦を研究対象にし始めたことで、流域に住む人たちにとっては恵みの湖で、研究対象としては頭を悩ませる湖であることを理解しつつあります。

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